
ヤング・パーソンズ・ガイド、というほどのものでもないハナタラシに関する記憶の断片 by 長谷川文彦
KKV Neighborhood #236 Column - 2025.1.6
ヤング・パーソンズ・ガイド、というほどのものでもないハナタラシに関する記憶の断片 by 長谷川文彦

去年の話になるが、山本精一がボアダムスが再始動して自分も呼ばれているみたいなことを言ったらしく(Xで見かけた情報だけど、ソースが見つからないので記憶で書いています)、ボアダムスが始動するのかとざわついた。バンドの形態からボアダムスが離れてから山本精一は参加していなくて、「今回は呼ばれた」ということはバンドとしてのボアダムスが再始動するのでは?というニュアンスだった。
ボアダムスがバンドの形で演奏したのは1999年のフジロックが最後なんじゃないかな。その日はロック・モード全開の演奏で、山塚アイが機材の上から飛び降りて担架で運ばれて退場した。実に素晴らしい演奏だった。
しかし、本当は山塚アイ(EYヨと記載するのが正しいのかな、その辺の作法はよく知らない)といえばハナタラシなのである。
少し前にまたライブハウスで火を使ったバンドの周辺とその対バンのやり取りがネットで話題になっていた。機材がダメになった対バン側の言い分と、これぐらいのこと(?)はライブハウスならあるだろ的な主張のぶつかり合いとすれ違い。この手の話題は定期的に現れては消えていく。
双方言い分はあると思うけど、今どきのコンプライアンスの感覚で言えば、狭いライブハウスで火を使うなんてことは許されないし、そもそもあまり生産的な行為とは言えないかもしれない。でも一方でそういうことが独特の緊張感というか「ゾクゾクするような感覚」を生むのも否定できない。どこまでが表現で、どこからが迷惑行為なのか。明確な定義はない。
今回の件、「このバンドであのライブハウスなら普通でしょ」という意見があった。それがはちょっと違う気がする。過激なパフォーマンスというのはすぐに当たり前になる。いわゆる「お約束」となってしまい、客も適度に期待する。そうなった「過激」はもはや予定調和に過ぎない。ただの芸みたいなものだ。
そんな「お約束」から一番遠いところにいたのがハナタラシだろう。山塚アイのやっていたノイズ・ユニット。ライブの際には「何があっても文句は言いません」という誓約書を入場者から取っていた。
ライブ中にガソリン撒いて火をつけようとしたとか、閉店するライブハウスをユンボで破壊したとか、ライブ会場にニトログリセリンを持ち込もうとして出演中止になったとか、チェーンソーで自分の足を切りつけたとか、ググってもらえば武勇伝は山ほど出てくる。
東京で初めてライブをやったのが1985年のラ・ママだ。この時の様子がフールズ・メイトの記事になっていて、その記事で初めてハナタラシを見た。髪を逆立てた山塚アイの形相と暴れる姿の写真が載った紙面から何かものすごいものを感じた。
時は1980年代である。当時はいわゆる「過激な」バンドがたくさんあり、今では許されないようなことをやっていた。コンプライアンスなんて概念すらなかった時代だ。豚の頭を客席に投げつけたり、臓物や生ごみをまき散らしたり、大蛇を噛みちぎったり、ステージの上で飯を炊いてその上にウンコしたりとかなんてことまであり、ギター振り回して暴れたりぐらいは当たり前だった。
断言するけど、その中で一番危険だったのはハナタラシだった。間違いない。しょせんはライブハウスの中での当為でしょ、とか言う奴もいたけど、そんなの当たり前だよ。外でやったら犯罪だ。なんならその一線さえ超えるギリギリまでやろうとしてたのがハナタラシだ。そしてそれは冷静なコントロールのもとで行われていたわけではない。
その頃、ラ・ママでライブを観ていた時、後ろで年寄りたち(当時まだ自分は20代前半だったから、年寄りと言っても30代ぐらいだったかもしれない)が想い出波止場を観て「自分たちのやっていることの方が精神的に過激だよな」とかヘラヘラと話していた。何言ってんだよ、アホが。お前らが何やってるんだか知らないが、精神的な「過激」なんてただのオナニーに過ぎないんだよ。
ハナタラシは違った。「精神的」なんて言い訳なしの、ただの「過激」だった。
今ほどカジュアルに動画が撮れなかった時代なので、まさか動画なんて残っていないだろうと思っていたが、なんでもあるものだよ、2020年代。YouTubeではいくつかの断片的なハナタラシのライブがみつけられる。なんだか見ちゃいけないもの感がすごいけど。
そんな動画を見てもそうだけど、表面上はすこぶるアッパーな印象があった。でも、危険なライブもマッチョな男が観客を蹂躙するというイメージではなかった。どちらかと言えば自虐的なパフォーマンスであり、いじめられっ子の逆襲に近いものがあったはず。山塚アイもインタビューで自分はいじめられっ子だったと言っていた。
暴れまわっても実はM。攻撃を仕掛けた先には自分しかいない。イギー・ポップと同じだ。
無茶なライブがたたって出演できる会場がなくなり、干されていた時のフールズメイトのインタビューがやたらとダウナーだったのを覚えている。写真で見る山塚は髪が伸びて美青年だったけど。ホストやってクビになり、死にたいとか、そんな話のインタビュー。
この頃始まったのがボアダムスで、そのインタビューではハナタラシはアッパーでボアダムスはダウナーと言っていた。ハナタラシも必要ないのにドラマーがいたのはロックバンドの枠に嵌めたかったからで、ボアダムスも同じように「演奏できないのにバンドでロックする」みたいなものだった。その後のボアダムスとは全然違う。ハナタラシが活動できていたら、少なくともこのタイミングではボアダムスは存在しなかった。これが世界的に有名になるなんてまったく思ってもみなかった。山塚アイはオルタナ・アイコンとなり、ハナタラシのことなどミリも知らない女の子に「アイちゃん」とか呼ばれ、テレビのバラエティ番組でナイナイと絡んだりするようなことになった。
自分はその下克上振りがむしろ楽しかった。そうなってからのボアダムスはほとんど聴いていないけど。
ハナタラシのファースト・アルバムとセカンド・アルバムはアルケミー・レコードから出ていた。何年も前にデジタルリマスターされていて、いつでもCDで再発できる準備はできているらしいが、当の山塚アイがOKを出さないのでリリースできないとJOJO広重が嘆いて/怒っていた。だいぶ前のことである。ブートレグやYouTubeでは聴けるけど、ノイズ・マニアはフィジカル・フェチが多いからね。再発すれば結構売れると思うけどな。売れるとかそういう話でもないのか。
ちなみに自分はファーストは持っているがセカンドは持っていない、ファーストはノイズのアルバムとしても傑作。以前自分のホームページでレビューしたら、それを見たイギリスのマイケルという見ず知らずの男が「譲ってくれ!」とメールしてきた。売るつもりはないから断った。
セカンド・アルバムのジャケットにメンバーとして写っていた大宮イチ(演奏はしていなかったようだけど)の訃報が昨年届いた。登場人物は次第に、順番に退場していく。
裸のラリーズですら再発や音源の整理が進んでいるのだ。ハナタラシだって後世に残してもいいと思うけどね。