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【小説】エクセス コンプライアンス リザルト 1章

1.起章

嫌な予感はしていた。だがどうしようも無かった。世知辛い世間体の物語にはよくある話だ。

 うさんくさいモニターの募集があった。昨今の不況のあおりを受け、私は危険招致で金のためにその集いを承諾したわけである。

 どうせ独り身の自分にとっては客観的に見てさほどハードルは高くない、生活保護申請も却下されたこの身では、そもそも他にやりようが無いのだ・・・そんな負の感情を思いめぐらせながら、名状しがたい背徳感を感じつつ目的の場所に向かった。

 そのモニターについては、正直募集内容がほとんど理解できなった。「将来発生する事象を今の時間軸から適格なファクタを導出する方法において、複事象から選択する研究および検証についての体験者を募集しますーーー。」意味がわからなかった。要は予言出来るようになる研究なのか?あまりにも奇天烈な募集要項である。

 例の現場にたどり着いた。5階建くらいだろうか、なるほど中々大きいビルを構えているようで、案外それなりに企業をやってる所かもしれないと安堵した。

「不破 様ですね。302室にお願いいたします。」

「――っ!」

 ロビーに入るなり、挨拶も問い合わせも無しに急に名前を言われ、正直かなり動揺した。と同時に、ビル構えでかき消した不安がぶり返し、少し強張った表情になったであろう自分は足を奮い立たせ、言われるがままに3階のエレベーターへ向かった。ロビーに入ってすぐ見えたのだ。まるで罠に自ら入っていくような感覚だった。

 エレベーターから3階のドアが開く。まるで別世界だった。左手には図書館顔負けの本の数々、右手には恐らくサーバーという奴だろう、PCに使うような精密機械がコンテナのようにギッシリ積まれ、せわしなく薄緑色のランプを点滅させている。

「――ああ、不破さんですか?いらっしゃい。」
突然、左手の本の山から声がした。よくよくみると還暦を迎えようかというくらいの老人がこちらをみている。

「…あ、はい。ええと、募集要項の件で…」

「ええ、お伺いしております。どうぞこちらへ…」

 物言いは柔らかい印象だが、姿を見て少し驚いた。白衣は着ているものの、両腕には数珠、ミサンガ、スマートウォッチのような物、金色のブレスレット…これでもかという程装飾品を身に着けている。白髪かと思ったその頭も、薄い金髪だ。長めの髪をヘアバンドでどけている。
 
 その場の変わった雰囲気と、このじいさんの雰囲気も合いまり、私は圧倒されていた。えらい所へ来てしまったと、少し後悔していた。

 302号室内は10畳くらいだろうか。少しこじんまりとした殺風景なところにソファーが4つ向かい合わせに置いてあり、よくある普通の背が低い正方形机が真ん中にある。そこにお互い対面で座り、ゆっくりと老人が口を開いた。

「まずは遠いところお越しいただいてありがとうございます。ここは普通の会社とは…何と言ったらいいかちょっとテイストが違うんでね。ちょっと戸惑らせてしまったかもしれないですね。まあ、決して怪しいというか反社のような組織ではないので、そこはご安心をーー。」

 実に流暢にしゃべる爺さんである。まるで噺家のようだ。とりあえず、自分の頭を整理するように先ず質問をしてみた。

「この会社・・・組織?って具体的に何をしている場所なんですか?」

「ん~…『具体的』というのには答えられそうにないですが、要は人間心理学の研究、と言ってしまえば早いですかね。主たる業務は…システムエンジニアみたいなもんですよ。」

「SE…?コンピュータ関連ですか?」

「『対人間用』のSE、ですな。業種としてファイナンシャルプランナーとか、カウンセラーとかが近いと言えるでしょうね」

「…人生設計みたいなもの?」

私は訝しげに聞いてみた。

「設計までは出来ないですなあ。どちらかというとアドバイザーです。」

いよいよ怪しくなってきた。業務内容の説明でここまで抽象的な印象を受けたのは生まれて初めてだった。が、この時点で正直私は吹っ切れていて、いちいち不安を感じる事は無くなっていた。俎板の鯉と言えばいいのか、もう何でも受け止めてやると、少し自棄になっていた。

「どういう仕組みで稼業してるんです?」

「あっはっは、稼ぎが気になりますかな?うちらは非営利団体ですよ。ですんで行政からの支援でほとんど成り立っとるんです。」

驚いた。という事は、国に認められている状況下にある仕事って事になる。私は不安になったり安堵したりの繰り返しで、もう既に精神的な疲弊を感じていた。

「・・・多分、いろいろ質問しても、御社の事を理解するのは難しそうですね。」

私は少し笑いながら応えた。

「んで、さっそく本題について、ですかな。」

しまった、皮肉にとられてしまっただろうか、老人は少しだけ表情が真剣になった。

いや、本題に入るからかもしれないが・・・わたしは黙って次の老人が開口するまで待った。


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ミクモン
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