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菅波雄(SaveOurSpace、LIVE HAUS)インタビュー/ライブハウスの店長、〈政治〉を動かす
KKV Neighborhood #24 Interview - 2020.07.09
菅波雄(SaveOurSpace、LIVE HAUS)インタビュー/ライブハウスの店長、〈政治〉を動かすインタビュー、構成:与田太郎
東京で新型コロナ・ウイルスの感染が再び増加傾向にむかいつつある。4月7日の緊急事態宣言の発令後も政府や都の休業に対する補償は根本的な対応はされず、ライブハウスやイヴェンターなど音楽に関わる業種は引き続き声をあげ、要望を訴え続けなければならない状況が続いている。この現状の中、3月末にSaveOurSpaceは活動をスタートした。本来ならば4月に開店する予定だった下北沢のライブハウスLIVE HAUSの店長菅波雄はSaveOurSpaceの中心人物として精力的に活動している。
このページを見ている人は彼の行動や発言をフォローしている人が大半だと思うが、ここではあえて彼の行動を振り返りつつ話を聞いてみた。
その理由としては、今回のSaveOurSpaceのアクションはこれまでの市民運動や特定団体のロビー活動と違い、私たちにとってかなり身近な日常に直結、もしくはほぼ当事者に近いことも大きい、最初の署名活動でわずか数日で30万を超える署名が集まったという反響の大きさについても注目したいと考えたからだ。
それは、これまでのSEALDsの活動や風営法改正にむけたLET’S DANCEの活動が培ってきたものを次に繋げるということも意味合いとしてあるだろうし、なによりもSaveOurSpaceのアクションは、私たちがこれから政治や行政と向き合う上でひとつの分水嶺となる可能性を持っていると思えるからだ。
4月から5月の自粛期間に国会で問題にされた検察官の定年延長に対する議論についてネットでの反対意見を自民党も無視できなかったように、私たち自身のアクションでなにかを変える可能性に気がついた人も多いのではないだろうか。
SaveOurSpaceの主張が具体的な成果を生み出すにはまだ時間がかかるかもしれないが、ここを契機に新しいつながりやコミュニティーが生まれ、近い将来大きなうねりになる可能性は大いにある。
LIVE HAUSの運営、SaveOurSpaceからSaveOurLifeまで日々動き続ける中時間を割いてくれた菅波さんに感謝したい。
先が見えない新型コロナへの対応、自粛に対する補償や援助の獲得についてはまだまだ長い戦いが続くだろう、しかしこの一歩はきっと大きな意味を持つと信じたい。
SaveOurSpace
http://save-our-space.org/
LIVE HAUS
https://livehaus.jp/
ー菅波さんの動きをネットで追ってるだけでも相当忙しいのではないかと思うんですが。今回のSaveOurSpace(以下、SOS)はきっと長丁場になるじゃないですか?なので俺たちなりにフォローしたいと思って、まずは菅波さんに話しを聞かせてもらおうと思いました。
菅波 ありがとうございます。
ーSOSが立ち上がった時の発起人のラインナップを見て、ちょっと意外でした。
菅波 ですよね。与田さんはDJ NOBUさんは知り合いですか?
ーDJ NOBUさんは、俺がフジロックのDAY DREAMINGというゴンドラで登ったところにある小さなステージの制作をしてる頃に、そこにお誘いしたことがあって。当日雨と風でゴンドラが運行停止になって中止になっちゃったんです。。その時に話したきりですけど、共通の知り合いはかなりいるので。
菅波 そうですよね。
ーそうなんです、それでSOSのラインナップを見た時に新しいコミュニティーができ始めてるんだな、と思って。まずはそこから聞かせてもらえますか?
菅波 そもそも3月の下旬にそれぞれ別で議員会館に呼ばれたんです。それぞれの経緯はけっこうまちまちで、私の話をすると、Jet Setの店長のラークさん(Lark Chillout)に誘われて行ったんです。国会議員の方にいまのシーンの窮状を説明する機会があるから来ないかって。ハコの人間ということで最初はロフトの(加藤)梅造さんに声をかけてたそうなんですけど、その日は梅造さんの予定が合わなくて直前で私に連絡がきて。3時集合のところ、2時ぐらいに連絡がきて(笑)。まさに店(LIVE HAUS)を作ってる時で時間もなかったんですけど、これはちょっと行っておこうと思いまして。で、行って最初に会ったのが共産党の小池晃さんと吉良よし子さんで、その部屋に入ったらNOBUさんとラークさん、yahyelの(篠田)ミルさんとMars89くんがいて。
ーじゃあ、その日はそれぞれが音楽シーンの窮状を伝えに集まったんですか?
