【LOT・修羅組編】第一章 異変
学校の最上階、最奥の生徒会室。
窓を開けているおかげで心地よい風が入ってきていた。
その風が、ソファで寝ている香偲の髪を揺らす。
と、同時にソファの横のテーブルに広がっていた何枚もの紙が、風に吹かれて舞い上がった。
パラパラ、とゆっくり紙が落ちていくその様子を、生徒会室に入ってきた珠喇が見つめる。
そしてハッと我に返ると急いでその紙を拾い集めていく。
「あーあ、バラバラになっちゃった」
次に生徒会室に入ってきた竜也もその場でしゃがむとそれを手伝った。
何十枚あるのだろう、という量を二人で拾っていると、ふと竜也の目にいくつかの文字が入ってくる。
「修羅組(しゅらぐみ)……?」
「ああ、それね」
拾い終えた珠喇は立ち上がると笑顔でそう呟く。
竜也は知らないよね、と残りの紙を受け取って椅子へと腰掛けた。
「能力者の中にはさ、いくつかのグループがあるんだ」
「グループ?」
「うん。それぞれ色んな思いを持って活動してるんだよ。俺らもその内の一つ」
まあ全然無名だけどね、と珠喇が笑う。
「有名なのもあるんだ?」
「そう。修羅組はその内の一つだよ。能力者を保護するために作られたんだって」
「保護?」
「うちと一緒だと思う。恐らくだけど、リーダーの修羅が呪いを軽減させるんじゃないかな」
すると一枚の紙を竜也の前に差し出した。その紙には「修羅組」「ブレイカー」「ASA」「蜂南一家(はちなんいっか)」と大きく書いてあり、その他は急いで書いたのかよく読めない。
竜也の瞳が僅かに揺らぐ。
「この四つも有名な能力者グループ。といってもASAは能力とか能力者を管理してる組織ね」
「……管理」
「悪く聞こえるかもしれないけど、一般に知られないよう能力関係の事件事故を誤魔化したり生活助けてくれたりとか、能力者にとってはありがたい組織だよ。一般がその組織の存在知ったら、まあ奇妙だろうね」
そんで、と珠喇は「ブレイカー」の文字を指でトン、と示した。
「ブレイカーはメンバー、能力者とかほとんどが不明のグループなんだけど……最近ニュースでよく通り魔の事件やってるでしょ?」
「え?うん」
「その正体。なんかね、何かを聞いて回ってるらしいよ。まず出会わない方がいいね」
「蜂南一家……は?」
「ああ、蜂南一家ね……」
珠喇がため息を吐いて首を横に振る。
「多分一番関わらない方がいいグループだよ。メンバー、能力、規模。どれもが不明で、リーダーの蜂南は何がしたくて何をしてるのか、何が好きで何が嫌なのか、目的さえあるのかどうか。よく分からないからこそ、いつ地雷を踏み抜くか分からない」
そう、と竜也が目を伏せるのを見て、珠喇は「それにね」と話を続けた。
「何年か前に、蜂南一家の数名を手に掛けた能力者が居たんだよ。すぐに恐ろしくなって逃げてたけど、すぐに蜂南自身に捕まって。次に組織が出会った時にはその能力者は、手足のない状態に何かに絶望したような表情で死んでいる状態だったらしい。とにかく、関わらない方がいいよ。俺らも常に警戒して動いてるからね」
「蜂南一家……危ないんだね」
「危ない、って言葉じゃ甘くも思えるよ。まあ実際に会ったことないから詳しくは分からないけど、やった事が有名でそれだけ恐れられてる」
「そっか……」
何かを含んだようなその視線と声に珠喇が首を傾げていると、ふと香偲がその体を起こすのが見えた。
「あっ香偲。資料ありがとうね」
「え?これ全部香偲が?」
「そうだよ。生徒会の情報源だからね」
