公園アクセスを“入口”から考える新発想─現場感を捉えるGIS分析の可能性
「家の近くに公園があるから、気軽に散歩できるはず……と思いきや、実際は車道や川を回り込まなければいけない。あれ、意外と遠い?」――そんな経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。今回ご紹介する論文は、この「公園へのアクセス」を従来よりもリアルに評価する方法を提示しています。しかも単なる思いつきや机上の空論ではなく、オーストラリアとオランダを対象に豊富なGIS(地理情報システム)データを使った大規模な実証研究である点が興味深いところ。論文を読むと、公園は単に「近いか遠いか」だけでは測れないんだなという気づきがあり、私自身「なるほど、これなら行政の都市計画にも生かせそうだ」とワクワクしました。
第1章 問題意識:公園は“近い”のに行けない?
1.1 都市生活での公園の重要性
都市部に暮らすと、「ちょっと歩いたら公園がある」ことは大きな魅力ですよね。運動不足解消やストレス軽減、子どもの遊び場やペットの散歩など、公園がもたらす恩恵は多岐にわたります。近年は健康志向の高まりから、公園のような公共の緑地空間はますます注目を集めています。
1.2 「地図上の距離」と「実際のアクセス」のギャップ
しかし、「地図を見れば公園は目と鼻の先」なのに、実際に行こうとすると車や電車で大回りが必要だったり、高速道路や川に邪魔をされてアクセスが悪かったり……。私自身も、引っ越し先を検討する際「近所に大きな公園がある!」と喜んでいたものの、実はフェンスやら住宅街の迷路のような区画が邪魔をして徒歩だと20分くらいかかった、なんて苦い体験があります。「どこから公園に入れるのか」という、ある意味当たり前のことが地図上だけでは把握しにくいわけです。
1.3 従来の研究と本論文の位置づけ
これまで公園アクセスの研究では、
統計的な指標(人口あたりの公園面積など)
公園までの直線距離や最短距離を使った方法
需要(人口)と供給(公園の広さなど)を結びつけた“空間相互作用モデル”
といったアプローチが一般的でした。ただ、どの手法もいくつかの前提を置いていて、公園全域を1つの点や多角形として扱うため、「実際の入口」までのアクセスが測りきれないことが大きな課題でした。そこで本論文では、「公園の入口そのものを明確に定義して分析に組み込みましょう」という提案がなされ、結果としてより実情に即した公園アクセスの評価が可能になるのです。
第2章 研究内容の概要:公園の入口×道路ネットワーク分析
2.1 研究の目的
著者らの最大の狙いは、「公園へのアクセスを測る複数の手法を比較し、それぞれの特徴や差異を浮き彫りにする」ことです。そのうえで、道路ネットワークを用いて“公園入口”を目的地とする方法が、現実の移動状況をより的確に反映しうるかを検証しています。
ここでいう“公園入口”とは、例えば
車なら駐車場につながるゲート
徒歩なら歩行者用ゲートや歩道橋の出口
など、公園の端(境界線)であっても、実際に人が出入りできるポイントを指します。
2.2 研究方法:GISを使った21の指標
研究舞台は、オーストラリアのイプスウィッチ市(広域)と、オランダのエンスヘデ市(コンパクトな都市)。両都市の公園データや人口データ、そしてOpenStreetMapの道路データなどを組み合わせ、以下の3つのアプローチで合計21種類の指標を計算しました。
統計的指標
例:「そのエリア全体に占める公園の面積割合」「1人あたりの公園面積」など
空間的近接性(Spatial Proximity)
例:「最近傍の公園までの距離」「ある閾値(徒歩500mなど)内にある公園“入口”の数」
交通手段(徒歩/車)と距離の閾値(500m/1km/3km/5kmなど)を組み合わせて算出
公園の重心や公園の境界だけでなく、“公園入口”を目的地とするものが新しいポイント
空間相互作用(Spatial Interaction)
いわゆる「重力モデル」を使って、需要(人口)と公園の大きさ(供給力)、そして距離減衰を考慮してアクセスを総合評価
道路ネットワークの設定も「車用」「徒歩用」を分け、より細かい道(歩道やトラックなど)を含むかどうかで移動可能なルートを変えています。このように、「どの交通手段で」「どれくらいの距離まで」「公園のどの点を目的地とするか」をバリエーション豊かに試しているのが本論文の特徴です。
