エクセス コンプライアンス リザルト 6-3章(終)
「恐らくその少女は・・・」
私と爺さんはほぼ同じタイミングで言い放った。
「生まれてくるはずだった、私の娘」
「生まれてくるはずだった、不破さんの娘さん」
・・・・・
・・・・・
・・・・・
「・・・・まあ、そういう事だろうな。VRの景色を思い出していた。
複起点によって娘が生まれた時間軸だったが、結局彼女は自害して
いまっていた・・・そういう結末だった。」
「そうですか・・・・複起点にて彼女さん・・・いえ、奥様は延命
出来たが、結局は・・・・と。」
「そのようだな。・・・多分”どの道止められなかった”という結論が
私の中で無意識に出たんだろう。爺さんの言う”自信”とは少し
ニュアンスが違うようだが。」
「いやはや・・・ワシも配慮不足で大変無礼な言い方をしてしまった。
大変申し訳ございません。」
「いや、いい。彼女の事は言ってなかった訳だしな。1年間でもその
説明はなかったんだろ?」
「ええ・・・まあ・・・半年過ぎたあたりでしょうか。VRの内容について
説明してくれなくなった時期が不破さんにありましたが、今意味が
分かりました。」
「・・・他に、VRでみた景色を爺さんに教えていた、という意味にも
なるが、私は何を言っていたんだ?」
「今仰ってくれた内容程重い話ではございません。どちらでも問題無い
ような些細な選択、進学の事、就職の事、趣味のキッカケ等ですな。」
「進学、就職はわかるが、趣味のキッカケなんかも複起点として存在
してくるのか?」
「その後の人生を大いに変化させる、重要な要素ではありますぞ。
その嗜好によって出会う人が変わってきますからな。不破さんは
チェスがお強いようで。その話をお聞きしました。」
チェス、かーーー。今は朧気だが、確かにそういうボードゲームは
好きだ。多分、その趣味を選択しなかった複起点のせいで、自分に
その趣味があるのか無いのか曖昧なのだろう。
成程ーー・・・確かに記憶の摺合せが出来てきている。爺さんの
言った事は根拠のない慰めって訳でもなさそうだ。
後は現実世界に残った、私の残滓が私を整合させてくれるだろう。
「爺さんの言っていた摺合せの意味が今分かってきた。
・・・多分私はもう大丈夫だろう。モニターはまだ続くのか?」
「モニターは当人から平静な状態で”もう大丈夫”という言葉を仰られた
時点で終了となります。即ち・・・不破さんの治療はこれにて完了と
なります。長い間、お疲れさまでした。」
・・・肩の荷が下りたような、モヤモヤが残るような複雑な心境だ。
私は尋ねてみた。
「爺さんは先ほど”対象一人だけの複起点描写だけではムリが
生じる”とか言っていたように聞こえたが、アレはどういう意味なんだ?」
「この研究の次なる課題でもありますな。一人だけの複起点描写だけ
ですと、その周りにいた人物の複起点が追えない。そして前にも話した
通り、”行き過ぎたコンプライアンスによって出てきた複起点によって、
悪い方向に影響してしまった方への救済”が目的ーーー」
「彼女の自殺の場合では、殺害した犯人への妙な擁護が原因に
なった。・・・あれも言ってみれば”いき過ぎたコンプライアンス”
なのか?」
「ワシの今の主観ではそう感じますな。ただし客観視すれば、その
裁判長の言い分を不当とは感じません。まあ、結局根も葉もない
言及をした犯人が捕まっているかいないか曖昧になってしまった点、
本来はそれが絶対条件で為される判決のハズです。つまりは、予定
調和での判決になってしまっているように感じる。」
「・・・まあ、当時の私は怒り心頭だったが、今思えば確かに爺さんの
言う通りだと思う。」
・・・・
「・・・爺さんは、もし今の登場人物をモニターできるとしたら、この
場合誰にこのモニターをさせることが先決だと思う?」
「ん・・・実はですな・・・今ワシが考えてる構想は、人間の意識を”2軸”
間で共有させる事・・・そこで自身の選択に”見切り”をつけた上で先に
進んでいただく。それを理想と考えとります。なので”誰が”という問い
なら”全員”ですな。」
「壮大な話だな・・・VRに映し出される世界を他の人間とリンクさせるっ
て事か。」
「時間軸が1つしかなくとも、その時間内にもう1つの時間軸を作り出す
事は可能とワシは思っとるんですな。まあ・・・今段階では夢のまた
夢の話。部屋の外にある大きなサーバーは、そういった人間のイメージ
間を蓄積し、AIで環境を判断させ、登場人物をリンクさせ・・・そう
いった処理を行っとるわけです。」
「他人のイメージに私が登場する可能性もあるという事か・・・面白いな」
「ええ、興味深い研究でしょう?ただし・・・私利私欲だけではいかんの
です。不破さんがご経験されたセンシティブな内容も含まれる為、少し
配慮が必要とも思えますが・・・それ自体がエクセス(過剰な)コンプ
ライアンスになるやもしれない、裁判長のようにですな・・・」
「ああ・・・そうだな。ーーー今まで世話になった。少し、まだ記憶の
整合がうまく行ってない箇所もある。その時は相談に来てもいいか?」
「勿論ですが、あまり的確なアドバイスは出来ぬかもしれませんな。」
「何故だ?」
「今の不破さんは、自信が備わっているから、ですな」
「・・・そうか。まあ・・・また来たくなったらここに来るよ」
こうして、私の感覚では奇妙な1日、現実世界では奇妙な1年間が終わった。
・・・・
・・・・
・・・・
「人間の正当性は、いかに脆いものなのか」を痛感させられてきた経験となった。
それが理不尽なものじゃないとしても、法令遵守・・・社会規範に反することなく,公正・公平に行われているように見える流れですら、それによって悪影響を受ける者もいる。
それを一概に「炙れ者」と表現してしまえばそれまでだが、それは私への自虐にもなり、何もせずとも強いられてそうなる場合もある・・・・
爺さんの言う「2軸目の時間」は・・・正直私は否定的に見てる。
複起点を織り交ぜ、他人との交流を試みた場合、現実との実績(過去)
との食い違いで大きく混乱するのは目に見える話だからだ。
私は、これから空白の1年間となった過去を確認しながら進めていくことになるだろう。
”今日”来た時よりも大分心は晴れている。
ーーー映画でも見て、帰ろう。
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