おはよう、と珠喇がその香偲に歩み寄る。
香偲は少しぼーっとした様子で黙った後、小さく頷いて応えた。
そして、あ、と思い出したように声を上げる。
「修羅組に異変が起きてるらしい」
「異変?」
珠喇と竜也は小さく首を傾げた。
数週間前からその異変は起きていたらしい。
修羅組の内、何名かが突如暴走して仲間や一般人を攻撃し始めたという。
修羅組は平和的グループで、仲間も勿論そうだ。
それなのに、能力の暴走というよりは本人が凶暴化しているようだったとか。
時期がバラバラで、原因も不明。
だからこそ訳が分からなかった。
そこで、修羅組は一旦主要メンバーを除いて解散した。
そのおかげか解散したメンバーにその後変化は無いという。
その事に、修羅組は未だに頭を悩ませているのだ。
香偲の話が終わると珠喇は「修羅組が?」とやはり不思議そうにしている。
「あぁ。組織は相変わらず協力難しそうだしな」
「組織ってASA?難しいの?」
「実はそうなんだよね。とにかくブレイカーとか蜂南一家を監視したりするのが大変みたいで、他のことには中々手が回らないんだよ」
竜也の問いかけに苦笑いを零しながら答える珠喇。
「俺らなんて、小さい時くらいじゃないかな?親に支援を申し出る時に会ったくらい。竜也は会わなかった?」
一瞬、そう聞かれた竜也の顔が強ばる。それに二人が気づく前に、竜也は我に返り急いで顔を逸らした。
「覚えてない……かな」
「そっか。まあ小学生の頃だもんね。それにしても、修羅組の事気になるね。異変……か。俺らにも起きなきゃいいんだけど」
珠喇が困ったように眉を下げていると、突如生徒会室の扉からノックが三回聞こえてきた。
会長かな、なんて言いながら珠喇が扉まで歩み寄りそっと開ける。
「おかえり会長」
しかしそこに居たのは、知らない男だった。
え、と珠喇が声を漏らすと同時に後ろで竜也と香偲がそれぞれ構える。
見たことも無い男だった。教員では無いように見える。
銀髪にエメラルドグリーンの瞳。すらっと背の高いその男は優しそうにニコリと笑みを浮かべた。
「突然すまないね。ちょっとお話いいかな」
少し低いが優しい声色。
よく見ると、その後ろには猫耳の付いたパーカーのフードを被った眼鏡の女子も居た。
「誰だテメェ」
香偲が構えながらそう聞くと、男は少し考えて「そうだね」と小さく頷く。
「確かにこれじゃあまりにも怪しい。君達が安全なのも調査済みだし、自己紹介しても問題なさそうだね」
調査されてたのか、と竜也は少し驚きつつそれを眺めた。
殺気は……無い。見る限り武器も持っていない。隠しているとしても小さいものだろう。香偲が居ればなんとかなる。それに、俺も何とか……。
そう考えていると男は「安心してくれ」と笑顔で呟いた。
「僕は修羅(しゅら)。大体分かるだろうけど、修羅組のリーダーだよ。後ろの子は同じく修羅組、理恵(りえ)」
「どーも。よろしく〜」
女子、理恵は修羅と違ってどこか気だるげで緩そうな雰囲気だ。
香偲は、芸能人にでも会ったかのように呆気にとられている珠喇の手を引っ張り引き寄せると、修羅をじっと見詰める。
「だとしたらテメェの能力は「何でも使える」んだろ。いくら平和的グループだとはいえ流石に警戒するぜ」
「はは、流石生徒会の情報屋だね。何でもって、そんなこともないんだけどなあ。……とりあえず、落ち着いて話さないかい?」
そして修羅は目を伏せ、僅かに眉を下げた。
「……君たちに頼みがあるんだ」
「────し、修羅組……ですか?本当に……?」
