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安孫子真哉に会いに吉里吉里農園を訪れて-吉里吉里農園クラウドファンディング応援コラム vol.2 by 田中亮太

KKV Neighborhood #139 Column - 2022.07.04
吉里吉里農園支援コラム by 田中亮太
写真 by 池野詩織
※撮影は執筆のための取材とは別日に行われました

吉里吉里農園支援クラウドファンディング実施中!

13時。新宿駅から湘南新宿ラインに乗り、埼玉県の神保原という駅に向かう。乗車時間はだいたい90分。大宮を越え熊谷に近づいたあたりから、車窓の向こうに見える田畑が少しずつ増えていく。神保原駅に到着後、ホームに降りて驚いたのはとにかく空が広いこと。高い建物がないので、視界をさえぎるものがない。この日はあいにく曇っていたが、夜になって星が見えたら綺麗だろうな、と思う。

ひとつしかない改札を出ると、白色のスバル・サンバーバンから手を振られる。〈安孫子さん〉こと安孫子真哉が駅まで迎えにきてくれていた。助手席にはヨコチンくん。彼がこの場にいるとは聞いていなかったのでびっくりした。数年前までとあるインディーレーベルで働いていたヨコチンくんは、ライヴハウスに行くと必ず会えるような生粋のパンクスであり、安孫子の気の置けない仲間である。

2022年6月中旬、私は安孫子が運営する畑、吉里吉里農園の取材に来た。現在、この農園はクラウドファンディングで存続への支援を募っている。詳しい事情は後述するが、農園の運営形態の面で変更を余儀なくされ、その立て直しのための資金が必要になった。今回は、吉里吉里農園を案内してもらいつつ、安孫子のいまの想いを聞きたい。

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15時。サンバーバンの後部座席に座らせてもらい、農園まで出発。灰色の空とくすんだ緑がはてしなく続く平野の真ん中を突き抜けるように、関越道を駆け抜ける。ロードサイドにはコンビニや飲食店がポツポツと点在。廃墟になったゲームセンターは、時折選挙事務所として使われているらしい。ほどなくして吉里吉里農園の位置する上里町へ。停車した傍には、想像していたよりもずっと大きなビニールハウスが建っていた。

このビニールハウスのなかには、現在約2400本のきゅうりの木が植えられている。背丈2メートルは超えているきゅうりの木が整然と並んでいるさまは、壮観だ。そして、きゅうりたちに囲まれるように、ハウスの片隅には小さな作業スペースが設けられている。長方形のテーブルに不揃いなイス、その上にサイズや形による仕分け方法を書いたホワイトボードや文房具と工具、さらに飲み物やお菓子などが乱雑に置かれている。男子校の部室みたいだ。

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農家の朝は早い。安孫子とヨコチンくんは毎朝4時起きで、4時半にはこの農園に着いている。いまはきゅうりの収穫期。とはいえ梅雨に入って日照時間が少なくなったため、収穫数はいくぶんか落ち着いているらしい。梅雨を抜けるとふたたびピークが訪れる。ちなみに埼玉は都道府県別のきゅうり収穫量で上位3県に入る名産地。付近のきゅうり農家は7月上旬あたりで収穫を終わらせるそうだが、吉里吉里農園は少しでも収益を出すため、7月下旬くらいまで続ける予定とのことだ。
安孫子は「ルーティンをこなすだけで1日に28時間必要」と笑う。「でも、最近は丹精込めなくていいと思うんです。だって勝手に育ってくれるから。毎日、きゅうりってすげえなと思いながらやってます」。椅子の上にあぐらをかき、タバコを吸いながらそう話す。

この吉里吉里農園はもともと、2020年の春に安孫子が知人の2人と3人で始めた。やがて意志の相違により3名での農園運営は解消。安孫子が1人で農園を引き継ぐ形となった。

「ここ数年は、バンドを辞める直前に感じていたような〈もう自分の限界を越えている〉という状態が続いていました。心が擦り減っていく毎日でしたね」

そんななか、安孫子は2021年の11月に川崎クラブチッタで開催されたSEVENTEEN AGAiN主催のライヴイベント〈リプレイスメンツ〉に、芋煮屋さんとして参加。そこで失われていた気持ちを取り戻す。「心がすり減るあまり会話のやり方さえも忘れていたんです。でも、チッタには多くの仲間が来ていて、彼らが自分に話しかけてくれた。そこで友達っていいなと実感したんです。芋煮屋さんはほとんどヨコチンくんに任せる感じになっちゃいましたけど(笑)」

