趣味:ギター?
うん、間違っていない。いや、しかし、どうも違和感がある。かといって、特技と言えちゃうほど、上手いと思ってるわけでもない。
中学2年生で始めたから、間もなく26年。弾かない時期はあれど、何やかんや手が伸びて、弾くのが当たり前。もはや生活の一部だから変にカテゴライズすることが違和感なんだろう。
この生涯で手に入れたギターは7本。そして今、手元にあるギターは4本(ベース1本あるけど)。どうなんだろう、ただの趣味?にしては多いのだろうか。眺めてみると、一つ一つにそれぞれ物語や思い出があるものだな、と思う。
はて、よくよく考えたら、ギターにこんなエピソードあるのは珍しいのでは?と思えてきた。それぞれ話してみようと思う。
1.ゴミ捨て場から拾ってきたクラシックギター
初めてギターを手にしたのは中学2年の秋頃。音楽の先生(男の先生だったのも今思うと珍しいな)がギターを弾く人で、学校にもクラシックギターがクラスの人数分くらい用意されていたのもあって、授業で習う事になったのだ。
今、思い返すとマセた話だが、2つ上の彼女にフラれて、寂しさや悲しさ、悔しさ、そういった感情でグルグルになって学校1日休んじゃう、なんて恥ずかしいくらいセンチメンタルが過剰分泌しまくってた少年は、初めて触れる楽器らしい楽器に興奮して、ギターに救いを求めようとしたのである。
クラス全体がダルいなぁ、って空気でギターに触れる中、夢中になって「ちょうちょ」を弾きまくっていた。
楽しい!初めて、これだ!と思えるものに出会えたような気がする。
ただ一つ、問題があった。どうやってギターを手に入れるかだ。
千葉の南端のド田舎なんかには気軽に行ける楽器屋はない。何ならピックだってちょっと遠出しなきゃ買えないレベルだ。
そこそこ厳しめだった親にお願いするのも難しい。
そんなある日、家に帰ってきたら、ギターの音が聴こえてくる。何事かと音のする方へいくと弟が部屋でジャカジャカ、かき鳴らしている。聞いてみたらゴミ捨て場から拾ってきた、と(今じゃもっと厳しい話になるだろうけど)
奇跡が起きた!俺は神に選ばれたんだ!本気でそう思った。
(後々、MO ’SOME TONEBENDERの百々さんも似たエピソードがあることを知ったけれど)
弟を説得して(一方的に説き伏せて)ギターを譲ってもらって(奪って)、ひたすら毎日弾いていた。
ゴミ捨て場にあったようなギターだ。1弦はない。新しい弦を巻こうにもペグはサビにサビていて全く回せないから巻きようがない。
だからなんだ!構うもんか!とにかく弾ければよかったのだ。結局、高校2年か3年くらいにようやくリペアに出して、実家を出るまでは愛用してたように思う。
このギターは今も実家でひっそりと眠っている。
2.通販で買ったエレキギター初心者セット
次第にやっぱりちゃんとしたギターが欲しくなってくる。
親にねだったら通信簿で10(中学の時は10段階評価だった)取れたら、買ってやると。…絶望だった。すでに特に何かに秀でていると思えない人格が出来上がってた自分には何やっても8がいいとこだった。どうしたものかと思いあぐねていたけれど、ここでまた奇跡が起きた。通信簿で10が取れたのである。音楽で!
今、思えば、親はきっと5教科のうちでと思っていただろうな。
それでも、なんとかお願いして、とうとう買ってもらった。19,800円の初心者エレキセット。見た目は正直ダサいけど、それでもよかった。
Birthってメーカーで、VolumeだけでTONEもない。(画像検索したらヤフオクで1,500円で売ってた!やっぱダサい!)