にわかには信じがたい様子で、シエは目をぱちくりと瞬かせる。
「ああ。そうだよ」と修羅は笑った。
修羅組は、メンバーの名前こそ分かってはいるが写真などが無く顔は分かっていなかったらしい。向こうの情報屋が隠しているのだろうと、香偲が言っていた。
早速だけど、と修羅が話を切り出す。
「君たちに頼みたい事というのは、例の事なんだけど……君なら知っているだろう」
そう香偲に顔を向けると、香偲は「そうだな」と頷いた。
「改めて説明すると、最近うちのメンバー何人かが暴走するという事があったんだ。時期もバラバラで原因も分かっていない。今は数名を残して解散してるんだけど、なぜかそれからは何も起こっていない。その調査を手伝って欲しい」
「調査……ですか」
「俺たちに出来るのか」
順が眉を顰めてそう問いかける。未だ警戒しているようだ。まあそりゃそうだろう。
戦力的にも知識的にも修羅組の方が上回ってるというのに、全く無名の自分たちに頼んでくるとは何か考えがあるに違いない。と生徒会全員が思っている事だろう。
修羅は少し悩んだ後、苦笑いを浮かべる。
「今は猫の手も借りたい。それに、君たちを選んだのは実力や情報収集力にある」
「実力…?」
「そう。君たちには伸び代があると見た。全て悪くない能力なのに、君たちは使いこなしていない」
その言葉に生徒会がどよめいた。
使いこなしていない?それはどういう事なのか。
ちゃんと使えているはずだが。
その疑問に答えるように、修羅は真剣な顔で続ける。
「例えば分かりやすいのが君だ、林理央」
「えっ?」
「空を飛ぶ……シンプルなようだが、よく考えてみてほしい。「どうやって」飛んでいると思う?」
「それは……不思議な力?とか、じゃねえの?」
「その場合もあるかもしれないが、恐らく君は違う。……だけど、それに気付くのは自分の方がいいね」
とりあえず、と改めて生徒会を見渡すように顔を向けた。
「分かるかな。大袈裟かもしれないけど、君たちはまだ本来の能力を使えていない。その欠片を使っているだけだ。勿論全員ではないだろう。ちゃんと使いこなしている人も居ると思う。だがそれはやってみなければ分からない。その手伝いをするから、どうか手伝って欲しい」
「あと、情報収集力は分かるでしょ?あんたよ、朋以香偲」
ニコリ、と笑顔を浮かべて修羅に続く理恵。その笑顔はどこか含んでいるものを感じて、香偲はただじっとそれを見ていた。
「それに、無名の割にあんた達は器用に動いてる。戦闘も少なからずしてるでしょ?その上信頼出来る……と修羅は考えた。だから選んだのよ」
だからお願い、と何処か縋るように見つめる理恵。
その眼差しはどこか悲しそうで、しかし真剣そのものに見えた。
「……わかりました」
「会長!?」
「こういう時はお互い様です。それに、困っている人を放っておけません」
修羅は少し目を見張った後。嬉しそうに何度も頷いて「ありがとう」と呟く。
「でも、条件があります」
「条件?もちろん、受けよう」
「ありがとうございます。まず、こちらにも情報を開示してください。修羅組は能力者グループの中でも一、二を争う情報量だと聞きます。でも私達は調べる限界がありました。なので、その開示を要求します」
「……抜け目ないね。もちろんそうするとも」
「次に、私達に能力の使い方、戦い方を教えてください。これは考えずともそちらの方が上だと思ってますので、これからのためにも学びたいのです」
「うん、それも分かった」