農園の窮地を助けたも音楽の友達だった。1人で3人分の作業をこなすことになり、にっちもさっちもいかなくなった安孫子が「助けてほしい」と電話したのはヨコチンくん、そしてTHE GUAYSのキャプテン。彼らは「俺が手伝うよ」と二つ返事で応えた。

「2人が優しい言葉を掛けてくれたことで、自分の心に風が吹いた気がしました。安孫子さんが立ち直るためなら、と手を差し伸べてくれて、気持ちの99%は助けてくれてありがとうという想いです。とんでもないことに巻き込んじゃったなとも思うし(笑)。でも、1%は彼らと農業を繋げることができたことはよかったんじゃないかなと思っています。いまのご時世、一つの職場で終身というのも難しいと思うし、そのなかで農業で副収入を得るという選択肢もあるんじゃないかな。彼らにとってもはじめての経験ばかりだろうし、植物と過ごすことで、生き返るような気持ちを得ることもあるから」

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かつてのパンク仲間の大切さを再認識することは、安孫子にとってバンドという共同体の素晴らしさを思い出すことにも繋がった。今回、クラウドファンディングのリターンの一つにKiliKiliVillaにとっては2015年ぶりとなるコンピレーション『While We’re Dead 2』が用意されているが、この作品は、そんな安孫子の想いが乗ったものになるという。

「人が人を想いやっているというのがバンドの凄みだと思う。キャプテンなんて自分よりもメンバーのことを考えていますからね。そういう気持ちを持った何人かが関わりあうことで、爆発的にすごいものを生み出すことがあるんです。新しいコンピでは〈バンドっていいよね〉というのを打ち出したい。世代や年齢に限定されないオールエイジのパンクコンピを作ろうとしています」

17時。この日の午後に収穫を終えたきゅうりを仕分けながら、安孫子の話は続く。毎日の収穫量は多い日で約600〜700キログラムにもなる。早朝に採れたものは〈朝採りきゅうり〉と言われ、もっとも値段が高くつく。それらを午前に売りに出しては、またお昼から収穫。仕分けを終え、箱詰めを済ますと、薄暮からはきゅうりの木を一本ずつ手入れ。成長しすぎた茎や葉を刈り取り、野菜に栄養がいくように整える。

「今日も晴れたなとか、風が気持ちいいなとか、農業をやっていてると環境の変化に敏感になる。毎日が違うとわかる。この場所で生活しているんだな、ここにいるんだなと思えるんです。日々をこなしている感覚じゃなくなるのが嬉しい。誰かに雇われてやっていることじゃないから、完全に主体的な営み。サボりたくなったらサボってもいいわけで。でも、がんばったことにもサボったことにもきゅうりは素直に反応してくれる。それもすごくおもしろい。シンプルでわかりやすい仕事なんです」

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一度の挫折を経たものの、安孫子の農業に対するときめきには少しの陰りもない。では、クラウドファンディングのはてに、彼はこの吉里吉里農園をどういう場所にしていきたいのだろうか。

「人数は問わず、やっぱりほかの人とシェアできたらいいなとは思っています。いまはきゅうりがメインだけど、それ以外でもいろいろな作物を栽培をしてみたい。たとえば飲食店をやっている友達から、この野菜がほしいんですと言われたものををオーダーメイドで作ったりしたいし。吉里吉里農園自体は、何かに疲れたり追い詰められた人の駆け込み寺となるような場所にできればと思っています。僕は自分を優秀な人間だとはまったく思わないし、むしろ仕事ができないほうだと思う。だからこそ、そういう人の気持ちもわかるし、農業をやりたいという人の相談相手にもなれると思うんです」

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19時。ひととおりの作業を終え、お土産に今日採れたばかりのきゅうりをいただいたあと、近くの洋食屋さんに連れて行ってもらう。パスタを食べながら、話は農業から思春期の音楽体験 へ、やがてそれぞれの家庭のことや、生活のなかに訪れる喜びと悲しみ、何を大切にしながら生きていきたいか、についてまで言葉を交わしあう。

食後のコーヒーを済ますと、ふたたび安孫子の車で神保原の駅へ。もはやザーザー降りになってしまった関越道はすでに真っ暗で、等間隔に立つ街灯がこころもとなく光っている。サンバーバンに揺られながら、ここでこの人たちと畑仕事をするのもいいだろうなと考える。そして雨空を見上げ、次に来るときは星が見えたらいいな、と思った。

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