菅波 そうなんです。NOBUさんは今年から海外に移住する予定だったみたいなんですよ。もともと海外でもかなりプレイされてるじゃないですか。それがコロナでブッキングが全部キャンセルになって、NOBUさんは海外のリアクションもよく見ていたから、日本全体のリアクションが鈍いことを問題だと思っていて。
ーそれはコロナに対するリアクションということですか?
菅波 そうです。コロナが広がっていく状況の中で日本のクラブもいったん営業休止したほうがいいだろうと。彼はそれをツイッターで発言してたんですけど、その時はまだ休業に対する補償もまだなにも決まっていない状況で、だからこそ営業しないといけなかった。そこにNOBUさんの発言が話題になって、もちろん影響力の大きな人ですから、反対意見なんかも出てきたりして。だからこそNOBUさん自身、そのためにできることをしたいって考えて、議員に会ってこの状況を伝えようってことになったんだそうです。
ーそうなんですね。
菅波 NOBUさんの存在は知ってたんですけど、面識はありませんでした。yahyelはTHREEでも何度かやってくれてたし、ミルくんとMarsくんのプロテストレイヴとかの活動はチェックしてたので。そのメンバーが議員会館で集まって、小池さんと吉良さんが熱心に話を聞いてくれて、そのあと寺田学さんという無所属の議員さんにも会いに行ったんです。この人がクラブ・ミュージックが大好きな人で、それこそヨーロッパのフェスティバルとか、国内外のクラブに通っている人で。
ー風営法の時にもいろいろ動いていた人ですね。
菅波 そうです。それでシーンの窮状も理解していて、すぐに内閣府に要望書をだしましょうと言ってくれた。菅(義偉)官房長官へ電話をしてくれて、明日の昼に会いましょうとアポ取ってくれたんです。それで時間もないので、その日に集まったメンバーで要望書を考えることになったのが始まりなんですよ。だからけっこう偶然の流れだったんです。それで議員会館を出て、集まったメンバーで近くの喫茶店で要望書を作って、翌日がもう菅官房長官との面会だったのでNOBUさんに代表して要望書を手渡してもらったんです。
ーそういう流れだったんですね。
菅波 要望書を提出して、菅さんがその日の定例記者会見で音楽シーンの方から窮状の説明をうけたので、なにかしら支援の枠組みに加えることを検討したいと言ってくれたんです。それを受けてその日にすぐ署名活動しようとなり、翌日には署名活動をスタートして、最初の4日で30万筆が集まった。その直後に記者会見をして、翌日には政府与野党連絡協議会、超党派のコロナ・ウイルス対策窓口の議員さんたち全員に渡したという。それがこの始まりだったんです。
ーこのSOSの動きがすぐにネットでも話題になって、署名活動も早かったですね。すぐにSAVE the CINEMAも動き出して、そいう意味では一つのモデルケースになりましたね。意味合いは大きいと思います。それが3月末、4月2日には署名を提出ですね。
菅波 ほんとにすごいスピード感でしたね。
ー菅波さんは同時進行で店を作ってたわけですよね。
菅波 そうなんですよ、私はただ開店にむけて店を作ってただけなのに、急にこんな感じになって(笑)。こんなつもりじゃなかったんです。不安はもちろんあったし、どうしたらいいんだろうとは考えてたんですけど。
ーそうですよね。俺はLIVE HAUSの開店がどうなるだろうとか、全国のライブハウスがかなり大変なことになるって感じていた時にネットで菅波さんの動きを追っていてすごく納得したんですよ。もちろん僕らも人ごとではなかったし、でもコロナ以前の政治活動や市民活動とは明らかに変わりましたね。今すぐこの現実に対処しなければいけないっていう気持ちとその動きが日々ネットからもダイレクトに伝わってきましたから。コロナの影響で本当に大変なことが起きましたけど、それぞれがどう対処すべきかを真剣に考えることになりましたね。そのなかで日々更新されるSOSの動きは一つの大きなガイドになってると思います。もちろん、この時期の国会の検察官定年延長についての批判や、自民党のめちゃくちゃなやり方についての異議も含めあきらめないで声をあげることの必要性を多くの人が実感しましたから、この2~3ケ月の変化は大きいですね。
菅波 確かに問題に直面した当事者だったからというのはありますね。それはSOSの他のメンバーもそうだと思うんです、全部スケジュールが飛んでるし。
ーたとえばSEALDsがやれたこと、風営法改正問題がやれたこととも違う部分は大きいし、それをちゃんと言語化したいと思ってます。今回の動きはより具体的で、しかもより広い層への訴えかけになってるじゃないですか。本来ならば行政が素早く受け止めてくれたらいいんですが、いまの政府は全てにおいて煮え切らないしむちゃくちゃです。だからこそ訴えていくことが必要だし、こういうアクションがあることをライブハウスやクラブが好きな人たちに伝えて、前進していることを知って欲しいですね。それが今後の変化につながるはずだし。
菅波 そうですね、すべては地続きだと思う一方で、最初のアクションを振り返って、なんであんな短期間にこれだけの署名があつまったのか考えると、音楽を好きな人たちのエネルギーもあるけど、その最大公約数に響いたことだと思うんです。コロナの影響ってどの政党を支持してるかって関係ないじゃないですか。みんな困ってるし、困ってる人の中にいろんな人がいる、ただ困ってるという点では誰もが同じで、それが広く署名が集まった理由だと思うし、それこそシーンを跨いでいろんな人が賛同してくれた理由だと思うんですよ。それはちょっと感動的ですらあったんですよ。
