Geese『Projector』ニューヨークの地下室で沸き起こるヤングパワー
KKV Neighborhood #119 Disc Review - 2022.2.15
Geese『Projector』(Partisan)
review by 村田タケル
笑った。ああ、この感触は覚えがあるな…と。高校を卒業したばかりの5人組が2021年10月29日(フォジカルリリースは12月3日)にリリースしたデビューアルバム『Projector』にはParquet Courtsの活動の約10年間のエッセンスの殆どが詰まっているんじゃ無いかとさえ感じたし、ヴォーカルを務めるCameron Winterの佇まいはどこかThe StrokesのJulian Casablancasを彷彿とさせる。そう、ここはNY・ブルックリン。最高のロックンロールが生まれる磁場がこの土地にはある。彼らの登場にドキドキしたし、笑いがこぼれた。アルバム収録曲が中心となった彼らのDesert Dazeのステージを是非観て欲しい。
その新たなるヤングパワーはここ数年にむしろUKやアイルランドのギターロックバンドから感じていたものに近い感触だった。ベッドルームポップの躍進が象徴的なように、内省的な音楽で優れたリリースが続いたUSインディの近年の傾向はあったが、こうしたデカくて尖った踊れる音、聴き手をエンパワーさせるロックンロールが出現したことを大歓迎せずにはいられない。
black midiのようにアクセルとブレーキを巧みに踏み繰り返しながら、近年のParquet Courtsに見られるようなダンサブルな高揚感をもたらす。激しさとコミカルさを同居させた彼らのサウンドは、フラストレーションを吹き飛ばす血気盛んな豪速球であり、豪変化球にも思える。“Low Era”のヘナヘナさと力強さが交錯するセクシーなダンスナンバーに魅了される。
彼らの制作拠点である<The Nest>はドラムを担当するMax Bassinの家の地下室でセットアップしたホームスタジオを指す。スタジオと言えば聞こえはいいが、実際にはスニーカーをマイクスタンドに代用したり、近隣住民からの騒音クレームに対応したりしながらのDIYスペースだ。放課後や週末に<The Nest>に集まっては彼らのサウンドを磨いていったという。現場中心のコミュニティからムーヴメントを築き上げたサウス・ロンドンのシーンとは対照的にも見えるが、下界から隔離された窓すら無い5人だけのアジト<The Nest>での創作活動がバンドを成長させていった。もちろん、パンデミック禍という状況はそれに拍車をかけたに違いないが。
当初は<The Nest>での成果としてオンラインでアルバムを発表後に解散し、各々大学に進学して別々の道を行くことが高校卒業後のプランだったらしい。しかし、“Low Era”をネットにアップロードすると、いくつかのレーベルから連絡が入ったという。Sub Popや4AD、Fat Possumといった名門インディレーベルとのオファー合戦が繰り広げられた末に、Fontaines D.C.やIDLESが在籍するNYに拠点を持つPartisan Recordsが契約に成功した。彼らの活動の有終の美となる予定だった『Projector』は彼らのスタートのアルバムとしてきちんとした形で展開されることになった。
ミキシングをDan Careyが担当していることにも触れないわけにはいかない。初期衝動こそがロックレコードにもたらす最強のクリエイティビティであると言わんばかりの理念を実践するSpeedy Wundergroundというロンドンの新興レーベルの主催者であり、Goat GirlやFontaines D.C.、Squidなどを手掛けるている、現行UK・アイルランドシーンの重要人物といって過言ではないだろう。彼らがミキシングの担当者を決める時点ではDan Careyを知らない状態だったらしいが、何人かの候補に依頼したミキシング後の音源を聴いて決めた結果、満場一致でDan Careyのミキシングを気に入って決まったという。普段から現行のUK・アイルランドシーンに関心を持って追っている筆者のようなリスナーにとっては、偶然ではない何かが手繰り寄せた運命だと感じずにはいられないのではないだろうか。
依然として続くパンデミック禍の不確定要素はあるだろうが、1月から5月までUSやカナダでみっちりとライブスケジュールが埋まり、6月からはヨーロッパツアーも予定されている。USインディの代表的なベテランバンド、Spoonの『Lucifer on the Sofa』リリースツアーで、後半日程のサポートアクトに抜擢されていることも彼らへの期待が伺えるところだ。
彼らは若く、センスがあり、純粋だ。The Strokes以来とさえ思えるNY産のロックンロールのロマンを捧げたい。地下室で生まれた彼らの情熱を今後も追い続けよう。
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