見出し画像

二つの巨大都市が形づくる珠江デルタの「重層的コミュニティ」──広州と深センが織りなす複雑ネットワークをビッグデータで解明

最近、中国の大都市圏、特に「メガリージョン」と呼ばれる広域都市圏がどんどん発展しているという話をよく聞きます。日本でも首都圏や関西圏のように、いくつかの都市がまとまってひとつの巨大な経済・社会圏をつくっている例はありますよね。ところで、「都市がまとまっていく」っていったいどういう状態なんでしょう?

実は今回、まさにその「都市同士の重なり具合」に注目した新しい研究を読みました。どうやらスマホの位置情報や交通データなど多種多様なビッグデータを駆使して、南シナ海沿岸の珠江デルタ(Pearl River Delta: PRD)という地域を丸ごと分析したらしいのです。


研究の概要

今回紹介する論文の正式タイトルは “Exploring spatial complexity: Overlapping communities in South China’s megaregion with big geospatial data” というものです。

舞台となるのは中国南部の珠江デルタ(PRD)。香港やマカオにも近いこの地域は、世界屈指の産業集積地として急激に発展してきました。広州や深セン(シンセン)など、一度は名前を耳にしたことがある大都市が並んでいます。研究チームは、この地域が「ただ都市がたくさんある」だけでなく、「いくつもの都市ネットワークが重なり合っている」状態だと仮定し、その“重なり”の正体を探ろうとしています。

研究手法

研究者たちはまず2018年時点のスマホ位置情報を分析し、どのエリアからどのエリアへ人が通勤・移動しているかを大まかに把握しました。約170万件超もの「どの市からどの市に通勤しているか」を把握し、60のサブシティ(行政区や地区)をネットワークとして結びつけたそうです。

さらに企業同士の投資や支社の資金フロー、特許共同出願、政策文書での言及回数、交通コストなど、複数のビッグデータを統合して「都市同士のつながり」がどのように成り立っているかを明らかにしたのです。

ここでの大きなポイントは、従来の「都市はひとつのコミュニティに属するだけ」という単純な想定ではなく、「ひとつの都市が、場合によっては複数のコミュニティにまたがって存在し得る」という考え方を採用していることです。これを「重複コミュニティ」と呼んで、ネットワーク理論の先端的な分析方法(OCDDP)とリッジ回帰という統計手法を組み合わせ、八つの大きなコミュニティが互いに部分的に重なり合っている姿を描き出しました。


研究結果と解釈

結果として、珠江デルタには「深セン(Shenzhen)中心の4つ」と「広州(Guangzhou)中心の4つ」の合計8つのコミュニティが見つかりました。「実は2大都市が二つの軸となり、それぞれ4種類のネットワーク構造をもって周辺都市と結びついている」、つまり「二大中心」の構造が明らかになったわけです。

興味深いのは、都市の中心部は「あまり重複しない」一方、周縁部の都市になるほど複数のコミュニティに属し、役割がかぶっているという点でした。都心は“一本筋の通った大黒柱”的立ち位置が確立しているのに対し、周辺の街は「いろんな機能を欲張っている」というわけですね。

さらにリッジ回帰の分析からは、「深セン中心のコミュニティでは交通コスト・特許共同出願・支社の活動が大きな要因で、一方広州中心のコミュニティでは特許や投資額がより重要」という違いもわかったそうです。


まとめと今後への期待

この研究を読んで感じたのは、「都市は境界線ではなく、いくつもの流動の積み重ねでつくられている」という当たり前のようでいて新鮮な事実です。周辺都市ほど複数のコミュニティをまたぐというのは、一見地味なエリアでも実は交通網や投資、政策支援などいろんな糸が集中していたりするからかもしれません。少し不便そうに見える街が、意外と大都市からのアクセスや資本を受けやすいポジションだったり、いろいろな強みを持っている可能性があるわけです。

もちろん、この研究自体も限界を挙げています。例えば香港とマカオは扱いが不十分で、行政単位を超えたデータ取得が難しいケースも多いとのこと。もっと細かい単位で時間的変化も追えれば、さらに深い洞察が得られるはずとも語っています。それでも大規模なスマホ位置情報や企業フローを分析して「都市同士の重なり」という一歩進んだ視点を提示した価値は大きいと思います。日本の複数都市圏でも同様の研究を展開すれば、それぞれの地域の潜在力がもっと詳しく見えてくるかもしれません。


【参考・ライセンス情報】

“Exploring spatial complexity: Overlapping communities in South China’s megaregion with big geospatial data” Computers, Environment and Urban Systems, Volume 112, 2024, Article 102143
著者:Chenyu Fang, Xinyue Gu, Lin Zhou, Wei Zhang, Xing Liu, Shuhua Liu, Martin Werner
DOI: https://doi.org/10.1016/j.compenvurbsys.2024.102143


いいなと思ったら応援しよう!