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XTALヒストリー後編 孤独と自由を求めた『Aburelu』までの道

KKV Neighborhood #32 Interview - 2020.08.06
XTAL『Aburelu』
interview by 田中亮太

4年ぶりの新作『Aburelu』をリリースしたXTALへのロング・インタヴュー。長野の音楽少年がダンス・ミュージック・シーンの住人となっていくまでを語ってくれた前編に続いて、この後編では音楽的に大胆な変貌を遂げた『Abuelu』の背景に迫る。

2011年のビッグ・アンセム“Heavenly Overtone”

――XTALさんはTRAKS BOYSの活動と並行して、徐々にソロ名義での楽曲リリースをはじめていくわけじゃないですか。その過程を教えてください。

「それはですね、Fran-Keyという奴がいまして、彼とRoger Yamahaと僕と3人で、Fran-Key, Crystal & Rogerというバンドを2008年頃にはじめたんです。そのバンドがCrue-Lからリリースしたので、(レーベル主宰の)瀧見憲司さんとの繋がりができた。そこで瀧見さんから〈ソロでもやってみたら〉と言われて作ったのが、自分名義での最初の12インチ“Heavenly Overtone”(2011年)だった。だから瀧見さんとの出会いがあってのソロ活動ですね」

――それまで1人では曲を作っていなかった?

「そうでしたね。そこまで自分への自信がなかったのかもしれない。瀧見さんに後押しされたのがきっかけとなり、そして作ってみた最初のシングルで自分でもいいのが出来たなと思えた。評判も良かったと思います。そこで、感触をつかめたんです」

――“Heavenly Overtone”は、シューゲイザー的な音響と美麗なピアノが印象的なバレアリック・ハウスで、以降の一年を代表するフロア・アンセムになりましたよね。あの曲を作ったことで、XTALさん自身の作家性もより明確になった気がします。

「Crue-Lからリリースするというのも関係していたように思います。 Crue-Lの作品は自分が10代の頃――カヒミ・カリィさんをリリースしていた時代から聴いてましたし、瀧見さんがDJ としてダンス・ミュージックへ傾倒していく流れも全部チェックしていた。そのうえでのCrue-Lからのリリースだったので、そこはなんか恥ずかしくないものを作ろうというのがあった。
あとCrue-Lからだからこそできる音楽性というか、テクノやハウスだけど、ロック的な要素があるオルタナティヴなダンス・ミュージックであってもいいというのは、後押しになりました。TRAKS BOYSはもっとテクノ寄りなんですよね。セカンド・サマー・オブ・ラヴの頃にアンドリュー・ウェザオールが作っていたリミックスの感覚とかを、最初のシングルではバシっと出せたという手応えがありました」

――“Heavenly Overtone”を2011年に出して、そのあといくつかのシングルを発表しつつ、フル・アルバムの『Skygazer』をリリースしたのが2016年。アルバムまでの期間が比較的空いたのはどうしてですか?

「イルリメくんたちとの(((さらうんど)))があったからですね。また別のバンドが始まったのでそっちをやっていたという」

――そっか、そこにK404さんもいましたしね。

「合間でいろいろと作ってはいたんですけど、(((さらうんど)))で3つのアルバムを出して、サード・アルバムの『See you,Blue』(2015年)以降に、本腰を入れて『Skygazer』に取り組みました」

――(((さらうんど)))はダンス・ミュージック以外のアウトプットを求めてはじめたんですか?

「メロディーがあってポップスの構造になっている音楽をそれまではやっていなかったけど、自分はポップも好きだし、ポップをやってみたいという気持ちが常にあって。それは(((さらうんど)))をはじめた理由のひとつですね」

――いま振り返ってみて『Skygazer』の達成感みたいなのってどうですか?

