Eve Adams『Metal Bird』体験しえぬ過去への想像をかき立てる、甘美なノスタルジー
KKV Neighborhood #75 Disc Review - 2021.03.03
Eve Adams『Metal Bird』(Eve Adams)
review by 村瀬翔
音楽を聴くうえで個人的にとても大切にしているフィーリングのひとつに「ノスタルジー」がある。この言葉はともすれば懐古趣味的なもの、後ろ向きなものとして捉えられがちだが、優れた音楽やアートを通して感じるノスタルジーは時間的な隔たりや空間的な隔たりを瞬く間に飛び越えることの出来るマジカルなものだ。自分が生まれる前のフィルムやレコードに触れたときに感じる違和感に似たあの不思議な感覚はきっと多くの人を魅了しているのだろう。
ロサンゼルスで活動するアーティティスト、Eve Adamsも恐らくそんなノスタルジックの魔力にとりつかれたひとりだ。彼女自身が撮影したというモノクロのアートワークが印象的な3作目となるニュー・アルバム『Metal Bird』はまるでデヴィッド・リンチ映画と地続きのような甘美な世界が37分に渡って繰り広げられている。
FeistやHope Sandovalを思い起こさせるメランコリックなヴォーカルの弾き語りを軸に、ジャズからの影響を感じるサックスやヴィブラフォンのアレンジ。深いエコーやリヴァーヴなどの空間的なギターが効果的に配置された白昼夢的フォーク・サウンドは、いまだ先の見えない2021年初頭の生活に仄かな光を灯し、ふとノスタルジックな空想に浸る時間を与えてくれる。
リヴァーヴィーなギターのカッティングから子守歌の様な物静かなメロディが古いオルゴールの様に流れ出す冒頭曲“Blues Look The Same”、ムーディなサックスが素晴らしいジャジーなフォーキー・バラッド“You’re Not Wrong”。“My Only Dreams”は乾いたアコースティック・ギターとアトモスフェリックなサウンドが思索のフライトへ誘うあまりに美しいラストソング。本作におけるダークながらも幻想的なサウンドは、昨年『Pain Olympics』をリリースしたカナダのポストパンクバンド、Clack CloudのメンバーであるMilitary Geniusのプロデュースによるもので、スタイルこそ違えど2020年リリースの彼のソロ作『Deep Web』に通底する仄暗さと相通じるものがある。
デヴィッド・リンチ作品において1950年代のアメリカが重要な要素のひとつであるようにEve Adamsにとってもそれは魅惑的なものであるのだろう。彼女はインタビューでBrian Eno、Feist、Joni Mitchel、Daniel Johnstonなどのアーティストをフェイヴァリットとしてあげながらも、「1950年代のジャズシンガー、Cab Callowayの音楽を聴いているとまるで自分が彼のコンサートの最前列にいるような強いデジャヴの感覚を得る」と語っている。
自分が体験しているはずのないはるか昔のシンガーからうけるデジャヴの感覚、きっと本作のノスタルジックな魅力の裏側にはそんな彼女の時を超えたイマジネーションがあるはずだ。どんな時代においても自分の知らない何かに思いを馳せることは特別な行為であるし、優れたアート作品は私たちの想像力を掻き立てまだ知らない場所へと連れていってくれる。『Metal Bird』はそんなあらゆる過去とあらゆる未来にノスタルジーを感じる人にとって必ずや特別なレコードになるだろう。
And It's not a Word That I've Ever Heard
It’s My Only Dreams
It’s My Only Dreams
It’s My Only Dreams
It’s My Only Dreams
and It's Everything
Eve Adams “My Only Dreams”