[B4作品批評レポート#1] 「やりたいこと」をやり遂げられる強さ
こんにちは、B4のすさです。今回、門脇研究室のB4の一人一人がそれぞれ一つ作品と呼ばれるものを選定し、これまでの研究室での学びを通して作品批評をすることになりました。本日から毎日一人ずつ更新していく予定で、これがその第一弾ということになります。
私が選んだ作品は、映画『ほしのこえ』/新海誠/2002です。この作品は新海誠監督のデビュー作であり、25分という短編映画でありながら、新海ワールドが詰めこまれた作品となっています。最大のポイントは、監督・脚本・美術・撮影・声、このすべてを新海誠監督が行った、究極の自主製作作品という点です。
個人的な考察もしばしば組み込みながら『ほしのこえ』を批評していきたいと思います。
あらすじ
2039年、人類は火星のタルシス台地において異文明の遺跡を発見するが、同時に未知の異生命体(タルシアン)が出現し、探査チームは全滅してしまう。その後、遺跡からは数々の未知なるテクノロジーが発見され、人類は恒星間航空が可能となった。国連軍はタルシアン調査のために宇宙戦艦四隻を建造。民間人を含め1000名以上の選抜メンバーの選出を始めた。
2046年、関東の中学校に通う長峰美加子と寺尾昇は互いに淡い恋心を抱きながらも、仲のいい友達として他愛のない日常を過ごしていた。しかし、それも美加子の一言によって突然の終わりを迎える。
「私ね、あれに乗るんだ。」
美加子は国連軍の選抜メンバーに選ばれたのであった。
2047年、美加子は宇宙へ、昇は高校へと進学する。二人は遠距離携帯メールというツールを用いて連絡を取り合うが、美加子が地球から離れていくにつれ、メールの往復にかかる時間も次第に長くなっていく。やがて、美加子を乗せた戦艦リシテアは長距離ワープを行い、太陽系から大きく離れることとなる。この時、美加子と昇との間には8年の時間のずれが生じていた。
(C) 新海誠 / Comix Wave
美しすぎる背景
(C) 新海誠 / Comix Wave
まずこの作品を批評するうえで、写実的で美しい背景について触れたいと思う。新海監督の作品の背景は、どの作品も美しさがアニメ界トップクラスといっても過言ではない。そして、その背景美はデビュー作の『ほしのこえ』においても充分にみることが出来る。光や雲の流れといったものは絶妙な色合いと明暗によって描かれ、まるで目の前にその景色があるような錯覚を覚える。
一方、人物画に対しては他の作品と比べると見劣りしているといえるだろう。キャラクターの輪郭や影の位置に違和感を覚える部分も多く、背景が魅力的な分このギャップが作品の統一感を欠いてしまっているように感じる。
(C) 新海誠 / Comix Wave
それでもこの作品に魅力を感じるのは、それを凌駕するレベルの背景があるからだろう。新海監督はこの作品で人物の表情の変化はあまり描かず、声と風景画を駆使して感情を表現しているのだ。
さらには、「異生命体と女子高生がロボットで戦う」といった非現実的なSFを、現実的な日常風景に溶け込ませることで、本当にあり得るのではないかと感じさせてしまう。これはリアルで美しい風景を描ける新海監督だからこそできる魅力だ。
あたかも風景画によるごり押しのように感じるが、作品というものにおいてとても重要なことである。私も設計課題で、模型だけのごり押しでそれなりの評価を得たことがあるが、得意分野でインパクトをつけることでその作品の見え方が変わってくる。ただそこで終わらず、次の作品でさらに進化するのが新海監督のすごいところである。
言葉に頼り切らない魅力
この作品の最大の魅力は、美加子と昇の二人の遠距離メールのやり取りである。登場人物はこの二人しかおらず、二人とも離れた場所にいるため、作中会話は行われない。そのため、それぞれがメールを読み上げる形になるのだが、すべてを読み上げないのが魅力であるといえる。
序盤、中学で剣道部だった二人が、高校に進学してからも一緒に剣道部に入ろうという会話がある。しかし、一瞬だけ映る美加子のメールの受信トレイの見出しには「寺尾昇:弓道部に入ったよ」と書かれている。
また、終盤美加子は、
「24歳になったノボルくん、こんにちは!
私は15歳のミカコだよ。
▼
ね、私はいまでもノボルくんのこと、すごくすごくすきだよ。」
とメールを打つ画面が描かれる。対して、昇に届いたメールには、「2行だけで、あとはノイズだけだった。」と語られる。
(C) 新海誠 / Comix Wave
他にも、ラストシーン作中の新聞を見ることで映画のその後をある程度予想することが出来、中盤昇が女子高生と別れるシーンからは付き合った彼女がいたもののミカコのことを忘れられず別れたと見て取れる。
このように、作中で語ることではなく、画面として見せることでそこから見る人が読み解くように構成されている。
建築作品においてその作品が語ってくれることはない。しかし、その建築が見せる特徴や図面から読み解いていく。そうした訓練はこれからも必要であり、それが作品というものの魅力であると感じた。
象徴とされる電車
(C) 新海誠 / Comix Wave
新海誠監督の映画といえば、電車を思い浮かべる人も多いだろう。新海監督曰く、走っている電車とその前にいる人物を描くのが好きだという。私的な解釈では、他愛のない日常の中、流れていく時間(電車)の儚さを描いているように感じた。
また、2001年前後はインターネットが急激に一般化していった頃であり、その急速な社会の動きと日常とのズレを描いているようにも取れる。
いずれにしても、新海監督の絵には日常のちょっとした一瞬の”儚さ”や”愛おしさ”を再確認させてくれる。普段目にしている光景がこんなにも美しかったのか、といつも思わされる。
(C) 新海誠 / Comix Wave
前述した美加子と昇とのメールのやり取りでも、8年の歳月でノイズとなってしまう「好き」という感情の繊細さが表現されている。他にも、映画『君の名は。』/新海誠/2016のラストシーンではなかなか出会えない二人を描き、見る人を焦らしに焦らした。新海監督はこうした日本人の儚きものに惹かれるといった、わびさびの世界観を描くことに長けている。
「作れる」と「作る」は違う
最初、女子高生がロボットに乗って異生命体と戦う、というあらすじを見た時、エヴァンゲリオンのオマージュのような作品かな、と思いました。しかし、いざ鑑賞してみるとメインテーマは世界や社会問題といった大きなものではなく、ほんの小さな日常の儚さといった新海監督らしいテーマでした。それにしては少しSFが過ぎているような気がしましたが、本当のこの作品の評価されるべきポイントは自主製作という点です。アニメで動画を作る場合1秒に24枚の画像が必要です。それを新海監督は一人で、一般的なパソコンで、レベルの高い背景美術で描き上げているのです。
実際に作れると証明することは簡単です。しかし、それを自らの手で実際に作り上げることは充分な熱量と根気が必要です。この、熱量と根気は簡単にマネできるものではありませんが、作品を作るうえで私が一番大切にしていきたいと思っていることです。
B4 須佐基輝
最後まで読んでいただきありがとうございました。
残り8作品の批評レポートが毎日更新されていくので、そちらもぜひ読んでいただけると嬉しいです。
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