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シャワーからお湯が出なくなった数日間。

とある日、私はいつものように風呂場へと向かった。

我が家では私が一番最初に風呂に入っている。だから、私がこの後起こる悲劇の第一発見者となってしまうのである。

いつものようにシャワーからお湯を出そうとする。最初は冷水が出てくるが少しずつ温まり、次第にお湯が出てくるようになる。そのはずだった。

数秒経過し、温度を確認するためシャワーの水に手を当てる。冷たくて手を引っ込める。また数秒経過し手を当てる。引っ込める。数秒経過、手を当てる。引っ込める。当てる。引っ込める。当て。引っ込め。当。引。・・・。

「ずっと、冷たい…」

私は静かに、そう呟いた。

そう、シャワーからお湯が出てこないのだ。無情にも冷水だけが出てくるのである。私は絶望した。なぜなら、お湯が出てこないのだから。


私は至急、リビングにいた母にこの緊急事態を報告した。

「すんませーん、なんかシャワーからお湯が出ないんですが、どうしましょこれ」

絶望しながらも、なんとか言葉を紡いだ。母はそれを聞いて少々慌てていた。私も少々慌てた。そして数分後、結論が下された。

「よく分かんないんで、とりあえず浴槽のお湯使ってくれい」

それを聞いた私は、慌てることはやめた。そして、数回深呼吸をし、冷静になった。「その手があったか!」そう思った。

その後、我が家の住民は皆、シャワーを使えない数日間を過ごすこととなるのである。


シャワーの使えない数日、言わば空白の期間の我が家の住民は皆、シャワーが恋しくてたまらなかった。この時ほど、シャワーが恋しくなったことは今までに一度たりともなかった。

浴槽からお湯をすくって、髪を洗ったり、全身を洗ったりするのは、結構大変な作業であった。ただ洗うだけならまだしも、シャンプーの泡とかを洗い落とすのが存外面倒くさいのである。

ただ、この状況における最大の不幸中の幸いは、浴槽のお湯はしっかり温かかったということである。いかれてしまったのはシャワーの方だけで、幸いにも浴槽の方はお湯が出てきてくれたのだ。

もし、この状況で浴槽の中すらお湯でなかった場合、一体我が家はどうなっていたのだろうか。ふとそう思い、私は恐ろしくなった。

さすがに冷水で体全体を洗うのは地獄だ。そんなのもはや、寒中水泳である。そうなった場合、シート的なもので全身を拭くことになるのだろうか。非常に大変である。

「不幸中の幸い」とはなんたるかを、まざまざと見せつけられた数日間であった。


数日後、修理が行われたことにより、我が家のシャワーは見事な復活を遂げた。そして、無事にお湯が出るようになった。
 
その日の夜、私は気分が高揚していた。なぜならシャワーからお湯が出るからである。もう一度言う、なんとシャワーからお湯が出るのである。
 
シャワーからお湯が出るなんて、あまりにも幸せすぎるではないか。そう思わざるを得なかった。今まで生きてきて初めての感覚である。この時の私達にとって、この「シャワーからお湯が出る」という事実はとてつもない喜びだったのだ。

夕飯を食べ終えた私は、高揚した気分を胸に足早に風呂場へと向かった。そしてシャワーを流す。まず最初は冷水である。心を落ち着けつつ、水が温まるのを待つ。そして数秒後、ドキドキしながらシャワーの水に手を当てる。

「あ、あ、あ、あったかい!!!」

当たり前のことだが、シャワーから出てくる水はちゃんと温かかった。本当にちゃんと温かかった。まごう事なきお湯であった。 

数日ぶりのシャワー(お湯)体験。それはそれは幸せだった。この時、私は人生で初めてシャワーで極楽を感じられた。

シャワーからお湯が出るという幸せ。これは何にも代え難い幸せなのだと、私は深く胸に刻み込んだのである。

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