これで俺もようやくちゃんとしたギタリストだ!意気揚々と弾いてたけれど、ズタボロな音感が音叉だけでチューニングできるわけもなくペグを回し過ぎているうちに、ピックアップとブリッジの間に亀裂が入ってネックも曲がってしまい、使い物にならなくなってしまった。
その後、中学3年生になり、受験生だからって事でギターはしばらく弾くのをやめていた。
同じ時期に始めてた友達は文化祭に向けてバンドを組んで、J-WALKをやってた。今でもたまに思うんだけど、ボーカル、ドラムに、2ギター、3ベースっていう相当クレイジーな編成だったな。しかもそのあと、女子が一人で出てきて、カラオケ1曲歌って去っていった。マジで何だったんだ、あれ。
そこら辺から、あのギターの記憶がない。きっとどこかのタイミングで親が捨ててしまったんだろうな。
3.友達と折半したアコースティックギター
そんなこんなで無事、高校生に上がり、バンドを組みたいは思ってみたものの、ビートルズ大好きだった自分以外、90年代後半、千葉の南端にビートルズのコピーをやりたいくらい大好きでバンドやりたい人なんているわけなく。(ビートルズやりたいって言ったら「ビートルズはロックじゃない」って言われてこんな奴らと音楽なんかできるか!と思ったのを思い出して20年以上ぶりにまた怒りが少しぶり返してる。)
それに高校になってピアノを始めたから、家ではピアノを弾いたり、クラシックギターを弾いていた。
古典の先生が視聴覚準備室を完全に私物化していて、そこに同じ中学からの同級生(おなちゅうの字面がどうにも思い出せない)たちが委員会だか何かの関係でたむろっていて、入り浸るようになる。友達と二人で近くのディスカウントショップだかアウトレットだかで、アコギが売ってるのを見かける。多分、9,800円とかの安物だったけど、それを折半で買って、準備室に置いておこう!と。それからは昼休み、放課後と入り浸ってはよく弾いていた。今、思えば先生もよくOKしてくれたもんだなと思う。
そうこうして似たような月日が流れて、3年生になった頃、ちょっと自分の中で変革があり、付き合う友達が変わり、学校近くの喫茶店に通うようになった。その頃には一緒に買った友達もギターを弾かなくなり、実質自分のものになっていたので、そこの喫茶店にギターを置かせてもらう事にした。これもよくマスターがOKしてくれたもんだな…。マスターは80年代以前の洋楽に詳しい人だったので、ビートルズやビリー・ジョエルなんかが好きだった自分は可愛がってもらえてたのかもしれない。当時、ビジュアル系が流行ってたけど、そこには一切ノータッチで好きなのばかり弾いていた。これまたよく仲間にしてくれてたな…。
ちなみに人生初のステージはピアノの弾き語りである。バンドを組む事になったけど、メンバーが公務員試験かなんかと被ったとか土壇場で言い出して、止むを得ず、お茶を濁すレベルで、ステージに立ったのが初めてだった。うーん。何でギターじゃなかったのか。気分だったとしか言いようがない。
このギターは大学入る時に実家に置いていって、家にあるのを数年前に確認したはずなのに、いつの間にかなくなってた。親も覚えてないらしく、本当に消息不明なのだ。家にあったのは擬記憶なのか…。
4.Epiphone Casino
大学に上がり、迷わず、軽音楽部に入った。ようやくバンドというものを経験する。やらかした所もあれども、楽しかった。
けれど、仕送りもなく、学年で1番の貧乏を自負していたもんだから、ギターなんて、そうそう買えるもんじゃなかった。
バイトもしたくない、なんてよくわからないわがままボーイは、学食が閉まるギリギリに行って過剰なくらい大盛りにしてもらえたカレー1食で飢えを凌いだり、誰かしらに厄介になりながら何とか生きてるレベル。
そんな中、1人の先輩からエピフォン・カジノを30,000円で買わないかと持ちかけられたのだ。
エピフォン・カジノ!?ジョンレノンが持ってた、あの!?