2.3 研究結果:入口ベースの測定はどう変わるか
2.3.1 距離の閾値と交通手段の影響が大きい
まず結論として、「どれを目的地にするか」も重要ですが、それ以上に「どれくらいの距離を許容するか」「徒歩なのか車なのか」といった設定が結果を大きく左右するという点が強調されています。徒歩500mの範囲内に公園入口があるかどうかと、車で5km先まで見られるかどうかでは、当然アクセスの評価はまったく違ってきますよね。
2.3.2 統計的指標だけでは見えないこと
例えば「人口あたりの公園面積」が高いエリアでも、道路が未整備で歩いていくのが難しかったり、実は山に囲まれていて車でぐるっと回らないといけないケースがあります。統計的な数字だけ見れば“緑が多くていい街”に見えても、実際のアクセスは悪いなんてギャップがあり得るというわけです。
2.3.3 公園の重心や境界 vs. 公園入口
公園の「重心」や「境界」を目的地にしていた先行研究が多いなか、本論文の“入口”ベースの結果をみると、特に大規模な公園や周囲に障害物がある公園で数値の違いが顕著に出ました。
重心ベース:公園の真ん中が目的地になるため、地図上は近そうに見えても周囲のフェンスや川を超えるルートを辿ると、実質的に遠い
境界ベース:公園外周上のどこでも入れるとみなしてしまい、実際には入れない部分も含めてしまう
入口ベース:実際に出入り可能なポイントのみを目的地とするため、評価がより「本当の行きやすさ」に近づく
著者らいわく、大きな公園ほど「入口の位置関係」が重要であり、遠方のエリアでも入口の配置次第では意外とすんなり行ける場合があるそうです。逆に小規模な公園だと重心も入口も大差なかったりもするので、一概に「入口方式がすべてにおいて最適」とは言い切れないが、大公園の多い都市などではこのアプローチが有用だと指摘しています。
2.3.4 相関分析や主成分分析でわかったこと
論文の中盤では、21種類の指標同士の相関を統計的に比較し、さらに主成分分析(PCA)によってまとめています。ここで浮き彫りになったのは、どの測定手法(統計・空間近接・空間相互作用)を使うかで結果がかなり異なることはもちろん、車・徒歩などの交通モードと距離閾値の設定が一番の分岐点だという事実です。
例えば、「歩いて500m以内に公園入口が何箇所あるか」を測った指標と、「車で5km先まで見て公園の面積を考慮する」指標とでは、同じエリアを見ても相関が低く、大きな差が生じる
一方、「徒歩500m」の範囲で「公園の重心」か「公園の入口」かの違いだけなら、それほど大差が出ない場合もある
このように、「交通モードと距離の設定」>「目的地の定義」という優先順位もはっきり示されたわけです。
第3章 より深い考察:公園アクセスはなぜ難しい?
3.1 行政区画と地理的現実の食い違い
都市計画や緑地政策では、行政単位(市区町村や統計上の区分)で「公園面積」を示すのが一般的。でもその区分が現実の交通ルートや地形を反映していない場合、データ上は充実して見えるのに、実際の市民目線では使いづらいという落とし穴があります。これを無視すると、公園の整備計画や投資が誤った方向に行くリスクもあるでしょう。
3.2 公園規模と“入り口”をめぐる話
小さなポケットパークなら、ほとんどどこからでも入れるケースも多いですよね。そういう場合は重心≒入口となるので、あまり誤差は生じないかもしれません。
しかし、大きな自然公園や、周囲をフェンスや川に囲まれた公園の場合、入口の有無・位置次第でアクセス性が激変するのが本論文の示唆するところ。入口が複数ある場合も、「車用の入口」「徒歩用の入口」「自転車用の入口」などが別々にあるかもしれません。そうした入口をすべて洗い出して、それぞれの交通モードとリンクさせることで、住民にとっての“本当の距離”が初めて見えてくるのです。
3.3 社会的公平性(エクイティ)の視点
さらに本研究が面白いのは、「アクセスの良し悪し」はそのまま社会的公平性にもつながるという視点です。もし車を持っている層なら「5km程度ならすぐ行ける」でしょうが、車を持っていない高齢者世帯や子育て家庭などは徒歩圏の公園しか使えないかもしれません。入口が遠い・少ない公園ばかりのエリアだと、こうした層は実質的に緑地環境から排除されてしまうおそれがあります。論文の分析手法は、こうした公平性の検討にも応用できる可能性がありそうです。
第4章 今後の展望と活用:何が期待される?
