『藤原月彦全句集』の紹介
『藤原月彦全句集』の紹介
待望の『藤原月彦全句集』が六花書林から刊行されました。http://rikkasyorin.com/
https://amzn.to/2JeW8aX
装幀は真田幸治さん。タイトルが銀の箔押しでシルバーグレーとも青錆色ともとれる色で森とその中の沼が描かれています。タイトルを題箋のように囲んだ地色っぽいところはこげ茶(紙の地色はまた別です)。手前の樹が重い色で描かれ、奥は青い色が散った紙あらわになってひかりさす場所が示されています。沼をかいま見るすばらしい構図です。
収録されているのは下記です。
『王権神授説』
『貴腐』
跋 中島梓
『盗汗集』
『魔都〈魔界創世記篇〉』
栞文 菊池ゆたか
『魔都〈魔性絢爛篇〉』
栞文 仙波龍英
『魔都〈美貌夜行篇〉』
あとがき
略年譜
初句索引
六句集完本はもちろん、跋・栞文まで入っているのがうれしい。元版の書影は本文にモノクロ掲載。『盗汗集』は函です。ほぼ真っ黒になってしまいますが、本体は百種類ありますから函で正解だと思います。
元版持っている人(私です)にとっては、7ページにわたる書き下ろし略年譜が最大のお楽しみ。SF同人誌に執筆したもの等、俳句や短歌に関係ないところは省略されているものの、俳人としての歩みのある程度はわかるようになっています(駄句駄句会は入れてもよいと思いました)。
六句集すべて絶版ですが、一部『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』(編:高原英理/ちくま文庫)に収録されています。
高原英理さんの選も「なるほど~」という内容だと思うので、全句集の後にこちらもぜひ。
https://amzn.to/2x6ocI0
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480431202/
『藤原月彦全句集』写真
表紙
裏表紙
カバーはこんなカンジ
本冊。銀のクロス装です。
花布は明るい青。スピンは紺色。
見返しはシマシマ地の入った灰色の紙です。表紙クロスがチラリ。
扉はカバーと同じイラストから沼部分を切り取ったもの。
今世紀に入って月彦がおくづけにある書籍が出るとは! 感動。
今日の三句選(6月23日時点の紹介したいバージョン)
※『藤原月彦全句集』の掲載ページです。
致死量の月光兄の蒼全裸(あおはだか) p.15
『王権神授説』「天動説」より。
『王権神授説』というより藤原月彦の代表句。
今さら私が紹介するようなものではないけれど、これのどこがいいのかしみじみ考えてみるとよくわからない。「月光」「兄」と二句目の中で意味としては少し切れている(俳句用語の「切れ」を理解していないので専門用語ではなく一般用語の「切れている」だと思ってください)。それが文字では続いているのが、なんとなくゴテゴテしてよくないような気もする。一字あけのほうが適切ではないのか。「全裸」と書いて「はだか」というのはどうなのか。それにしても兄が裸で月光を受けていて、それでどう受け取れというのか。
……等々の疑問が湧く。湧くけれども「致死量の月光兄の蒼全裸」という文字を見た時に感じる寒気のようなもの、「の」でひとくくりされた単語同士の違和感(月光に致死量はないし、身内の裸は通常は見ないものだ(風呂に一緒に入る習慣がある人もいるじゃんと思うけれど蒼ではないので除外))、テニヲハの少なさがつれて来たと思われる過剰さ・圧がある。疑問を元に修正したら、バランスは崩れて寒気も圧もなくなるだろう。
十代の私はこの句のこうした重さを感じた。今読んでもそのように思うのは、この句の謎が謎として解けていないままだからだと思う。
世襲領兄の殉死を告げわたる p.34
『王権神授説』「アルンハイム世襲領」より。
初読時よりなぜか「アルンハイム世襲領」という言葉が好きで、この一連もタイトル込みで記憶している。当時エドガー・アラン・ポーの「アルンハイムの地所」は知らず、この言葉のみで気に入っていた。ポーの「アルンハイムの地所」と「アルンハイム世襲領」の一連は内容としては関係ない。「アルンハイム世襲領」という言葉のイメージだけ借用していると考えられる。フジワラさんはこういうことをする人で、フジワラ語彙のひとつポー由来と思われる「大鴉」もポーの詩「大鴉」と関係ない場合が多い。気にせず読んでいいと思います。
「世襲領」という言葉は訳語として定着したものという印象があり、そこからつくりごとというか物語が舞台であるかのように受け取ることになる。
この句には「兄」が出てくるけれど、一連には「姉」「少女妻」「母」といった語がつかわれていたりして、男色の一連ではない(致死量の~が入った「天動説」も男色というと「?」なのだけど兄や少年で統一された用語があり、少年の美で統一された一連と言える)。なんで男色ではないとわざわざ書くかというとBL俳句として読まれることが(近年では)多いからです。
「乱歩忌の劇中劇のみなごろし」といったよく引用されることのある句(私の記憶による)もこの一連にある。めまぐるしく出てくる血縁を示す語や「殉死」「みなごろし」「血しぶけり」といった殺伐とした語が、血の濃いいりくんだ関係を思わせる一連だと思う。
この句も謎というかわからないまま読んでいるところがある。「告げわたる」のは誰か、世襲領と兄の関係は?
結局、わからないなりに「兄という身近な人の死」と「告げわたる」の遠さの対比から読むことになると思う。
たんぽぽの絮みな夜の沖めざす p.44
『王権神授説』「偽花鳥双紙」より。『王権神授説』の末尾の一連です(この句は末尾ではありません)。夏→冬→春と移っていく一連で、私の直観的季語だと秋の句はないんだけど、あったらすいません。
「沖めざす」というのはイメージだと思う。たんぽぽって塩の強い土地で群生するものなのかどうか知らないけれど、少なくとも陸に生えるものなので、「浅瀬から沖」ではなく「陸から沖」の距離感な訳です。いくら群とはいえ、この距離になると実景ととらえるのは私には不自然に感じられます。夜だし。
「沖へゆく」「沖へ流れる」等ではなく「沖めざす」とあるから、沖一択の強さを感じます。風が沖にむかって強く吹いている。その中をふわふわと頼りないたんぽぽの絮が、風に流されているのではなく「めざす」という意思を持っている。絮は意思など持たないけれどイメージだからよいのです。
夜の暗さと白い絮の対比が美しい句。
------
本当は他の句集からも選するつもりだったけど、感想を書いていたら面倒すぎたので、残り五句集の話はまた気が向いたらやります。
------
(関連記事)
・藤原月彦と私(『藤原月彦全句集』を祝って)
https://note.mu/klage/n/nb21c2bdaa988