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【紀行記】おいぬ様の山 1

おいぬ様の山 御岳山

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10月下旬。
土曜日の昼の焼肉店。
僕は、会社の同期である浅田と野上とともに食事に来た。
この2人は、プライベートでも付き合いのある同僚だ。
「今年は、ちゃんと紅葉が見たいんだよね」
浅田が肉を食べながらいう。
去年は、紅葉をちゃんと見てなかった気がするという。
「じゃあどっか行こうか」
そう答えた僕。
「いいじゃん。どうせなら行ってないところに行きたい」
野上も賛成のようだ。

僕はこの2人と”やま部”を結成している。
といっても、年5~6回しか活動しない。
そのうち打合せと称したご飯会が、半数を占めている。
実際に山に行くのは年2回くらいといったところだろう。
しかも皆初心者なので本格的な登山はしない。
まぁ、この気楽さがいい。

互いに日程をすり合わせて、11月の土曜日に群馬県赤城山の主峰である黒檜山に行こうと計画していた。
ところが、11月の土曜日の黒檜山は、天候がことごとく悪かった。
下旬になると、山の気温が10℃以下との予報となった。
紅葉どころではない。
山道が凍ってないか心配になり、急遽30日土曜日に東京にある御岳山へ予定を変更することにした。
それが、11月28日のことである。

2 

御岳山は、東京都青梅市に位置する標高929mの山で、古来より山岳信仰の対象となっており、山頂には武蔵御嶽神社がある。
おいぬ様というのは、ニホンオオカミである。
おいぬ様として大口真神さまがお祀りされているというわけだ。
詳しい由来は、武蔵御嶽神社のHPを参考にしていただきたい。

現在、JR青梅線御嶽駅からバスで登山口まで行くことができ、そのアクセスの良さも相まってか人気の山だ。
神社へ参拝すると分かるが、山頂にあるため景色も良く、神秘的な感じがする。
高尾山もアクセスが良くて人気だが、御岳山も引けを取らない感じがする。

11月30日(土曜日)
朝、空は雲一つない。
電車で行っても良かったのだが、今回は野上の車で行くことになった。
車窓から見える景色は、青梅に近づくにつれて、無機質な建物ばかりから色が増えてきた。ところどころに黄色く染まったイチョウや燃えるように赤く紅葉した木々が輝いている。
「あまり外見てると、つく頃には紅葉でおなか一杯だな」
助手席に座る浅田が呟いた。
「食い物じゃあるまいし!」
運転しながら、野上が笑う。
でもその通りだ。
確かに道中の紅葉はすごく映えていた。
2人は青梅市が初めてだったようで、「ここが東京だなんて…」と驚いていた。

確かに渋谷,池袋,新宿,日本橋などいわゆる23区内のあの煌びやかなビルが乱立している場所が”東京”と考えがちである。
ところが青梅市は、そんなビル群は似合わない。
緑豊かな青梅市というのが僕の印象だ。
東京一極集中という言葉もニュースで聞くが、正しくは東京23区一極集中だな。
二人の会話を聞きながら、そんなことを考えていた。

道沿いにある家も素敵な大きな庭付き一軒家。
「東京じゃ手にはならないって聞いたけど!一軒家なんて!」
「こんなに大きな家で、しかも東京なら住んでみたいな」
野上は新婚なので、今後の家を考えているようだ。
「青梅じゃ職場、遠いね」
なんて話しながら、登山口が近づいてきた。

10:00頃、登山口から一番近い駐車場は満車だった。
しかたなく、少し下ったところの駐車場に停めることにした。
車から降りて、大きく伸びをして深呼吸をする。
冷たく乾燥した新鮮な空気が体をめぐる。
眠気が吹き飛ぶ。
実に気持ちが良い。
「お前運転してないから疲れてないだろ!」
野上が笑いながらツッコミを入れてきた。
いやごもっともです。
ごめんよ。
車が暖かいし、後ろの席だったからすごく眠くなっちゃった。
たぶん、途中ほとんどしゃべってない…
しかしなぜ人が運転する車に乗るとあんなに眠くなるんだろう。

山の服に着替えて、靴を履き替えリュックを背負った。
「よっしゃ!行くぞ!」
僕は、気合を入れた。
僕を先頭に、笑いながら少し呆れた様子の2人がうしろに続き、登山口へ向かった。

つづく


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