「議論する」

第1,281回
おはようございます。
公響サービス、代表のシンジです。

 人と「議論する」ことは悪いことじゃない。特に日本人は議論が苦手だ。自分の意見を言語化して、人に伝えることは、ビジネスを行う上で極めて大事な能力であり、学歴など関係なくこれが出来なければ、あとは感情をぶつけることしかできない、困った人になってしまうのだ。
 とはいえ、議論と論破は異なるのである。相手を従わせるために発する言葉は、内容が正しくとも、相手のためであっても、その気持ちは決して相手には届かないものなのだ。

 例えば、ある会社の社長が自社の商品をお客様に売り込んでいるときのことである。
「我が社のS商品の方が良く、劣悪なR商品などあり得ない!」
社長は力説するが、その違いがお客様には伝わらない。
「いや、いままでR商品を使ってきたので、御社のS商品の方が良いと言われても、どこがどのくらい良いのかが分かりにくいです。」
「だから、何度も言ってるようにR商品はこんなに高いじゃないですか!それなのに使うときに相当なベテランじゃないと扱えないという劣悪商品じゃないですか!それに引き換え、我が社のS商品ならこんなに安いし、誰でも使用できる優れた商品なんですよ!」
「いやー、だから、誰でも使えるって、現に使ったときに不具合も出ているんですが?」
「それは使い方が悪いからですよ!」
「それを言ったら、R商品も同じじゃないですか?」
「とにかく、S商品の方が良い商品で、R商品の方が悪い商品なんです!」
 お客様は悲しそうにかぶりを振り、「それを決めるのはこっちなんだけどね?」と心の中でつぶやいた。そしてS商品は売れなかった。
 結局、社長は売れなかった理由を商品を買う人のせいにした。あの人はR派だ!賄賂でも受け取ってるんだろうと、悪い噂を流していたが、それは事実無根であり、評判が落ちるのはS商品の方だったわけである。

 例ではちょっと違う話しの様でもあるが、「議論をする」のではなく、相手を自分の意見に合わせさせようとしていたことは、同じことだ。
 他人と「議論をする」のは良いが、自分の意見を変えずに、相手を論破してしまうのは良くない。その先に勝者はいないのだ。
 たとえ良い商品や良いサービスであっても、売れる商品が良い商品なのだ。良い商品やサービスが売れるのではなく、売れた商品やサービスが、良いものなのだ。

 いつも読んでいただき、ありがとうございます。本日も皆さんにとって良い一日でありますよう、祈っております。

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シンジ

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