「あのときできたベストは尽くしたなと思います。あと“Heavenly Overtone”とその後にCrue-Lから出した“Vanish Into Light”のアナザー・ヴァージョン、NYのビーツ・イン・スペースから出した『BreakThe Dawn / Red To Violet』というシングルもすべて入っていて、いったん区切りをつけられたというのはありますね。12インチでしか聴けない曲ばっかりだったので、いったんアルバムという形にしてまとめたかった」

――『Skygazer』はアルバム全体の音楽的な方向性を定めてから制作したんですか?

「それはね、あんまり定めてなかったです。というよりは、さっき言ったようにそれまでのベストというか、ゼロから作ったものではないので。そういう意味では今回の『Aburelu』がまっさらなところから作ったはじめてのアルバムになりますね」


ダンスフロアを離れ、フィッシュマンズと出会う

――『Skygazer』を出して以降だったと思うんですけど、XTALさんは去年の夏くらいまでほとんどDJを休止していたじゃないですか? DJをやらないことで、フロアを意識せずにいる時間が増えたことも新作『Aburelu』に影響を与えていますか?

「関係していますね。それまでは DJを月に何本もやってたので、それを念頭においた音楽との接し方だったんです。〈次はあのクラブであのパーティー……ということはこういう曲をちょっと探したいな〉とか。何年間もそういう買い方かつ聴き方で、それは別に悪いことではなかったんですけど、DJを休めたとこでいったんそれがなくなったんですよね。すごく聴き方が自由になったし、なんか中学生ぐらいの感じに戻れました。そこは大きいんじゃないですかね」

――DJを休んだ理由には、多少プライヴェートな領域が関係していますよね?

「プライヴェートな部分と……あとDJは楽しかったんですけど、いったん距離を置きたいなって気持ちもありました。18歳ぐらいからDJを 始めて20年以上やっているので、ちょっと1回リフレッシュしたいなと。いままで4つ打ちのキックを何万発浴びてきたんだろうみたいな(笑)。やめてみて、ちょっと違うことをしたいっていうのもあった」

――じゃあ、DJというひとつの役目から降りて、あらためて音楽を聴いてみると発見が多かった?

「そうですね、新鮮でした。全然 DJで使わないような音楽とかを聴きはじめて、そういうものに夢中になるのが楽しかったんです」

――たとえばどんな音楽に出会えたんですか?

「玉置浩二とかを聴きはじめるんですけど……」

――あ、そうなんですね。玉置浩二は〈『Aburelu』を作った8枚〉にも挙げられてましたけど、もっと前から好きだったんだと思ってました。

「わりと最近ですね、4年前とか。あ、その前にフィッシュマンズがありましたね。なんでいまって感じだけど(笑)」

――フィッシュマンズも『8月の現状』(98年)を〈8枚〉に挙げられてましたけど、昔から熱心に聴いておられたわけじゃなかったんですね。

「リアルタイムで聴いてはきたんですよね。周囲の人は『空中キャンプ』(96年)あたりから聴きはじめたんですけど、もっと前から聴いてました。『KING MASTER GEORGE』(92年)とかも出たタイミングで聴いてた。そこで聴いてたにもかかわらず、〈俺はフィッシュマンズの何を聴いてたんだって〉いうぐらいの発見が、この数年であって」

――その発見について具体的に教えてください。

「フィッシュマンズでも聴いてないアルバムがいくつかあって、たとえば『宇宙 日本 世田谷』(97年)は聴いてなかったんですよ。で、(((さらうんど)))のサードを出したぐらいから、意識的にいろいろな音楽を聴くようになり、なぜか〈俺はいまフィッシュマンズを聴いたほうがいいのかもしれない〉という感覚におちいって聴きはじめた。そこで『宇宙 日本 世田谷』を聴いて、やられました。一時期ずっとあれだけを聴いてましたね。具体的には最後の“DAYDREAM”って曲、アレでしたね。あの曲にやられすぎてフィッシュマンズの良さがわかったって感じです」

――“DAYDREAM”にやられたポイントって分析できます?

