見出し画像

エッセイ(異音)

 ある日のこと。

「バリバリバリ!!」
 ???

 右の耳の中から、謎の異音がする。

 雷が鳴ったような音。
 もしくは、紙をくしゃくしゃに丸めたような音。

 何か入っているなぁ~、と思い、
 耳かきで掻き出してみる。

 何も出てこず。

 片足立ちで、異音のする方の耳を下にして、
 とんとんとん、と飛び跳ねてみる。

 何も出てこず。

 あれこれ悪戦苦闘していると、
「耳鼻科に行ったら?」と妻。

 翌日、仕事を抜けて、耳鼻科へ行くことに。

 病院の待合室でも、頭を動かすたびに、
 バリバリバリ、と音がする。

 ちなみに、耳は、痛くも、かゆくもない。
 でも、異音がする、というだけで、とても不快だ。

 やろうとしていること、すべてに対してのモチベーションがそがれてしまう。

 世界から色が失われ、私の元気はなくなり、日本の少子化が進み、円安は加速し、世界は闇に包まれ、花は枯れゆく。

 そのようにさえ感じる。
 (ようするに、もう全部いやになる。)

 そうこうしていると、
 「〇〇さ~ん、どうぞ」と、
 看護師さんによばれ、先生のいる診察室へ。

 大柄で、気前のいい船乗りみたいな見た目の先生。

「耳から、変な音がする?」
「はい」
「どっちの耳?」
「右です」

 先生に耳を診てもらう。どきどき。 

 少し耳を引っ張られながら、先生がじーっと耳の中をみる。
 しばらくの沈黙。

 そして先生からのひとこと。


「あ~、髪の毛が1本、入ってるねぇ」


 ……髪の毛??

「じゃあ、今から水で流して取っちゃうからね」

 その後、耳に水を流し込み、
 無事に取り出した髪の毛とご対面。

 水びたしの銀のトレイにちょこんと置かれた、おそらくは私のものと思われる、黒く、細い、10センチくらいの一本の髪。

 …こんなちっぽけなものに、モチベーションを奪われていたのか。
 と、自分の情けなさに、なんだか笑ってしまった。

 しかしその後、みごとに耳の異音はなくなり、世界に平和が戻った。
 ありがとう先生。

 たかが一本、されど一本の髪の毛。

 みなさんも、誤って耳に入らないよう、どうぞご注意を!

 終


いいなと思ったら応援しよう!