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AIは街の魅力を理解できる? 都市の魅力評価におけるAIと人間の視点の比較分析事例

私たちは、日々何気なく街を歩き、様々な風景を目にしています。美しい緑道、活気あふれる商店街、歴史を感じさせる建物…。そうした街の風景は、私たちの気分や暮らしの満足度に、意外と大きな影響を与えているのではないでしょうか。では、そもそも街の「魅力」とは何なのでしょう? そして、それを客観的に測る方法はあるのでしょうか?

今回ご紹介するのは、学術誌「Computers, Environment and Urban Systems」に掲載された Milad Malekzadeh氏らによる論文「Urban attractiveness according to ChatGPT: Contrasting AI and human insights」 (2025年4月号掲載)です。この研究では、ヘルシンキの街並み画像をAIに学習させ、その魅力度を評価するという、興味深い試みが行われました。AIはどこまで人間の感性を理解できるのでしょうか? 研究内容を詳しく見ていきましょう。


なぜAIに街の魅力を尋ねるのか? 研究の背景と意義

街の魅力を評価することは、都市計画や都市デザインにおいて非常に重要です。魅力的な都市は、住む人の満足度を高め、健康的なライフスタイルを促し、さらには地域経済の活性化にも繋がると考えられています。しかし、これまでの街の魅力評価は、アンケート調査や専門家の意見に頼ることが多く、時間も手間もかかるものでした。そこで注目されたのがAIです。AIならば、大量の視覚情報を効率的に分析し、これまでとは異なる、客観的な評価軸を提供してくれるかもしれません。

本研究の学術的な新規性・有用性 は、まさにこの点にあります。従来、都市の魅力評価は人間が行うのが主流でしたが、本研究は、最先端のAIモデル(GPT-4)を用いて、大規模な画像データから都市の魅力を自動的に評価するという、新しいアプローチを提案しています。これにより、これまで困難だった広範囲な都市の魅力評価を、より効率的に、そして客観的に行う道が開かれる可能性があります。また、AIと人間の評価を比較することで、AIが得意とすること、苦手とすることを明らかにした点も重要です。

AIは街の何を「見て」評価するのか? 研究の手法

研究チームは、フィンランドの首都ヘルシンキを対象に、Googleストリートビューで撮影された1800枚以上の画像データをAIに学習させました。そして、高性能AIモデルであるGPT-4に対し、画像を見せて「この風景はどの程度魅力的ですか?」と尋ね、7段階で評価させました。

さらに、AIの評価が、実際に人間が感じる魅力とどれくらい一致するのかを検証するため、ヘルシンキの居住者と非居住者の計24人に、同じ画像を見てもらい、その魅力度を評価してもらいました。地元住民とそうでない人で、街の魅力の感じ方に違いがあるのかも調べることで、AIの評価の特徴をより深く理解しようとしたのです。

加えて、GPT-4が画像のどのような特徴に基づいて魅力を判断しているのかを探るため、「セマンティックセグメンテーション」という画像解析技術も活用されました。この技術を使うと、画像に写っている物体(建物、樹木、道路など)をAIが自動的に識別し、それぞれの割合を分析できます。GPT-4が出力した魅力度の評価と、セマンティックセグメンテーションによって得られたオブジェクトの割合のデータを用いて、統計的な分析をすることで、GPT-4が特に重視する視覚的要素が明らかになります。

AIと人間はどこで一致し、どこで違うのか? 研究結果の詳細

研究の結果、AIと人間の評価には、全体として見ると一定の類似性が見られました。しかし、詳しく見ていくと、両者には興味深い違いがあることがわかりました。

AIは、特に緑豊かな郊外の風景を、より魅力的だと評価する傾向が顕著でした。これは、AIが画像に含まれる緑の量を直接的に認識し、それを魅力の重要な指標の一つとしているためと考えられます。学習データに、魅力的な風景として緑が多い画像が多かった可能性も考えられます。一方、人間は、緑が多い風景はもちろんのこと、都心部の賑わいや歴史的な建造物なども、AIよりも魅力的に評価する傾向がありました。特に、ヘルシンキの居住者は、普段から利用している都心部の活気や交通の便の良さなどを考慮して、AIよりも高い評価を与えることが多かったようです。例えば、歴史的な建物の独特な外観や、街を行き交う人々の活気に魅力を感じる、といった点は、AIには捉えにくい要素かもしれません。

