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1杯に受け継がれる思い その2
お茶の思い出 その2
日記に書くような特別なできごとでなくても、過去の日常の何気ない生活が今の自分を作る。
母の紅茶だけでなく、祖母が淹れてくれた緑茶もまた、僕の今を形作る大切な一部になっている。
前回の母の紅茶の思い出はこちらから
〇〇の思い出の〇〇には、味覚が入ることがある。
甘い思い出,甘酸っぱい思い出,しょっぱい思い出,苦い思い出など。
それぞれの思い出は、各人一つずつくらいはお持ちでないだろうか?
今回は、本当に苦かった思い出について記したい。
祖母の緑茶の思い出
僕はいわゆる“かぎっ子“だった。
かぎっ子って今も言うのかな?死語じゃないよね…?
小学校の午前放課の帰り、学校から近い母方の祖母の家に必ず立ち寄った。
お昼ご飯を食べるためだ。
お昼ご飯を食べながら、みのもんたのおもいッきりテレビを見て、午後のニュースを見て、水戸黄門が終わったら、母が帰宅する時間なので自分の家に帰る。そんな感じだった。
かぎっ子と言うのは恥ずかしくなった中学生から大学生までの長期休みも、部活や用事がない時は祖母の家でご飯を食べていた。だけど、大学院時代になると、学業で忙しくほとんど顔を出すことができなくなってしまった。
話を戻そう。
祖母は少し変わっていて、祖父や僕と一緒にご飯を食べることはしなかった。
上げ膳据え膳とかそういうのではなくて、祖母が単純にお昼の時間は忙しかったからだ。
「なんで一緒に食べないの?」とご飯を食べながら祖父に聞いたことがある。
祖父は「いつもこうさ」と言い、家族は集まってご飯を食べるのが普通と思っていた僕は驚いた記憶がある。
また脱線してしまった。
祖父と僕がご飯を食べている間、祖母は一体何をしていたのか?
食事の並ぶダイニングテーブルからこたつ机に移動して、おもいッきりテレビの健康情報を一生懸命ノートに書き取っていた。
こたつ近くのカラーボックスにはこれまで書き取った大学ノートが雑に積まれており、そのメモがどう役に立ったのか祖母以外知る由もないが、とにかく熱心にみのさんの話を聞いていた。
生電話コーナーか今日は何の日コーナーが始まると何事もなかったかのように、立ち上がり台所へ向う。
だから一緒にお昼ご飯を食べた記憶がない。
時間が経って祖母の分の冷めた料理を温めなおすときに、緑茶が出てきた。
いつ遊びに行っても緑茶を出され続けたので、小学生の頃から緑茶には抵抗が無かった。
高校生頃になるとある変化が起きた。
「濃いのが好きだもんね!」
と言う祖母は、何年使ったかわからない柄の取れた小さな雪平鍋へ茶葉と水を入れて、ぐつぐつ煮ていた。
濃く煮出された緑茶をマグカップへ淹れてくれた。
そのお茶は、柳色で少し濁っており熱くてすぐに飲むことはできない。
味は、苦かった。
目がピキーンとなるくらい苦い。
口の中もキュッとなる渋みがある。
僕のためにわざわざ淹れてくれた緑茶だ。
小学生の時は、苦くなかったはず。
中学生の時も普通だった気がする。
「濃く淹れて欲しい」なんて言った記憶は無いけど、自然とそうなっていた。
わざわざ煮出さなくても…そう思うが、濃い目が好きとインプットされた祖母は、手間をかけ緑茶を淹れてくれた。
じゃあ祖父のは?というと急須で淹れた普通の濃さの緑茶を飲んでいた。
「よくそんなの飲めるな!」
お茶を啜りながら祖父が笑う。
でも強がっていたわけでもなく、なんだかんだ濃い味でも飲めてしまうから、薄くしてとも言わなかった。
どちらかと言えば、だんだん濃くなっていって慣れたという方が近いかもしれない。
そんな事があり、今でも苦い味に対して耐性があって渋くパンチのある緑茶は好きだ。
ハーブティーのクセのある味も問題ない。
今はもう祖父は鬼籍に入り、祖母はもう僕のことや恐らく自分自身のこともよくわからない状態になってしまっている。
たまに顔を見せに行くと、臥床からニコッと微笑む祖母がいる。
祖父の仏前で手を合わせ、「元気でやってます」そう一言伝え、静かに帰る。
昔、ご飯を食べ苦い緑茶を啜った祖父母の家は、だいぶ様変わりしてしまった。
最近、突然思い立って緑茶を煮出して淹れてみた。
自分で煮出した緑茶を淹れたことはなく、はじめての試みだった。
でも、あのときの苦さは再現できなかった。
作り方が悪かったかな?
僕があのときより大人になった?
それはそうであってほしい。
これは、僕にとって苦い味の苦くない大切な思い出。
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あのときの苦味は再現できなかった。
まとめ