4.1 都市計画・政策へのインパクト
著者らは、本研究の成果が都市計画や公共交通の整備などに役立つと主張しています。たとえば市町村が公園整備を進める際、
どこに入口を新設すれば、多くの人が徒歩や自転車で通えるようになるか
車移動が前提の地域では、駐車場の配置やアクセス道路がどうあるべきか
などを検討する際に、この分析は大いに参考になるはずです。単に「公園の面積を増やす」だけでは解決しない、本質的な利用しやすさを追求するわけですね。
4.2 各種施設への展開可能性
応用範囲は公園に限りません。ショッピングモールや大学キャンパス、さらには医療施設など、「敷地内のどこから入るのか」が重要になる施設は意外と多いですよね。私などは、初めて行く大学病院やスポーツ施設で「正門と裏門があり、正門は車用で裏門は徒歩用」などと混乱することもあります。そうした場面でこの“入口”ベースの考え方は、活きてくるでしょう。
4.3 データの限界と将来の研究
ただし、論文でも言及されているように、「入口」といっても地図データ上ではっきり示されていない場合があり、実地調査や詳細なGIS処理が必要となるケースもあります。また、公共交通や自転車レーンをもっと細かく分類しようとすると、さらに精密なデータが求められます。今後は人の心理的な距離感や公園内の施設の魅力などを加味する研究も必要だ、と著者らは言っています。
第5章 論文情報・参考文献など
今回ご紹介した論文は、Siqin Wang, Mingshu Wang, Yan Liu らによる
“Access to urban parks: Comparing spatial accessibility measures using three GIS-based approaches”
(Computers, Environment and Urban Systems, Volume 90, November 2021, 101713)です。オープンアクセス(CC BY 4.0)となっており、誰でも全文を読むことができます。
著者所属:オーストラリア、オランダ、中国と多国籍な研究チーム
データソース:イプスウィッチ市(オーストラリア)とエンスヘデ市(オランダ)の公園/人口/道路情報、OpenStreetMapなど
主なキーワード:Spatial Proximity(空間的近接性)、Gravity Model(重力モデル)、Network Analysis(道路ネットワーク解析)
論文内には、相関係数や主成分分析の表や、地図上に示された公園の入口ポイントの図解などが豊富に掲載されているので、興味がある方はぜひ元文献をご覧ください。
【あとがき】
私自身、この研究を読んで「公園に“入り口”という視点を取り込むだけで、こんなに現実に即した分析ができるのか!」と目からウロコが落ちました。どんなに広々とした公園があっても、入口が遠かったり分かりにくかったりすると、実質的には利用しづらいですよね。
また、本論文はコリドー(回廊)整備やグリーンインフラの議論とも絡めて考えるとさらに面白そうです。「公園の入口をどうつなげるか」「歩行者専用路や自転車専用道をどう配置するか」が、まち全体の健康度合いや住民のQOL(生活の質)を左右する時代が来るのかもしれません。
広い視点でまちづくりを捉えたい方、あるいはGISを使った分析に興味がある方には、非常に示唆に富む論文ではないかと思います。私は次にどんな街の公園を訪れるときも、思わず「入口はどこだろう?」と探してしまいそうです。