「歌詞も音もなんですけど、自分の心境にハマりすぎました。具体的には、〈死ぬほど楽しい 毎日なんてまっぴらゴメンだよ 暗い顔して 2人でいっしょに 雲でも見ていたい〉という詞の部分ですね。生きていくうえにおいて楽しいとは言えないいろいろなことが起きると思うんですが、その事実に対してのこのラインは、何て強いんだと思いました。それは言葉の意味だけでなく、佐藤伸治さんの歌や、この曲のアレンジとか、その総体として感じたことなんですが。始めて聴いたときは、震えるぐらい気持ち動かされました」
あと、『宇宙 日本 世田谷』って1曲が長くて、そこもやられたポイントですね。なんでこんな長いの?みたいな。“WALKING IN THE RHYTHM”とか13分くらいあるけど、最後の3分とか普通は絶対いらないんですよ。でも彼らには、それをやるだけの構えのデカさがあったと言うか。そういうところにだんだんハマっていき、その感覚で過去のアルバムをいろいろ聴くと〈こういうことだったのか〉とわかってきた。 フィッシュマンズってすごくわかりにくいバンドなんだなっていうのが、自分のなかで判明しましたね」

――どうしてフィッシュマンズのアルバムのなかでも『宇宙 日本 世田谷』がとっかかりになったんですかね?

「あのアルバムは言葉の比率が少ないんですよね。曲が長いっていうのにも関係あるんですけど、相対的に少ない。だから、より音楽で持っていかれる割合が高くて、その詞の配分の少なさというのが自分にとってはちょうどよかったです。あまり言葉に頼りすぎないアプローチ。自分にとっては、あのアルバムがいちばんわかりやすかったっていう。フィッシュマンズのアルバムも配分がさまざまで、いろんな角度でアプローチしていると思うんですけど、『宇宙 日本 世田谷』のやり方が自分にはいちばん刺さりやすかった。だから、あのあとに『空中キャンプ』を聴き直したら言葉多いなと思って(笑)。でも『宇宙 日本 世田谷』を理解したマインドで『空中キャンプ』を繰り返し聴いていくと良さがわかってきた。まあそういう感じで1個1個解きほぐしてったっていう」


スタート地点は、佐藤伸治が生きていたら歌っていたもの

――〈『Aburelu』を作った8枚〉では、中島みゆきやアール・スウェットシャツなども挙げられていましたけど、あのなかだとフィッシュマンズが参照点としてはもっとも古い?

「フィッシュマンズが最初でしたね。結果的に頓挫したんですけど、制作の当初は〈もし佐藤さんが生きていたら、フィッシュマンズはこういうことをやろうとしたのかもしれない〉みたいなものを考えてました。だから、そういうのをまず作ろうとしていたんです。で、まあそれには歌がいるだろうということになって、これは自分で歌うしかないと。ただ全然歌う練習とかしてきてないので、まずボイス・トレーニングするところから始めました。それから1年ぐらいボイトレしながら曲を作って歌詞も書くという挑戦があった。1曲は完成しているのもあるし、そういう方向性の断片みたいなのはいっぱい残ってますね」

――じゃあ『Aburelu』とはまた違う、もうちょっとソングオリエンテッドなものを考えられてたってことですよね?

「そういうのを作ってましたね。でも、なんでそれを出さなかったっていうとまあやっぱイマイチだったから(笑)。それは一生出すことないだろうな」

――新たなモードでの創作に取り組んでいくうえで、玉置浩二や中島みゆきを発見していった?

「玉置浩二はフィッシュマンズを好きになり、もっと日本のポップ、日本語の歌でいいものってあるのかなと思い、いろいろ聴いていくなかで発見したんです。日本語の歌っていうアプローチが頭にあったんでしょうね」

――玉置浩二だと〈8枚〉で選盤しされていたのは 97年のアルバム『JUNK LAND』(97年)でした。あの作品に惹かれた点は?