「そして最後。これはもしもの話ですが……戦闘が起きたとして、その戦闘があまりに危険だと判断した場合。申し訳ないですがそこから先の協力は出来ません。これはまだ私達が未熟な中、勝算がないと判断しているからです」
修羅は眉を顰めて口角を上げる。
子供だと思って正直なめていたが、どうも少しは頭が回るらしい。
だがどれも無理なことでは無い。むしろ当たり前だと思う。
ならば悩むことは無い。
「ああ、全て受ける。当然の事だからね」
「ありがとうございます」
ほっとしたように表情を緩ませるシエ。
竜也はそれを見て、あまりこういう事に慣れていないんだなと思う反面、その割にはしっかりと喋っていたと感心した。
流石、生徒会長……リーダーなだけある。
「では交渉は成立だ」
「はい」
「近い内、こちらの残りのメンバーも連れてこよう。きっと、頼りになると思う」
修羅と理恵は立ち上がって、扉へと向かう。
そして修羅は足を止めて振り返ると、ニコリと笑顔を浮かべた。
「本当にありがとう。助かるよ」
扉がカラカラ、とゆっくり閉まった。
「……き」
「き?」
「緊張したぁああ」
シエは緊張から開放されたようにへたりと地面に座り込んだ。
まだ早い鼓動を落ち着かせるように胸に手を当て、手を握りしめる。
修羅は、自分たちを見極めていたと思う。
そりゃ、こちらが言わずとも少なからず情報を開示しなければならなかっただろうし、仲間の命を預ける事にすらなるかもしれないのだ。
とても、慎重な人だった。
それに応えるように、認めて貰えるように振る舞うのは慣れなくて、それはそれは緊張した。
しかし自分に出来ることがあれば協力したかった。放ってはおけなかったのだ。
だが。
「すみません……皆さんを巻き込んでしまいました」
申し訳なさそうに眉を下げるシエに、心配するように隣で片膝を着いている順は、ゆっくりと首を振る。
「いえ。会長の言う通り、放っておけません。正しい判断だったと」
「いいんじゃねェの?情報は欲しかったしなァ。それに、媚び売っとくのも大事だ」
「性格悪いよ香偲。でもとにかく、大丈夫だよ会長」
残りの愛や理央、アヤカも笑顔で頷いている。
それにホッとしたシエは表情を緩ませた。
「ありがとうございます……。竜也さんも、早速巻き込んでしまいましたね」
「いいよ。俺は」
小さく頷き、気にしないでと微笑む竜也。
怖くないと言えば嘘にはなるかもしれないが、実際情報などは欲しかった。
なにしろ、能力というのは謎が多い。
まず、能力が発生する原因が分からない。
そりゃただでさえ不思議な力なのだから、なんとなく奇跡的に、という可能性はあると思う。
他にも、
いつから存在するのか。
日本人だけなのか。
なぜ治る体質、治らない体質があるのか。
なぜ暴走してしまうのか。
なぜ本人から生まれたはずなのに、体に合わないものがあるのか。
まあ考え出したらキリがない。
自分が知らないだけのことも多いだろう。香偲に聞けば分かるのかもしれない。
しかし生徒会も知りたいことがあるというのは気になる。
情報屋の香偲でさえ知らないことがあるのか。
組織は何も教えてくれないのか。
まず、知らなければ。
あのためにも。
────目を開けると、そこはあの殺風景な深海のような場所だった。
久しぶりだな、なんて思っているとあの黒い影がゆっくりと近付いてくる。
「……辰也?」
思わず恐る恐る問いかけた。
これが辰也だとしたら。あの子供は、子供の辰也は一体何者なのか。二人も居るのか?
