「取調室」
おはようございます。
公響サービス、代表のシンジです。
取調室。そう、刑事ドラマでよく出てくる、警察署内にある、アレです。容疑者から事情を聴く部屋です。たいていの人が入ったことはないだろう。私は残念ながら、4~5回程は行ったことがある。今日はその取調室の話をしようと思う。
勘違いされると困るので、先に言っておくと、私は何も悪いことはしていないし、容疑者ですらなかった。
以前に「探偵」でお話ししたように、私は父の会社で横領をしている、父の愛人を会社から追い出そうとしていた。これ以上会社のお金を横領されてはたまったものではない。私の目算では既に1億円を超えているはずだ。
税務署への内部告発が失敗し、探偵を雇って母が追い出す計画も、母が急におじけづき、計画はとん挫した。もう残るは刑事告訴以外にない。そこで私は弁護士を雇い、警察へ刑事告訴する準備を独自に行った。もう母も兄も家族は信用できないからだ。弟にだけ事情は話したが、すべて独自に行った。以前何かに書いたと思うが、弁護士費用に相場はない。すべて交渉次第だ。私は東京駅近くの大手事務所を選択した。つまり、かなりの大金を要求されたことは想像に難くないだろう。1時間当たりのチャージ料金も八王子近辺の倍はする。ちょっと電話しただけで、チャージ料金が発生するのだ。逆に、その高額さゆえに、私はその事務所を信用した。私のなけなしの預金は、札に羽根がついたように消えていった。
そして打ち合わせを重ね、どうにか満足のいく告訴状を書きあげてもらうことができた。それはいまも私の自宅にあるが、もう1円の価値もない。元手は7桁にもなるのに、現在は紙くずだ。いま思うと、バカなことをしたものだと思うが、当時は必死だった。家内も従業員たちも、私を応援してくれていると思い込んでいた。それが幻想であり、自分の独りよがりであることに気づくのは、もっと何年も後のことだ。私は愚かな人間だった思う。色々なものを失うまで、気づくことはなかったのだから。
前振りが長かった。その告訴状を持って、証拠書類と合わせ弁護士と共に警察署へ行った時の事は忘れない。これですべてが終わる。そう思って期待に胸を膨らませたものだ。
担当の刑事は二人出てきてくれた。そして通されたのが、なんと!「取調室」だったわけだ。正直「ウソでしょ!」と思ったが、向こうは大まじめで、「ちょっと狭いけど、ここなら他に話がもれないし、言いにくいことも言えるから」という配慮だったようだ。そんな配慮は不要なのに。結果的にここでの打合せは、いつでも普通に「取調室」を使用するってことが分かった。結構いい加減なものだ。警察署に「会議室」はないのだろうか?この署が変わっているのだろうか?それは分からなかった。
非常に狭い取調室に、容疑者でもないのに入れられ、固いパイプ椅子に何とか座って、弁護士が告訴状を提出した。
「内容をザックリ説明してもらわないと、一応預かりますが、事件化するかどうかはこちらで判断します」刑事はそう言った。
「えっ!告訴状は提出したら捜査してもらえるんじゃないんですか?」私がそう聞くと、
「それを決めるのはこちらの仕事です。しかも、証拠をそろえて提出しても、検察が起訴しなければ、刑事裁判にはなりません」
そうか!民事裁判や簡易裁判のように、訴えればすぐに裁判にはならないんだ!という基本的なことを身をもって知った。確かに刑事事件は慎重に行わなければ、えん罪だらけで大変なことになってしまう。ハードルの高さが初めて感じられた時だった。
刑事は2名だった。白髪で50代半ばと思える普通のオジサンだ。もう一人も年の頃は同じで、互いにタメ口だから同僚なのだろう。でっぷり太ったオジサンの刑事だった。
私は内容をザックリと話した。告訴状に沿って弁護士も説明をする。そして、その証拠もきちんと示した。刑事たちの反応は。
「こりゃ久々の大きな経済犯罪だな!確かにこれは億単位行っていそうだね」太っちょが言った。
「経済犯罪はね。証明が難しいんだよね。」白髪が言った。
「ええ、ですから、既に証拠もそろっています」私が言うと。
「いや、これはあなたがそろえた証拠だからね。全部裏取りしなきゃいけないんだよ。あなたが社長だったら簡単なんだけど、お父さんが社長なんでしょ?お父さんがこの証拠を押さえるのに、協力してくれるかな?」白髪が言った。
「いいえ、父は愛人を守る方を選択するでしょう」私が言った。
「でしょ?それじゃ、こちらとしては動けないんだよね。」白髪が言った。
「でも、会社のパソコンを押収すれば証拠はわんさと出てきますよ」私が言った。
「令状が取れないんだよね。悪い人がいますって言われただけじゃ捜査出来ないんですよ」白髪は仕事が増えるのを嫌がるような表情で、面倒くさそうに言った。
「早くこの女を逮捕してくれないと、会社のお金をどんどん使いこんでしまいますよ!」私が言った。
「それにね、経済犯罪は逮捕なんてしないんですよ。在宅起訴といってね、逃亡や証拠隠滅の恐れがない場合には、自宅待機になるんですよ」白髪はあくまで仕事をしたくないという言い方をした。警察は一体何のためにあるのか?税金泥棒メ!怒りで頭に血が昇ってきた。
こちらの知識がないことを高圧的に伝えられてしまった。弁護士が間から口を出し、刑事告訴をする権利はあるのだから、受け取って欲しいと、とりなしてくれた。
しかし、「事件化するかはわからないので、一応「受理」はできませんが、お預かりしておきます」と言って、私達は取調室を出た。空調も聞かず、とても蒸し暑い狭い部屋で、頭に血が昇り車に乗った時に冷房を全開にしたのを覚えている。かつ丼は出てこなかった。
その後、警察の担当者は2回変更になった。1年半にも渡る交渉の末。結局すべての資料は、告訴状と一緒に返却をされた。こうして私の刑事告訴は失敗に終わった。弁護士に成功報酬を払う必要はなかったが、1年半で車1台以上の値段をかけて、結局望む結果は得られなかったわけだ。その時はまだ気づいていなかったが、この時、既に私の進退は決まっていたのだろう。もう打つ手も無くなっていた。この頃の私の心情を推し量れる人は誰もいないだろう。そして、私が孤独であることも、その時は気づきもしなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。本日も皆さんにとって良い一日でありますよう、祈っております。
シンジ