「あれ、録音したのはソニーのいいスタジオだと思うんですけど、マインドとしては完全に宅録なんですよね。あと、自分の好きなポイントである録音前後のエンジニアさんとかとの会話がアルバムに入ってるんです。あれのフェチなんですよ(笑)」

――宅録っぽさみたいなところは8枚を並べたときの共通点の一つなのかなと思ったんですよね。

「そうですね。宅録というか生々しいフィーリング、あまり収まってない感じが好きですね。中島みゆきのアルバム(78年作『愛していると云ってくれ』)とかも、そういう点で選んでるんですよね」

――そういった生々しさへの指向性みたいなものって、XTALさん自身がかねてから抱えてきたものなのか、ここ数年顕著に出てきたものか、どっちになるんですか?

「かねてから抱えていて、それにはっきりフォーカスしたのはここ数年って感じです。また話がフィッシュマンズになっちゃうんですけど、フィッシュマンズを聴いてから、そう思えるようになった。やっぱり彼らの歴史を考えると『空中キャンプ』はすごい転換点だと思うんですけど、そこでの意識の変わり方ってそういう感じだったのかなと、ちょっとわかる気がして。大衆性やわかりやすさに目配せするんじゃなくて、突き詰めるっていうところに向かった。それが生々しさということになると思うんです。ありのままというか、あんまり他人を気にしない感じ」

――その観点ってやっぱフロア・ユースのダンス・ミュージックを作っていたら、なかなか曲の中心には落とし込みづらいものかもしれませんね。

「うん、ある意味ではそうですね、ダンス・ミュージックの DJはやっぱりお客さんが例えば0人とかだと意味がないものなので。フロアにいる人をいかに楽しませるかっていう部分と切り離せない」


それ以上でもそれ以下でもない、2020年の記録

――じゃあフィッシュマンズにインスピレーションを受けて作っていた日本語の歌モノから現在の『Aburelu』までには、どういうステップがあったんでしょうか?

「そのへんはいろいろあるんですけど、大きいのはいまのアメリカのオルタナティヴなヒップホップにハマったというところ。彼らの方法論を使って自分なりのフィルターを通したてみたら、1曲出来たんです。それが“Aburelu”って曲。あれが出来たことで、いけるという感触はつかめた。そういうところですかね」

――〈8枚〉にあげてくれたアール・スウェットシャツの『Some Rap Songs』(2018年)が、ヒップホップとの出会いという点ではいちばん大きかったんですか?

「あれが始まりで、そこからいろいろと掘っていくんですよね。そうするといろんな人たちがいて、まあラッパーも多いんですけど、いわゆるビートメイカーの人たちもいっぱいいた。そのビートメイカーの人たちの感じを見るとなんかサクサク作ってるんですよね。曲も短いし、あんまり悩んでないというか、やったものを出すみたいな雰囲気さえ感じて。ただのドキュメントっていうか。いまTwitter とかInstagram とかいろいろありますけど、そういったSNSへの投稿と同じ雰囲気で曲を作って発表してるなと。で、〈僕もそれやりたいな〉って思ったんですよね。だから『Abuelu』も曲は選んでないんです。作って出来たやつを並べただけ。自分の去年の10月から今年の2月ぐらいまでのただの記録。それでいいんだって思えたのがでかいですね」

――最初に完成したという“Aburelu”もさらっと出来たんですか?

「前にいろいろトライしていた素材を元に作ったんですけど、さらっと出来ましたね。自分のなかのリミッターを外してみたのが良かった。〈これでいいのかな〉って思いもありつつ、やってみたら〈これがいいな〉と思えたんですよ」

――その曲に“Aburelu”というタイトルを付けた理由を教えてください。

「シンセ・ベースの音がどんどん走っていって止められなくなるようなアレンジなんで、水が溢れるみたいな感じだなと思って最初は”あふれる”っていうタイトルでした。でもなんか自己陶酔が過ぎる気がして。同じような意味の言葉探したら〈あぶれる〉っていう言葉が出てきた。〈余計者になる〉っていう意味もあって、それもいいなと。今回みたいな剥き出しの作品を出すのって、道から外れていくような孤独な感覚と自由になれる感覚どちらもあって、それも表しているようなタイトルですね」