ーそうですね、SOSの新しいところはまずそこですよね。この一連の動きで生まれた繋がりはコロナが収まったあと、また新しい音楽の景色を生み出すような気がするんですね。
菅波 それは思いますね。
ーとてもリアリティーがあるんですね。
菅波 そうですね、みんなで共通の体験をしてるというか、ほんと偶然だったんですけど。割と細分化されていた日本の音楽シーンですけど、この動きがミックスすることもあると思います。たとえば、せっかく出会ったのでSOSの面々にもLIVEHAUSに出演してほしいと思うし、そういうことが未来に起きるかもしれないと思います。もちろんこの困難を乗り越えた後の未来なんですけど。あとこのスピード感で動けたのはみんなが家にいたからでもあるんですよね(笑)。
ーそうですね、ネットでの情報じっくりチェックできましたから(笑)。普通に国会中継も見て、めっちゃ嫌な気持ちになっていましたし。
菅波 個人的にはこの動きはネットでのデモだとも思っていて。みんな家にいてこの状況を注視しなければならない状況だったし、そういう意味でも偶然が重なったことで、ここまでこれているとも言えますね。
ーもちろん偶然も大きいですが、具体的な問題に直面した人たちがつながったことは意味がありますね。
菅波 困ってるんだ!って声を上げられたことは良かったと思います。それで多くの人が応援してくれたことで気がついたことも多かったですし。そういう意味では自分自身も活動しながら印象が変わっていきました。今までって見えない壁にパンチしているようなところがあったんですけど、今回は議員や省庁に出向いて、テレビなんかのメディアに出たりすることで、いろんな人に繋がっていって、もちろん悔しい思いや、まったく響いてないという落胆もあったんですけど、どこにでも音楽が好きな人がいて、いろんなアドバイスをしてくれたのは救いになりました。例えば省庁の職員の方だったり議員の秘書の方だったりが真剣にアドバイスしてくれたのは伝わってきましたね。国会議員の方が私の携帯に直接電話くれて、こういうことができるのでみなさんに伝えてくださいって連絡くれたり。ある日議員会館で議員さんを待ってる時に秘書の方が対応してくれたんですけど、「サウンドクルージングでスリーに行きましたよ」って声かけてくれたり(笑)。自分のことなんて一切話してないんですよ、それでどういう音楽が好きなんですかって聞いたら東京インディーです、スカートが好きだと言ってました(笑)。自分もライブハウスに行けなくなって困ってるんですと言ってくれて。その秘書の方が自分の担当以外の議員さんも連れてきてくれたりして。維新の会の方だったんですけど、自分の印象からは意外に思って、そういうこともあるんだなって。
ーそれはテレビの情報からは伝わってこないことですね。コロナがきっかけで多くの人がネットで政治についての情報をチェックするようになったと思うんです、これはいいことだとはっきり思いますね。
菅波 そうですね、窮状を訴えることも署名することも政治参加で、それは必要なことだと思います。
ーこれが本来の姿ですね。むしろ放置してしまうと、いまの政権のようにひどいことになる。
菅波 経産省の支援策で、コロナ禍でイベントがキャンセルになった事業者に対して、配信イベントを行うことで経費の半分までを補助するという仕組みがあります。省庁とのヒアリングの時、自分たちの要望としては、配信は生のエンターテイメントの代替にはならないので直接の補償をしてほしいといつも伝えているのですが、省庁の方は制度の運用が業務のメインなんで、制度の中身の改善に関してはその場では言ってくれないことが多いんですよ。なるべく善処します、ぐらいで情熱が伝わってこないことが多いのですが、ある日省庁の担当の方が、わざわざ電話をくれたんです。制度の建て付け上限界はあるが、うまく利用してもらえたら直接の支援に繋がるので、是非広めてほしいと。なるべく使いやすい制度にしますと。その人に、音楽好きなんですかと聞いたら、若い頃7インチ・オンリーのDJやってたそうで(笑)、なんだー、仲間じゃないですかーってなって。そういう出会いもあったし、やっぱり音楽好きはどこにもいるんだというのを実感しました。もちろん、それぞれの立場があって、すべてが噛み合ってるわけではないですけど、能面のような人だけでないって思えたのは収穫ですね。
ーそうですね、顔が見える相手だってことがはっきりわかることって大事ですね。
菅波 面白いと思いますね、結局人なんだと思います。だからこそ腐る部分もあるんですけど。一つはっきり思ったのは政治家にはなりたくないってことですね。今回ほんと与野党関係なくいろんな方に会いましたけど、それは一市民だからこそできたことで、政治家は逆の立場で、しかもやることを決めないといけない。方向性を打ち出すのはもちろん必要なことなんですけど、自分を固めないとできないですから。
ーそうですね、支持母体が大きければ大きいほど、その利権の代表という意味合いが強くなりますよね。悪い意味ではなくて。
菅波 そういう意味でも次の選挙は大きく変わって欲しいですね。
ー東京都の対応はどうでしたか?
