日常は〈こんなはずじゃなかった〉と〈これもわるくない〉の繰り返し INA「牛乳配達DIARY 」
KKV Neighborhood #3 Book Review - 2020.05.07
INA「牛乳配達DIARY」 (リイド社 torch comics)
【第1回 トーチ漫画賞】大賞作品
review by 与田太郎
MILKのINAくんの漫画「牛乳配達 DIARY」が発売になった。2019年の夏に自費出版された「DELIVERY MANGA」がリイド社主催のトーチ漫画大賞を受賞しタイトルを改めて出版された。僕は重度の漫画フリークなので、自分に関わりのある人が漫画家デビューしたことはたいへん嬉しく興味深い。なので近いうちにINAくんのインタビューをこちらに掲載しようと思う、僕自身が一番楽しみかもしれないけど。
彼のイラストはMILKのジャケットや数々のライブのフライヤーでご存知の方も多いだろう。独特な空間の使いかたとキーになるメインの絵に独自のドラマを感じさせる表情や流れがあってとても雰囲気がある。キリキリヴィラでも今年の新年会の画像をお願いしている。そんな彼のひとこまのイラストには80年代に登場したアンダーグラウンドな漫画家、ひさうちみちおや奥平イラなどにも通じるセンスを感じる。イラストから強く音楽のにおいがするのだ。
「牛乳配達 DIARY」の帯に書いてある〈戻りたくないけど懐かしい日々の記録。〉この一文が全てを表しているだろう。 この作品には言葉で名付けようのない気持ちが入り混じる瞬間が多く描かれている。それは感情のブレンドというほかない感覚で、時には苦さと切なさだったり、時には嫌悪感と笑いのように、矛盾した気持ちが同時湧き上がる瞬間を切り取っている。大きなドラマや物語はないが、日常の中に埋もれてしまうような場面でも心が動いていることをしっかり伝えてくれる。僕らは毎日言葉にならないいろんな思いを抱えて暮らしている、そう語りかけてくれることで、余計な悩みや不安に囚われている自分に気がつき、読んでいるこちらもフラットな気持ちを取り戻す。
僕自身にも経験があるのだけど、話がまったく通じない集団の中で暮らすことになると、どうしても自問自答が増えてむしろ感覚が研ぎ澄まされてしまう。そして自分でも気がつかないうちに周囲を観察しまくってしまうことがある。日々抜け出したいと思いつつ、いざ抜け出すと、そこにいた話の通じない人々のキャラクターや表情を突然思い出して、その体験が気持ちの中に案外強く残っていることに気がつく、本当に世の中はいろんな人がいる。 戻りたくない日々の日常は〈こんなはずじゃなかった〉と〈これもわるくない〉の繰り返しなのだ。
この感じは不思議とMILKの音楽にも通じるもので、MILKの音楽はパンクやハードコアからラウドさや歪みを取り除くことで、よりストレートにパンクにたいする愛情やバンドが音楽に対して向き合う姿勢が鮮明になっている。それはなかなか簡単なことではない、文脈を理解しないと意味不明だがわかる人にははっきりと深く響く。そして素直にわかってくれる誰かに向けられている。
「牛乳配達 DIARY」を読むと80年代にガロ周辺から生まれたオルタナティブなシーンやデビューした瞬間の柴門ふみや高野悦子、などの作品と共通の瑞々しさを感じる。日本の漫画は世の中のほとんどの事象を描いている、というのが僕の持論だけど、「牛乳配達 DIARY」からまだ未開の領域の予感を感じる、これはすごいことだと思う。
次はINAくんのインタビューを掲載します、お楽しみに!