――じゃあ作品全体としてもそこまで難産なものではなかったということですかね。

「全然、難産じゃないです。ただ録っただけ。ちょっとコネコネしましたっていう感じです。だから次の作品もすぐに作りたい、というかすぐに作れますよという気持ちです。アルバム出たばっかだけど、実際作ってるんで。そういう感じでちょっとしばらくはやりたいなって」

――じゃあXTALさんの作品が今後めちゃくちゃハイペースで出る可能性も高いってことですよね。

「そうありたいです。僕は1人でやってるんですけど、昔のロック・バンドのレコードもそういう感じだったのかなと思ったりして。ローリング・ストーンズとかのレコードにしても、作り込んだものもあると思うんですけど、『Sticky Fingers』(71年)なんかを聴くとスタジオでぱっと録っている感じがする。その年のストーンズの記録なんだね、みたいな、それがすごくいいなって思うし、まあそういう感じで2020年の記録は『Aburelu』だけど、また来年の記録は次のアルバム、ぐらいの感覚でいたいなって。いままでそういう気持ちにはなったことがなかったので、自分的には新しいですね」  

――『Aburelu』はすごく軽やかさを感じられる作品だし、風通しがいいというか、とても自由なムードが全編に貫かれていると思いました。XTALさんの自然な姿が透けて見えるというか。

「出してみて、評判が良くて嬉しかったんですけど、評判が良くなくても〈まあいっか〉と思える。自分的には〈まあこれが正直な姿だな〉という感情を持てるっていう」


予想もしなかった出来事に、何かを見出していく

――(KiliKiliVillaの)与田さんは、ダンス・ミュージックを長く聴いてきた人間として『Aburelu』をどんな作品だと捉えましたか?

与田太郎「ヒップホップに影響を受けて作ったという話を聴いて、すごく理解できたんです。ダンス・トラックを作っていると、ここをめざしておこうというある種の目的地があるじゃないですか」
「ありますね」
与田「それをなしにして、もっとその音楽を作る意味合いが自由になった。捕まえなきゃいけないものは明確にあるんだけど、それって捕まえようとしたら捕まえられないんだよっていう感覚がアルバムにあるのがすごくよかったんです。例えばアメリカのストーンズ・スロウの人たちとかもたぶんそういう感じで作りまくっているじゃないですか。もうモックモックになってバンバン作る。 Jディラとかかもそうだったんだと思うんですけど、それを真似するのではなく自分のスタイルでやれている」
「うん、まさにそういうことですね」

――おもしろいのが、前段階で日本語の音楽に挑みながらも、今回も基本的には言葉のない作品になっていることで。

「なんかそれが正解って感じはしましたね。今回、自分の声は随所に入れているんですけど、それくらいのバランスがいちばんいいなと。歌詞とかも書いてたんですけど、いま思うとダサかったな(笑)」

――今回ギターを多く使っているじゃないですか?

「わりと使ってますね。ギターも中学生ぐらいから弾いてたので」

――実際に自身の作品で自分が弾いたギターを入れるのは初めてですか?

「初めてですね。ろくに弾けないので、弾けないなりのアプローチというかそういう感じでやってます」

――シンガー・ソングライター的な作品とも言えるのかなと思いましたね。

「うん、そうですね。機能性がないとは言わないですけど、機能性とかよりは作家性みたいなのが出てると思います」

――例えばアンビエントの機能性とかってあると思うんですけど、そういう感じでもない。そういう聴き方もできるのかもしれないけど。自分のなかから湧き出てきた言葉になる前の感情というか、周りにある空気感みたいなのを作品に落とし込もうとしていたんでしょうか?