また、セマンティックセグメンテーションの分析から、GPT-4の評価は、植生、建物、歩道といった、目に見える物理的な特徴に大きく影響されることが明らかになりました。つまり、AIは、画像に写っているものの種類や量といった、客観的な情報に基づいて魅力を判断しようとする傾向があると言えます。しかし、人間の評価は、単に視覚的な要素だけでなく、その場所の雰囲気、歴史、文化といった、より抽象的で、その場所に根ざした文脈的な要素も考慮されるため、AIの評価とは異なる結果となることが示唆されました。

独自視点 -AIが描き出す「魅力」とは何か?-

今回の研究は、「AIが都市の魅力を客観的に評価できる」という新しい可能性を示した一方で、「そもそもAIが捉える魅力とは何か?」という問いを突きつけています。街の魅力を数値やアルゴリズムによって評価する行為には、単なる見た目だけでは測りきれない、人間固有の感性や文化的背景、さらには哲学的な問いが絡み合っているのです。

魅力とは「本質」か、それとも「経験」か?

魅力を測るとき、私たちは街を構成する物理的な要素だけでなく、その場所に染みついた歴史や文化、さらに個々人の思い出や価値観を重視します。たとえば、年季の入ったアーケード街を「味わい深い」と愛する地元民がいる一方で、外部の人からは「老朽化していて不便そう」と映ることもある。こうした評価の差は、「経験的魅力」と呼べる要素に深く根ざしています。

現代の大規模言語モデル(LLM)は、過去の文章や会話から多様な知識を獲得しているため、単に統計的に見える以上の判断を示すことがあります。しかし、今回の研究で用いられた評価軸を見ると、緑の量や街並みの整然さといった、いわば「本質主義的」かつ目に見えやすい要素を重視している側面が強いように思えます。このことは、経験や文脈といった抽象的・情緒的な要素をどこまで取り込めるかという点で、依然として課題が残るとも言えます。

魅力評価における「認知バイアス」の拡大リスク

今回のようにAIが都市の魅力を数値評価するアプローチには、認知バイアスを無自覚のうちに増幅させるリスクがあります。たとえば、「緑の多さこそが魅力的」という既存の常識が学習データに反映されていると、AIはこの価値観をさらに強固にしてしまい、異なる文化や地域固有の魅力を過小評価する可能性があります。

また、一度AIの評価結果が指標として社会に浸透すると、それが「客観的」と誤解されやすくなる点も懸念です。実際には学習データの偏りを含むはずなのに、いつのまにか“AIのお墨付き”として扱われるようになり、結果的に多様性が排除されてしまう恐れがあります。

魅力評価の対象は誰か? 経済性と公共性の間で

都市の景観を評価する目的は多岐にわたりますが、しばしば「経済効果」という観点が大きなウェイトを占めるのも事実です。たとえば、再開発地域や観光地での投資判断は、魅力の評価が「どれだけお金になるのか」という軸に直結することが多いでしょう。しかし、それが地元住民の暮らしやコミュニティの維持につながるかは、また別の話です。

もしAIの評価がもっぱら投資家や開発会社にとっての利益を最大化する基準に合わせて調整されるのであれば、街が本来持っている多様性や文化資産が軽視される恐れがあります。結果的に、地域コミュニティが望む未来像と、大企業が掲げる「魅力的な街」のビジョンが大きく乖離してしまうケースもあり得ます。

人間とAIの役割を再考する

AIによる大規模なデータ解析は、都市の特徴を俯瞰的に捉える上で非常に有用です。しかし、街の魅力は人々の生活や文化、歴史、さらには主観的な感性と深く結びついた概念でもあります。
したがって、AIが提示する評価はあくまでも「補助的なツール」として位置づけ、最終的な判断は地域住民や専門家、そして多様なバックグラウンドを持つ人々の議論を通じて行うべきでしょう。

都市とは、生きた記憶と人間の営みが折り重なる場です。その豊かさを維持・発展させるには、AIの客観性と、人間の持つ主観性や情緒をどう融合させるかが鍵となります。今回の研究は、街づくりにおけるAIと人間の「協働」の可能性と課題を浮き彫りにし、私たちに「何をもって街の魅力とするのか」を改めて問いかけていると言えそうです。

今回の研究論文: Malekzadeh, M., Willberg, E., Torkko, J., & Toivonen, T. (2025). Urban attractiveness according to ChatGPT: Contrasting AI and human insights. Computers, Environment and Urban Systems, 117, 102243.


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