────あぁ、そうだよ。
「じゃあ、あの子供は何?あれも辰也なの?」
────……そうだよ。
少し間があることは引っかかったものの、それよりも二人も辰也が居ることに驚いた。かれこれ十年と少しの付き合いになるが、そんな真実が出てくるとは。
しかし今日は見渡しても子供の辰也は見えない。
────今日は居ないよ。
「……俺の事、呼んだ?」
────あぁ。話があって。
「話って?」
────生徒会の事だけれど。
体が強ばった。
辰也には幼い頃から「人と関わってはダメだ」と教えられてきた。なのにそれを破ったのだ。怒られても仕方ない。
だが、それだけで済むといいのだが。
────関わっても大丈夫なようだ。
「……え?」
思わず呆気にとられる。急に掌を返すように認めてくるとは思わなかった。
どういう風の吹き回しなのか。
「なんで急に?」
────冷静になって考えてみたんだ。彼らに関わることで竜也の身が、竜也の周りの人間が安全ならその方がいいだろうと。よく考えれば、当たり前のことなんだけれど。
「……そっか」
認められることはありがたい。ずっと一緒に居たのに喧嘩のようなものをしたままというのは気分が悪かったから。なんとなく、認めて欲しかったし。
「分かった。ありがとう、辰也」
────いいんだよ。楽しくなるといいね。
「うん」
微笑んで、また目を閉じる。
そろそろ起きる時間だ。目を覚まさないと。
今日は修羅組が来る日で、お互いの情報を開示したり戦闘訓練をする。
きっと凄く疲れるから、覚悟して挑まないと。
そしてその帰りにヒロに会いに行こう。
ずっと申し訳なくて会えなかったけど、佑馬も連れてまた三人で話したい。
……ずっと隠し事をするのは心苦しいけど、それが二人のためだ。
意識が浮いていくのを感じて、ゆっくりと光へ手を伸ばした。
黒い影が、ひとつの椅子を見つめる。
先程まで座っていた竜也の痕跡をなぞるように、その椅子をふわりと包み込んだ。
────……そう、その調子だ竜也。そのまま、あの修羅組に深く関わっていけば……。
影が、ニヤリと笑ったように揺らぐ。
────俺らの願いに近付いていくんだよ。
そして上へと影を伸ばす。光に手を伸ばすように。
────ああ……楽しみだね。
喜劇の、始まりだ。
翌日。生徒会室にやってきた修羅組は、あの修羅と理恵だけだった。
話が違う、とシエは責めることなく心配そうな面持ちで問いかける。
「ああ、すまない。忙しかったんだ。どうしても」
ニコリ、と笑う修羅。しかし生徒会は、今日の修羅にどこかに違和感があるように感じた。
そしてその違和感は隣の理恵も一緒だった。
「さあ、早速始めよう。研究員を抹殺するための作戦を」
生徒会室が静まり返る。なんだ、何を言っている?
「修羅……さん?」
「ああ、言ってなかったか。実はね、能力を研究している研究所が、未だにいくつかひっそりと存在しているらしいんだ。そいつらは敵だよ、抹殺するべきだ」
「抹殺、って……」
「だってアイツらのせいで能力を持たせられたんだから」
持たせられた?いやそんな筈ない。能力は生まれつき持っている筈だ。
修羅はシエがなにか言おうとしているのを遮って、貼り付けたような笑顔で続ける。
「五歳の頃の予防接種。そこで能力の種を埋め込まれた。そしてその内それが開花し、晴れて超能力者となったんだ」
「あの、一体何を」
「おかしいと思わないか?体に見合わない能力を持っている人間が何人もいる。生徒会でも山口愛、静川珠喇。君たちは暴走体質、または体に異変が起きただろう」
「確かに、そうですが……」
「とりあえず、研究所で研究員たちが能力を研究して生み出していたんだよ。僕らの悲劇の、元凶だ」
恨めしいだろう?と修羅が不気味に口角を吊り上げて首を傾げる。
生徒会全員が確信した。修羅や理恵にも異変が起きていると。
そうなると。ここに他のメンバーが居ないのは、まさか。
「他の方に何をしたんですか」
思わず、恐怖や怒りで声を震わせてシエが問いかける。
修羅はヒヒヒ、と不気味な声で笑った。