「うーん、やっぱり1人だけでやっていても、曲を作っているうちににいろんなことが起きるんですよ。その起きたことに対して、自分がどうしたのかというリアクションの記録というか。なので、頭で何かを描いて、それに向かって進むという作り方じゃないんです。最初に想像がない。シンセでなんか弾いてみて、〈こんな音出たな、じゃあどうしよう〉という作り方。その記録をやってみたという感じです」

――めちゃくちゃピュアな状態での作業だったんですね。

「あまり自分の意図やエゴみたいなものがそんなに入ってないというか。他者がいないから自分の意図にフォーカスしていくと、すごい煮詰まってくるんですよね。どんどん閉じていく。それよりもいかにエラーを楽しむかっていうマインドでいたかった。パソコンで作ってるんですけど、ときおり変なエラーが起きるんですよ。あれ? こんな音にしたはずじゃなかったのになって。そういうときはすごい嬉しいですし、それを必ず採用するっていうスタンスでいました。
アンディ・ウェザオールがレコード屋でレコードを買うときに、たとえばロックと書いてある棚にたまに違うジャンルの作品が混じってることがあって、そのときは必ずそのレコードを買うようにしていたらしいんですけど、そういうのが起こったときには何かがあるぞ、いや何かがなくても自分でそこに何かを見出していく。そういう思考だったと思います」

――以前、やりとりした際に〈『Aburelu』はこのプレイリストがいちばん近いかもしれません〉とSpotifyの〈Genre Glitch〉というプレイリストを送ってくれましたよね。

「制作中は自分が楽しくて作ってるんだけど、作ってみたとき、〈これはどういうふうにカテゴライズしてプレゼンすればいいんだろう〉という疑問が出てきたんです。そこで、〈Genre Glitch〉というプレイリストを見つけて聴いたら、〈あぁこんな感じかな〉って思えたんですよね」

――そこには期せずして何か共通の時代感覚みたいなものが反映されているんですかね?

「うーん、かもしれないですね、僕はヴラディスラフ・ディレイがすごく好きなんですけど、彼の新作『Rakka』(2020年)にもすごくシンパシーを感じていて。あの人も作っているのはエレクトロニック・ミュージックなんですけど、そういう音楽をインスピレーションにしてないんですよ。で、いろいろインタヴューを読んだら〈ふだんずっとヒップホップを聴いている〉と言っていて、すごいわかるなーと思ったんです。その感覚をもとに違うものを作ろうとするとこうなるよねって。それはすごく共感しました」

――なるほど。ヴラディスラフ・ディレイの別名義にあたるルオモのアルバム『Vocalcity』(2000年)が最近20周年でリマスターされたんですけど、『Aburelu』はあのあたりのサウンドに近いものも感じました。マイクロ・ハウスやダブ・テクノ的な音の質感や各音域の分離のあり方というか。

「(近い点)はたぶんダブってことだと思います。彼はダブへの深い理解があって、その感覚がすごいわかるんですよね。共通点として感じるっていうか。スライ&ロビーと一緒にやっていると思うんですけど※、そういう事実からふまえても、彼の音楽がダブの現在形だと思う。で、僕もダブやダブ的な音楽は、いちばん好きと言っても過言ではないので」
※今年リリースされた『500-Push-Up』
与田「アルバムをトータルで聴くと、すっごく綺麗な場面展開をしているポイントが随所にある。むしろこのポイントを拡大解釈してBPM115〜120くらいのダンス・トラックにしたら、すごく良いのが出来ちゃうんじゃないかなって気もしたんですよ」
「それはすごくわかります。実際、次にトライしたいポイントでもあって。僕は DJコーツェって最も好きな音楽家の一人なんですけど、どうやったらこんな音楽を作れるんだろうっていつも思ってたんです。それがこのアルバムを作ってみてすこしわかった。コーツェもヒップポップの感覚をディスコやハウスに落とし込んでたんですよね。 コーツェの際立っているポイントってそこだったんだなと理解できた。文字通りの意味でのヒップハウスなんだなって(笑)。ちょっと近づけた感じがしたんですよ」


日常のスピードを反映した音楽

――XTALさんは音楽が専業ではなく、ほかのお仕事で生計を立てられていますよね。そのことが『Aburelu』みたいな実験的な作品を作ることのできた理由のひとつにはなりますか?

