Waxahatchee 『Tigers Blood』 空を見上げたくなる音楽はグッドミュージックだ by Kent Mizushima (to'morrow records)
KKV Neighborhood #214 Disc Review - 2024.4.8
Waxahatchee 『Tigers Blood』 by Kent Mizushima (to'morrow records)
Noah Kahanのようなアーティストが大ヒットし、今ではBeyoncéまでもがカントリーやアメリカーナをテーマにしたアルバム『COWBOY CARTER』をリリースするなど、少し前までは”ダサい”と言われ、年齢層高めのアメリカ人だけが聞いているジャンルのように扱われていたカントリー・ミュージックをティーンがTikTokとかで使うほどに流行っている。
この流行りの背景を話すと長くなるので今回は省略させていただくが、所謂”インディー・シーン”においてもコレまでにこのレビュー企画でも取り上げたWednesdayやSlow Pulpといったアーティストも自身のオルタナ・サウンドの中にカントリーやアメリカーナからの影響を取り入れているし、“◯◯+カントリー”のような合わせ技を披露する素晴らしいアーティストが次々とアメリカ国内から出てきている。
今回取り上げるSSW、Katie Crutchfieldによるプロジェクト、Waxahatcheeもベスト・タイミングでルーツを大事にした王道なカントリー / アメリカーナ・アルバム『Tigers Blood』をリリースし、おそらく今までの作品の中で一番話題になっている。
念のために補足しておくと、Katie Crutchfieldはずっとカントリーを演奏しているわけではなく、自然とカントリーに流れ着いたアーティストだ。そもそも彼女のキャリアは姉であるAllison Crutchfieldと様々なプロジェクトでライブ活動し、その中の一組であるインディー・ロック・バンド、P.S. Eliotとして2007年に初めての作品をリリースし、その後2012年にWaxahatcheeとしてソロ・デビュー。これまでに『American Weekend』(2012)、『Cerulean Salt』(2013)、『Ivy Tripp』(2015)、『Out in the Storm』(2017)、『Saint Cloud』(2020)とインディー・ロック、インディー・ポップ、オルタナなど様々なテイストの作品をリリースし、そのどれもが最新作である『Tigers Blood』にまったく劣っていない作品だ。つまりはKatie Crutchfieldはソングライティング力とカラッとしたエモさと迫力のあるヴォーカルで、どんな音楽性でも自分のモノにしてしまうタイプのアーティストだと僕は思っている。
その中でもWaxahatcheeにとって、2018年にリリースした『Great Thunder』というEPがカントリー路線にスイッチするきっかけの作品だったはずで、ガンガンにエレキ・ギターを鳴らしていた『Out in the Storm』のリリース・ツアーの印象とは真逆の静かなセットを、新しいバックのバンド・メンバーと共に演奏していたのをよく覚えている。
Waxahatchee - Chapel of Pines(from EP Great Thunder)
2020年にリリースされた前作『Saint Cloud』ではアメリカーナ / カントリーへのアプローチを本格的にスタートし、インディー・フォークを中心にインディー・ポップからエレクトロニックなサウンドまでをミックスした大傑作を再び完成させる。そして2022年にLAのSSW、Jess Williamsonとのコラボ名義=Plainsとして、今作『Tigers Blood』に繋がるルーツを大事にしたアメリカーナ / カントリー・アルバム『I Walked With You A Ways』をリリースし、今に至っている。
まるで大切な思い出を噛み締めているかのような、エモーショナルな歌声がじっくりと丁寧に力をためるようにして『Tigers Blood』は幕を開ける。この跳躍前の踏み込みのようなアルバムのスタートは『Ivy Tripp』や『Saint Cloud』でも使われている手法なので、Waxahatcheeのアルバムの鉄板スタートと言えるが、他の作品と一味違うのが冒頭「3 Sisters」のドラムが入ってくる瞬間にギアが入り、一気に青空が広がることだ。そしてその青空はアルバムが終わるタイトル曲「Tigers Blood」まで一切曇ることなく、リスナーの心を照らし続ける。これこそアメリカーナ / カントリーの醍醐味で、リリックのテーマや内容は総合的には決して明るくないにも関わらず、とにかく気分が晴れるアルバムに仕上がっている。
Waxahatcheeは世界最高のソングライター&ヴォーカリストであると共に最高なギタリストでもある。正確に言うと、彼女のアルバムは本当にギターの音作りがいつも完璧。そのアルバムのコンセプトに合った音色をドンピシャで鳴らしてくるし、それに欠かせないプロデューサー選びも毎度100点満点の人選だ。そして今作ではギター&ゲスト・ヴォーカルとして、今ではインディー目線からこの”カントリー / アメリカーナ”というジャンルを語るうえでは避けては通れないWednesdayのギタリスト=MJ Lendermanを迎え、彼もまた完璧なギターの音色を披露している。2023年、まだ完全に火が点く前のMJ LendermanのライブをたまたまSXSWで観て惚れ込み、その場で「スタジオに一緒に入りたい」とオファーしたというKatieのセンスも、プロデューサー選び同様に輝いている。
MJ Lendermanはヴォーカリストとしても4曲に参加し大活躍しており、本作のハイライトとも言える「Right Back to It(feat. MJ Lenderman)」の2人のヴォーカルのハーモニーが重なるときの化学反応は、本当にアメリカーナやカントリーというジャンルのファンを増やしていくのではと期待してしまうほど美しい。そしてこの曲はKatieのパートーナーであるKevin Morbyへ向けて書いたラブソングで、完全に彼を信頼しているリリックの一つひとつを聞いていると、微笑ましい気持ちにさせられる。
3曲目に収録している「Ice Cold」は今作の中でもとくにアッパーでシンプルなカントリー・ロックで、それこそ昨年にWednesdayがリリースした大名曲「Chosen to Deserve」を彷彿させるし、6曲目「Boread」では『Saint Cloud』以前のテイストを詰め込んだインディー・ロック調の楽曲を今のスタイルで披露しており、Waxahatcheeのことを昔から追ってきたインディー・ファンには大人気になることが予想されるこれらの2曲も収録されている。
「ヴォーカルのミックスがこんなに大きい曲も中々ないぜ!」と清々しくなる「365」辺りにもこれまでのWaxahactheeらしさが詰まっている。歌詞に関しては前回の”禁酒”についてのテーマの延長線上や人間関係の疲れなど、決して陽だけではなく、日常で感じる”陰”の部分の方が多く表現されているのだけど、落ち込んだときに暗いリリック&明るいサウンドは一番クスリになるし、このアルバムを聞きながら散歩をしていると本当に心が洗浄される。青空が似合うアルバムとしてどの曲も素晴らしく、今作は2024年の”ベストオブ空が似合う作品“で間違いなさそうだ。
そういえば今作からレーベルが〈Merge Records〉から〈Anti〉へ移籍。最初にそれを聞いたときは正直寂しい気持ちになったが理由が判明。一緒に音楽をスタートした姉のAllison CrutchfieldがA&Rとして働いているからだって。
一気にとても素敵な話だね。
Waxahatchee『Tigers Blood』
Release Date:2024.3.22
Label:Anti
Tracklist
1. 3 Sisters
2. Evil Spawn
3. Ice Cold
4. Right Back to It
5. Burns Out at Midnight
6. Bored
7. Lone Star Lake
8. Crimes of the Heart
9. Crowbar
10. 365
11. The Wolves
12. Tigers Blood
Steam the album
Waxahacthee:Instagram
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