「大丈夫。殺してはいないさ」
「話が通じなかったの。仕方ないわよ」
理恵も不自然な笑顔で続ける。
ダメだ。危険すぎる。どうしよう。皆さんが。
シエの頭をぐるぐると支配していく言葉たち。
どう答えればいい?もし「分かった」と答えればどうなる?「無理だ」と答えたらどうなるのか。
きっと、後者は何かをされてしまう。何かで黙らせてくるだろう。
かといって前者が正しいとは思えない。冗談でも、偽りでも殺人に同意するのは嫌だ。それに、そちらでも何もされないと言う確信は無いのだ。
なにしろ、修羅の能力は「体力を消費すれば何でも使える」といわれるもの。洗脳させられたら終わる。殺ってしまう、人を。
シエの呼吸が徐々に荒くなっていく。
修羅や理恵もおかしくなる可能性があったと、なぜ気付かなかった。なぜ引き受けてしまった。
そのせいで、皆を危険な目に。
ふと、竜也の手がシエの肩を掴んだ。
大丈夫。と小さく口が動く。
「断るよ、修羅」
「……なに」
「そんな事協力出来ない。俺たちは攻撃しない」
「恨めしくないのか?アイツらのせいで呪いまで付けられて、こんなに苦しんでいるのに」
「今更何したって能力は消えない。意味が無いんだよ。修羅、正気に戻ってくれ」
「……正、気」
一瞬、その言葉に反応するように修羅の瞳孔が開いた。
パクパク、と修羅の口が音を紡ごうと動く。
「……て」
「え?」
「逃げ……て……!」
その瞬間、ソファの目の前にある机が真っ二つに割れ、倒れた。
竜也は目を見開いてそれを見ると、鋭い刃物で切られたような跡が見える。
「う、あ……!」
修羅が心臓を押さえて苦しむように声を漏らし始めた。
それに反応するように次は一枚の窓ガラスがガシャン、と音を立てて崩れる。
まずい、と順が口を動かした。
「逃げるぞ!」
「でも、修羅さんが!」
「自分たちの身が一番大事です!」
順がシエの肩を掴む。そして悲しそうに、どこか苦しそうに眉を下げた。
「……頼む」
悲願するようなその視線にシエは、え、と呟く。
すると、その二人を引き裂くように突如間に剣が通った。鋭いその刃で、シエの腕が切れる。
「──会長!」
順が動揺していると、理央がすかさずそのシエを抱き上げた。そしてそのまま窓へと走っていく。
その考えを察し、香偲が先の窓を開けた。
「会長逃がしてくる!」
「えっ、理央さん」
「俺らは大丈夫だから、会長」
理央が笑顔でそう言うと、シエは唇を固く結んでゆっくりと頷く。
そのまま理央は窓から飛び出すと、空中で留まり振り返る。
「すぐ戻る!」
そして二人は、どこかへと飛んで行った。
順は改めて修羅に顔を向け、構える。
もう正気ではなくなっている。とりあえず殴って気絶させるのが良いだろう。だが、当たり前に大人しくはさせてくれない訳で。
「山口!」
「えぇ、任せて!」
愛は胸の前で手を握る。指を絡ませて、祈るように。
すると愛のその手から光が溢れ出した。
「修羅、『動かないで』」
その声に修羅の動きがビタリと止まる。無理矢理動かそうと指先を僅かに動かすが、動けないようだった。
能力には「発動条件」というものがある。能力を使うためのキッカケだ。
例えば愛。彼女は祈るように手を握ることで能力を発動させることが出来る。
そのように、能力を使うには何かしらアクションが必要なのだ。
だが見ていると修羅はそれをしていない。それさえ止める事が出来たなら、能力の攻撃も防げるのだが。
やはり気絶させた方が早い。と順はその拳を握るとその手から紫の光が溢れる。そして筋肉が一気に成長したように血管が浮いていく。
「少し痛いが我慢しろ」
「うぁ…ア……!」
修羅が、ぎり、と口を閉じて歯をくいしばる。
その行動に咄嗟に構えようとした順だが、突然吹き飛ばされてしまう。そして壁に叩き付けられると、苦しそうに息を吐き出した。
「有加崎くん!?」
その声を聞いて、動揺した愛の手が解かれてしまう。
修羅はその隙を逃さず、自分の指を噛む。
「邪魔するなら……殺、す……!」
香偲が前に立ち、両手を前へ突き出した。