菅波 僕らの2回目の署名活動は都に向けたものだったんですけど、都の協力金がでるってなった時に、無観客の配信ライブも営業とみなされて協力金がでないという話があって。飲食店は時短営業でもでる状況にもかかわららず。これは感染拡大防止金っていうんですけど、1店舗につき50万円で、2店舗以上経営していると100万円の援助が出るという。でも感染拡大防止金という名目なのに無観客で配信をするのを営業とみなすのはおかしいだろうと。それに対する署名を2日間で集めて、その時は東京都の窓口に直接メールをしてもらうスキームをつくったんです。その感染拡大防止金を議決する都議会の日に都庁にいったら、メールが大量に届いていてパンクしそうだって言われて。それが効いたのか、認められて。
ーその動きをネットで追っかけていて、これはひとつの力なんだなって感じましたね。
菅波 あきらかに不当だっていうことには声を上げやすいですよね。そういう成果が少しづつ出ているんですけど、それでも閉店する店が出始めていて。力が届かなかった部分も多いと思いますね。それは金銭的なことだけじゃなくて気力の部分も大きいと思うんですよ。長期的に考えて、畳んだ方がいいでしょうという経営判断が正しいこともあるし。だから体力か気力どっちかが切れた時点で店ってなくなるんだなって思います。
ーそうですね、気力のほうが崩れやすい状況ですよね。それに複数のお店を運営してるとさらに大変ですよね。
菅波 そうですね、うちみたいに個人的な店舗ならまだ凌げることも複数だと意味が変わってきますから。
ーLIVE HAUSもまだ渦中ですね。持続化給付金や雇用調整助成金等の申請はできるんですか?
菅波 どちらも当初は、新規事業者は枠に入ってなかったのですが、自分たちを含めて色々なひとが声をあげたことで、現在は拡充の方向で進んでいますね。LIVE HAUSも税理士さんと相談しているところです。あとは家賃補助があれば助かるんですけど、これはまだ新規事業者は枠に入っていません。あとさっき話に出た東京都の協力金は、私の店も申請しましたがまだ入金がありません。支援の遅れによる廃業が徐々に出てきてますよね、それはこの後さらに深刻になっていくと思います。
ーこの流れで行くとLIVE HAUSのしっかりとした営業はいつ頃になりそうですか?
菅波 状況をみながらになるんですが、客数を絞って8月に縮小営業でオープンしようと思っています。ただ、現状のガイドラインが現実的ではないので。
ーたしかに行政のガイドラインの2メートル間隔なんて現実は無理ですよね。
菅波 そうなんですよ。
ーほんとライブハウスは槍玉にあがりましたね。
菅波 都知事も総理大臣もライブハウスという言葉をメディアで言い過ぎましたね。今回、そういう発言の影響は想像していたよりも大きいことを実感しました。だからこそ言葉の重みを実感して欲しいし、名指しをするなら補償についても責任持って欲しい。
ーほんとにそうですね。満員電車には一切言及せず、オリンピックの中止が決まるまで表立った対策もなく、あまりにも自分たちの都合ばかりでしたね。
菅波 オリンピックを意識することで対策や支援も遅れた点があると思います。前のように誰もが気にせずにライブハウスやクラブを楽しんでもらえるようになるまで、相当時間がかかると思います。だから通常の営業以外のチャレンジも常に考えています。配信も箱の音を作るっていう意味合いもあるし、音はやりながらじゃないと作れないじゃないですか、そこでいろんなバンドに音だしてもらいたいし。バー営業もスタートしつつ、ギャラリーを始めたり、上でホットサンド売ったり、6月下旬からは下北沢の駅前の〈空き地〉っていうスペースで毎週日曜日にイベントをやっています。なんとか今の状態でも楽しくやれることを考えていきたいと思います。
菅波雄
https://twitter.com/yusuganami
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