写真における自己満足って何だろう
自己満足とかポエムとか言われる写真のどこがそんなに良くないのだろう?
自己満足を言葉のとおりに捉えれば、撮った本人は満足している訳だから本人には悪い写真では無いのだと思う。良くないと言うのは撮る人ではなく見る人の視点での事だ。
見ていて何が良くないと感じるのかというと多分、撮った人の気持が伝わって来てしまう所だ。
撮る人の気持ちが伝わるって良いことでない?
それは写真だとあんまり良くない。それは、例えて言えばカラオケで熱唱している人の歌を聴くようなものだ。聴いている人は歌い手が熱くなっている事はよく分かるけど、でもしらけてしまう。
聴いていて良い歌い方というのは、歌っている人の気持ちが分かる歌い方ではなく、聴いている自分の気持自体がそのようになる、聴いているとまるで自分の心の中で自分自身が歌っているような気持ちになる、そういう歌い方ではないかと思う。そしてそれは写真についても大方言えることだと思う。
自分が感動した何かについて、覚えた写真のテクニックを駆使してやたらに強調してしまうと、所謂自己満足っぽい写真になる。そういう写真は、写真という一応の言語で、しかし幼児のように感情の形容詞そのものを叫んでいるのに似ている気がする。もっと言葉を使うのにふさわしい規則を覚えないといけない。でも、言葉を覚えても詩を書くことは本当に難しくて、ついカッコつきの「ポエム」つまり自己満足になってしまうんだよな。