二の句を告ぐ間もなく、飛びついた!なけなしの生活費(下手したら奨学金に手をつけてたかも)から5,000円づつ払って手に入れた。ギターを始めてから数年。やった!俺もとうとうジョンレノンが使ってたギターを手にいれたぞ!ようやくまともなギタリストの仲間入りを果たせたような気がした。
ところがどっこい、である。
エピフォン・カジノはクリーンで弾くとめちゃくちゃいい音するのだが、歪ませようとするとメチャクチャにハウってしまう(キーン!と割れたような高音が響く状態)。
何でや…。ジョンもノエル(oasis)も歪ませてるやん…。そんな事になってないのに…。でもハウるもんはどうしようもない。
3人でアコースティックユニットみたいなのを組んだりする時にはリードやアルペジオがめちゃくちゃハマるんだけど、バンドを組むとなると大きな音を出せず、ヤキモキしたまま、ライブをしていた。
当時はまだネットがそこまで充実してない時代だから噂レベルで、fホールを塞ぐといい、とか、いやダメだとかは回ってきたけど、何か塞ぐのはカッコ悪いなと敬遠してしまっていたのだ。
そのあとは今でも、クリーンな音を録りたいとか聴きたいなんて時は取り出して弾いたりしている。
5.Gibson Lespaul Jr
紆余曲折あって、大学3年の頃、ようやくちゃんとしたエレキギターを買おうと決意する。(遅すぎ)
その頃にはバイトもしていてローン組めばなんとかなる、と。
さぁ、それじゃあ、何にしようと考えてた。その頃はradioheadがピークの頃で、日本のバンド達もFenderを持ち出した頃だったからみんなストラトやテレキャスに夢中だった。
だけど、個人的にはGibson一択だった。今でもGibson至上主義的な所はある。何でだろう、ずっと好きなんだよな。Fenderって軟弱だよな!なんて偏見も正直あるにはある(これがダサいのもわかっている)。
購入を決意して、楽器屋で色々見ていると目に止まったのが、黒のレスポールJr。ピックアップはリアにしかない。音作りが苦手な自分には、シンプルでピッタリじゃないか!
試し弾きをお願いしたら、店員さんのチューニングからの超絶テクでお決まりのマウントを取られたけれど、あれ、本当何なんだろうな。
さておき、これから相棒になるかもしれないギターを膝に乗せる。構える。ピックを弦に当てる。多分、コードはベタにCだ。かき降ろす。アンプから綺麗に歪んだサウンドが響く。その瞬間にこれだ!と思った。これだよ!これがずっと欲しかったんだよ!と。
ようやくバンドらしい音に合うギターを手に入れたのだ。
そこから10年以上、ずっと最前線で使ってきた。60,000円だからだいぶ安いもんだけど、ピックアップはP-100でしっかり鳴ってくれている。今でこそ、後述のアコギがメインではあるものの、握るとやっぱり一番しっくりくる。やっぱりGibsonは最高なのだ。
6.Gibson LG-1
ここまでどうやってエレキに辿り着いたかを話したけれど、結局アコギに戻ってくる事になる。今となっては家で弾くのは間違いなくこいつで、もし将来、彼女なり嫁なりにこんなにギターあるのは邪魔だから、どれか1本選べと言われたら、きっとこいつを選ぶと思う(そんなパートナーと一緒になるくらいなら一生一人でいる方がずっといいが)。
アコギに回帰したきっかけはただ一つ。鷲崎健、その人である。
知った経緯は省略するけれど、最初は何の人なのか、全くわからなかった。何だか愉快な人だな、面白いラジオやってるな、くらいの感覚だった。
けど、ある日、鷲崎さんがアコギを弾いてる動画を見て、久々にアコギ熱が再燃してしまったのだ。
今まで触れてこなかったけれど、高校と大学の間くらいに山崎まさよしを知った時にブルースギターの存在にかなり痺れて、プレイスタイルを真似して弾くようになった(もちろん出来具合は散々である)。バンドをやるようになってからは影を潜めていたけれど、とにかく、あの時の感覚がブワー!っと蘇った。知ってる人にとって鷲崎さんはラジオスター、エンターテイナー、いろんな面があると思うけれど、自分にとってはギターヒーローなのである。
それからはもう、レスポールJrやエピフォンカジノをアコギに見立ててアコギの弾き方ばかりしていた。
すると、そりゃあもう、アコギが欲しくて欲しくてたまらないのである。けれども、Gibsonのアコギは軒並みいいお値段がするので、いつかは必ず…と、ずっと躊躇していた。
モヤモヤした日々は続くうちに仕事に色々変化があり、金にだいぶ余裕が出てきた。これなら買える!