「それはすごく影響してます。自分が(ほかに)仕事してるっていうのは商業主義的なものを作らなくてもいいっていうのもあるし、違う見方をすると昼間は仕事してるんで、夜のこういう時間(取材は22時頃に実施)とかに作るんです。だけど、そんなに長い時間は取り組めないんですよ。だから、ああいうアルバムになったっていうのもあるんです。短いと早く作れるなっていう。あとリズム入れなくていいともっと早いとか。結構それも大事で。リズム入れたり、長くしたりすると曲がどんどん死んでいくんですよね。制作にさける時間が毎日1時間とかだったら。
いかに自分の生きているスピード感と音楽を作るスピード感を嘘がないようにするってのもわりと大事でした。なんかそこで自分の身の丈以上のことをやろうとすると、やっぱりフェイクになっていくっていうのは思いました。そこもリアルにやろうという気もあって」
与田「その感じはアルバムを聴いていても伝わりますよ。何か凄く正しいものっていうか素直なものが、この音楽にはあると思える」

――そういうXTALさんの態度はKiliKiliVillaの出してきたバンドに通じているところもあるかもな、と思ったんですよね。

与田「確かにうちのレーベルのバンドは、ほとんどみんな月〜金の仕事で生計を立てていて、だから音楽は好きなことやろうってスタンスなんです」
「それがある意味普通っていう感じもするんですよね。ミュージシャンを職業として何十年も続ける人なんてホントちょっとなんだから、仕事しながら音楽やりゃいいじゃんと思う。そういう状況であることをリアルに反映した音楽っていうのがいいと思うし、自分もそういうのを聴きたいなと思います」

――いまXTALさんは長野にお住まいですけど、東京以外の地方に暮らされていることも自由な創作姿勢に関係していそうですね。

「うーん、あるかもしれないですね。やっぱ東京って場所はわりと人目……他者からの評価というものにフォーカスにしちゃうことがあるかもしれない」

――東京から長野に戻られて、もう10年くらい経つかと思いますが、やっぱりXTALさん自身も変化しました?

「そうですね、やっぱり変わった面もあるのかな。何か諦めがつきやすいというか(笑)。例えば東京だと、他のアーティストの活動とかを見て、〈俺はなんでああなれないんだ〉とか思うこともあったけど、長野にいたら〈まぁいいじゃん〉って」

――それが健全ですよね。

「どんどんそうなりたいし、地方のほうがそう思いやすい面はありますよね」

――いまのXTALさんとしてめざしているミュージシャン像ってありますか?

「直近では、さっき言ったビートメイカー的な量産というか日々のダイアリーとしての音楽を作っていきたいですね。あとはさっき与田さんの話にもありましたけど、ダンス・ミュージックってものを捨てたわけじゃないので。最近ハウスの12インチもめっちゃ買っていて、ダンス・ミュージックにまた新鮮な気持ちになれているので、そっちも何かしらのトライはしてみたいなと。シングルはまた別のアウトプットとして考えています。

XTALが7月31日に発表した新曲“A Leap”

自分のこれまで作ってきた音楽と、今回のアルバムとでパックリ割れちゃった感じもあるんですけど、まぁそれはそれで本当のことなのでいいかな。DJは DJ で楽しくやっていきたいですけどね。あとこのアルバムをふまえると、DJでもっと好きなようにやっても、お客さんが暖かい目で見てくれるんじゃないかって(笑)。逆にこのアルバムで僕のことを知って、DJを聴きにきた人がハウス・ミュージックとかかけている姿を観て、どう思うんだろう。全然アルバムと違うじゃん、みたいな。そういう意味ではなんか広がった感じがします」

――なかなか予定を立てづらい状況かと思いますけど、本作のリリース・パーティーなどは考えられていますか?

「一応考えてはいます。ただ普通のクラブ・パーティーだとちょっと難しいと思うので、リスニング・パーティー的な体裁で来場人数を絞ってやろうかなと考えていますね」

――今日はありがとうございました。リリパの開催、気長に待っています!

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