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Heavenward『Pyrophonics』リヴァイヴァリズムの域を超えたオルタナティヴ・ロックの新たな名盤 by 管梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #174 Disc Review - 2023.7.4
Heavenward『Pyrophonics』review by 管梓(エイプリルブルー)


Heavenward『Pyrophonics』

 今現在のインディ/オルタナティヴ・ロック・シーンにおいて、ノスタルジーが果たす役割を無視することはできない。80年代のシンセ・ポップやポスト・パンク、90年代のシューゲイズやグランジは言うに及ばず。果てはそう遠くない過去である00年代のポップ・パンクやエモですら既にリヴァイヴァルの対象となっている。ヴィジュアル面でも8mmやVHSなどの旧式の媒体特有のルックを取り入れたMV、ヴィンテージ・ファッションに身を包んだプレス・フォトが一般化し、人によってはもはや「インディ」「オルタナティヴ」は形式化されたノスタルジーの表現となってしまっているのでは……と悲観的に捉えかねない節すらある。
 とはいえ個人的にはこのノスタルジーへの傾倒は決して悪いことばかりではないと思っている。それぞれの音楽をリアルタイムで通過したアーティストからすれば真に自分の心に訴えかけ、記憶や共感を呼び覚ます音楽性を追い求めた結果として。後追いで触れた若いアーティストからすれば心身ともに健やかでいるのが困難な現代において、見知らぬ(そしてもしかすると存在すらしない)「古き良き時代」に想いを馳せた結果として、リヴァイヴァリズムにたどり着くのはなんらおかしなことでもないだろう。さらに言えば背景や筋道はどうあれ、出来上がった音楽に魂がこもっていればそれは聴き手の心と確実に共鳴する。
 いささか前置きが長くなってしまったが、1985年生まれのKamtin MohagerのプロジェクトHeavenwardがリリースしたばかりの『Pyrophonics』は、そうしたノスタルジーの表現として屈指の強度と純度を誇るものになっている。元々The Chain Gang of 1974として80年代色の濃いシンセ・ポップ(また違った方面へのノスタルジー!)を制作しつつ、Teenage Wristというバンドでグランジとシューゲイズが渾然一体となった焦燥感溢れるオルタナティヴ・ロックを演奏していた彼だが、ツアーに明け暮れるよりも私生活を大切にしたいという思いから2019年にTeenage Wristを円満脱退。しかしコロナ禍に伴い自身の望むものと向き合った結果、ギター・ロックをさらに追求したいという思いから始動したのがこのHeavenwardだ(ちなみに先述のTeenage Wristを引き継いだMarshall Gallagherも制作に協力している)。
 プロジェクト名が90年代の名バンドHumの『Downward is Heavenward』を意識しているのかは定かではないが、「己の葛藤や自己破壊の衝動、内なる闇と向き合い、それらを受け入れさえしながら生きていく」という『Pyrophonics』のテーマを思うと通低する精神性がありそうだ。力強いリズムと飛翔するような美しいメロディで高揚してくるイントロダクション的なS/T曲「Heavenward」から幕を開け、10曲38分というコンパクトさで潔いまでに90sマナーに則った轟音を放射しながら駆け抜けていく。Nirvana、Smashing Pumpkins、Catherine Wheel、Swervedriver、My Vitriol……Kamtin自身も影響を公言する米英オルタナティブ・ロックのレジェンドたちの名前が脳裏をよぎり、思わずにんまりしてしまう。
 しかしながら、90sリヴァイヴァリズムに留まらないこの爆発力に満ちたエナジーはなんだろう。そう、このアルバムはオルタナティヴ・レジェンドたちが持つのと同じ種類の確信とアティチュード、そして彼らの存在に臆することなくむしろ肩を並べんとする意欲に溢れている。それは恐らく本作が、パーソナルな葛藤や苦悩、そしてそこからくる破壊的なまでの衝動を内面と外界の双方向へ向かっていくパワーへと昇華し、すべてを破壊しようという、本来のオルタナティヴ・ロックと同じ出発点に端を発していることからくるのではないだろうか。
 ノスタルジーの最良の結実は、単なるノスタルジーの殻を破ってしまうほどに切実な力を持ちうる。そんな真理を体現する恐るべきデビュー作を放ったHeavenwardは、そしてKamtin Mohagerは、どこへ向かうのだろうか。これからも目が離せない。

Heavenward 『Pyrophonics』
Release Date:2023.06.16
Label:FEVER LTD.

Tracklist:
1. Heavenward
2. Gasoline
3. Wish
4. Something Real
5. Be My Blues
6. Supernova
7. Tangerine
8. Planned Human Combustion
9. Pneumatic (Fly)
10. Choke

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