2017年。彼女いない歴5年を突破した記念にとうとう買う決意を固めた。
せっかくだから、めっちゃオールドなギターを買ってやろうと考えた。
調べてるうちにLGシリーズが通常より一回り小さいことを知り、いーなー、欲しいなーと思いあぐねてるとイシバシ楽器の夏フェスの目玉に1959年製のLG-1が出ることがわかった!
これが最後!最後に買うギターだ。そう思いながら、イシバシ楽器の夏フェスに向かった。
現地で試し弾きして、うんうん、いいじゃないか!とうとう俺のアコギライフが始まるぞ!と購入を決意。
意気揚々と鼻高々にローンを組んで購入が済んで早く帰って弾きたい気持ちだったが、くじ引きの券をもらったので、あとは適当にクジを引いて帰るだけである。
7.Fender American Professional Stratocaster HH Shawbucker
まさか、である。LG-1が最後のギターだって言ってたのは何だったんだ。ましてやFenderは軟弱とか言ってるじゃない、なんて思われるだろう。嘘じゃない。これは誓ってどちらも本当で、最後のギターのつもりだったし、Fenderを持ちたいなんて今でも思ってないのである。でも、今、ここにある。
くじ引きは3回チャンス。1回目、2回目、参加賞的な感じのピックだか何だかだった。
3回目、なんだか光った玉が出てきた。響き渡る鐘の音。
「特賞でーーーす!!!」
拍手とどよめきが同時になって、周りに人が集まってくる。
何が起きてる?いや、きっとなんかいいのが当たったんだろう、と思ってたら、まさかのFenderのギターだったのである。
何が起きてるのかさっぱりだった。そんな自分を尻目に、くじ引きの担当者が、アコギの担当者に「これいくら?」と聴く。
「18万です」
「あ、それより高いかも…」
勘弁してくれ!さっき俺はこれが最後のギターだって、清水の舞台から飛び降りるつもりでローンを組んだんだぞ!
一瞬、思った。別に自分が欲しいギターなわけじゃない。だったらジャンケン大会でもして、若い子に譲ってあげた方がこのギターも幸せだろう、と。
でも、まぁ結局、ちょっと弾いてみたい!というスケベ心は隠せなかったのである。
その後、やっぱりアコギばっかり弾いてしまうので、果たして、こいつが陽の目を見ることはあるんだろうか、やっぱりちょっと可哀想なことしたな、と思っていたら、昨年の会社の忘年会でバンドを組む事になったので、ようやく陽の目を見たのである(正直、使い慣れないので音作り難しかったけれど)。
最後に
こうして、ギター遍歴は今に到る。振り返ってみると、なんかもっと普通に買えないもんかね、なんて思いもなくはない。不便だった時代に不便だった土地に生きてたからこそのエピソードなんだろう。でもこのエピソード達が時代のせいなのかと思うとそんなこともない気がする。
結局、最後と思って買ったギターも最後ではなくなって、何だか尻すぼんでしまい、またいいギターがあればもしかしたら買うんじゃないかと思うこともある。全く、いい加減なもんだ。
最近じゃ、ギターもサブスクでいろんなのを試せる時代になってきているし、ギターを始めた26年前からしてみたら、ほんと、いろんなものが様変わりしているなと思うことも多々ある。もう今となっちゃ当たり前過ぎるけど、クリップ式のチューナーなんて大革命なんですよ。衝撃でした。
でもまぁ、きっとギターそのものはきっと変わらずにずっと魅力的なものであり続けるんだろうと思う。
こうして自分のギターのことを語る機会って、そうそうないと思うけど、いかがですか?あなたのギターにエピソードはありますか?