続・「短歌人」という誌名について
前の記事。
「短歌人」という誌名について
https://note.com/klage/n/n0d9f3c69db60
前の文章は、「短歌人」という名前は瀏の発案だが、なぜこの名称なのかはわからないという内容でした。その後もいろいろ読んでいくうちに瀏の「眞の短歌人」という文章に気づいた。
齋藤瀏『わが悲懐』(那珂書店)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1123455
p.251-260(139-144コマ目)「眞の短歌人」
※インターネット公開されているので全文読めます。
「短歌人」創刊号には「発刊の辞」が掲載されている。結社誌でも、普通の雑誌でも「発刊の辞」があるのならば、それを読めば発行する意義や経緯がわかるはず。しかし、「短歌人」の「発刊の辞」は「これはつまり「心の花」と一緒なのでは?(つまりおのがじし)」という内容なのです。実際に読んでも「なぜ「心の花」と別の雑誌を創刊しないといけないのか」という疑問が解消するものではない。
この「発刊の辞」はなかなか興味深い内容なので、気が向いたら何らかのかたちで書きたいと思います。
「短歌人ってなに?」という疑問に応える文章はどこかには存在するのかもしれないけれど、とりあえずそれは「発刊の辞」ではない。
閑話休題。
瀏の「眞の短歌人」でそれがわかるのかというとそうでもない。この文章は結社の話はない。
文中に「短歌人」という言葉は使われず、「歌人」のあるべき姿が説かれるだけだ。内容は翼賛的であり、現代の感覚だと同意しかねる内容が多いと思う(頻出の「国体」「翼賛」を現代の人が「こうだろうな」と思っている感覚で瀏が使っていたのかどうかも疑問がある)。
ではどうして「短歌人」という言葉をタイトルに使っているのか。特に根拠はないが、全文を読んだ後だと、よくない意味での「歌人」とはちがう、あるべき歌人像としての「短歌人」という意味なのではないかという気がする。
末尾に「昭和十五年十月」の日付があることから「短歌人」創刊より後の文章であることがわかる。
「短歌人」創刊の準備が行われていた昭和十三年末に瀏がどういうつもりで「短歌人」という名を提案したのかは不明ではあるが、少なくとも昭和十五年時点での瀏のなかの「短歌人」のイメージは「あたらしい時代に即したあるべき歌人像」くらいのものだったと思われる。
おまけとして木下立安さんの『老柏』の歌を紹介します。この本には、「 短歌人を創刊せんとして」という題の二首がある。
木下立安『老柏』(ぐろりあ・そさえて)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1127908
※インターネットで全文読めます。
引用します。
短歌人を創刊せんとして
すでに吾が腹を固めしけふぞこれ息吹ををしき歌誌(うたふみ)生まむ
溌剌たる言靈こもれ小さしともわれの命ぞこの歌誌は
木下立安『老柏』(ぐろりあ・そさえて)p.111/69コマ目
これは「昭和十四年 百五首」という章の最初に置かれています。
昭和十三年十二月に信綱さんから「短歌人」創刊の許可を得ています。年頭の所感としてまず言いたいというのがあったでしょうし、実務的にもいよいよ本格的な準備がはじまったところなのでしょう。えらいやる気に満ちています。
このころの「心の花」は石榑千亦邸に置かれた出版部というのがありました。主宰は信綱さんなんですけど、原稿送付先はすべて出版部あてでかなり二人三脚の結社なんです。信綱の自筆年譜を見ても、「いささ川」は「二月、いさゝ川を発行す。」であるのに対し、「心の花」は「二月、石榑千亦氏等と謀りて心の花を發行す。」と千亦の名を特記している。※
千亦が竹柏会にとって大事な人だったのは言うまでもありません。
※「佐佐木信綱年譜」は1930年刊行『現代短歌全集 第三巻 落合直文 佐佐木信綱集』(改造社)を確認。引用部は両個所共にp.417。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1216491
「いささ川」は「心の花」の前身とされる歌誌。
木下さんは千亦のようにならねばという使命感を抱いたのだと思います。「短歌人」は「心の花」のやり方を踏襲した結社ですから、おそらく竹柏会系じゃない結社の発行人とはちょっと重みがちがったと思います。木下さんは自宅内の一棟を短歌人に提供、資金面でも相当な金額を用意したと伝えられています。「短歌人」創刊号は140ページで、当時の「心の花」並のボリュームで刊行されています。歌は全員一段組。結社外の寄稿もにぎやか。印刷は大日本印刷。
用紙統制などもあり、数年後には簡素な冊子となっていくことを思うと、リッチな本という印象を受けます。そしてこのリッチさは木下さんの功績が大きいものと思われます。
そうした自負や使命感がみなぎっている歌と思います。