その手を中心にドーム状の半透明な防御が展開され、飛ばされる窓ガラスの破片を防ぐ。
「痛み、かもしれない!発動条件……!」
珠喇がそう声を上げると、香偲も「そうかもな……!」と苦しそうに返した。
「香偲、大丈夫!?」
「あぁ!まだ耐えられる!だがこれ以上は分からねェ……!」
「っどうすれば……!」
そういえば、と理恵に顔を向ける。
先程から攻撃してくるのは修羅ばかりで、理恵はよく見ると立ち尽くしていた。
その目は動揺しているように揺らいでいる。
「理恵!」
珠喇がそう呼びかけると、理恵はビクリと肩を跳ねさせて顔を向けた。
「修羅を止められるのは仲間しかいないんじゃないの!俺らも協力はするけど……!」
「わ、わかんないの、なにも!頭の中がぐちゃぐちゃで……今にも、気が狂いそうで……!」
珠喇は舌打ちを零す。理恵も思っていたより侵食されているようだ。あまり動揺させるのもよくないだろう。
どうする、と珠喇は唇を噛み締めた。
ふと、竜也がその隣に並ぶ。
「竜也……?」
「……任せて」
そう言って竜也が修羅へと手を伸ばす。そして集中するように見つめると、突然修羅の体が壁に叩きつけられた。珠喇が呆気にとられたように竜也を見つめる。
修羅は抵抗するように少し体を動かした後、がくりとその頭を力なく垂れさせた。
「な……」
全員が見つめる先で、竜也は目を伏せている。
大鎌出すだけじゃ無かったのか。そんな、事まで。どういう能力なのか。
「お前は……一体……」
香偲が漏らしたように呟く。竜也はそれに反応するように横目で見たあと、また目を伏せた。
「よく分からないんだよね。だから、暴走してしまう。能力に、振り回されてるような……そんな感じ」
ずっと口を開けて見ていた理恵がハッと我に返る。
修羅に駆け寄り、心配そうに見つめた。壁に叩きつけられた割には、頭に外傷もないようだ。それに、そこまで勢いも強くなかったように思う。
とりあえずは大丈夫だが、念の為医者に診せたい。
「とりあえず、ありがとう。助かったわ」
「理恵は大丈夫?」
「今はね。またいつ、どうなるのか……」
恐れるように肩を震わせる。自分の行動、言動、思考が分からなくなる。まるでグチャグチャに掻き乱されるように、何もかもが分からなくなってしまう。
怖い。これからどうなるのか。
「理恵ちゃん」
そう呼ばれて、ゆっくりと振り返る。
アヤカは少し見つめたあと、ニコリと笑顔を浮かべた。
「私たちも居るよ!きっと大丈夫!」
その言葉に、理恵の目から涙が零れる。
ごめん、ごめんね。そう言いながら嗚咽を漏らす様子に、アヤカは眉を下げて見つめていた。
「……どうにか、するから」
自分にも言い聞かせるように吐かれた言葉。
だがこの場にいる生徒会全員、同じ気持ちだった。
このまま放っておけない。放っておいたら、どうなるか分からない。
理恵はなんとか涙を拭うと、「とりあえず帰らなきゃ」と携帯を取り出した。
「帰って大丈夫?」
愛が心配そうに声を上げるが、理恵は笑ってみせる。
その表情はどこか無理をしているように見えた。
「大丈夫大丈夫。あと三人はまだ何もなってないし、とりあえずはなんとかなるわよ」
そのままどこかに連絡を入れると、改めて生徒会に向き直る。
「ありがとね。……また、何かあったらお願い」
座って修羅を抱えると、パッとその場から消えた。
「テレポート……?」
アヤカがそう呟くと、かもなと香偲が頷く。
そして緊張から解放されたように、全員が肩の力を抜いた。
あ、と思い出したように香偲が順に歩み寄る。
「おい順、大丈夫かよ」
「ん……あぁ、なんとかな」
「まあ一応保健室行こうぜ。ほらよ」
香偲は順を支えるように立ち上がると、二人でゆっくりと歩いていき生徒会室を後にした。
残ったアヤカが大きなため息を吐き出す。
「びっっっくりしたぁあ」
「みんな大丈夫?……って、大丈夫じゃないわね」
愛が眉を下げていると、珠喇は「大きな怪我はないよ」とその背を擦った。
愛はどこか申し訳なさそうに、顔を逸らす。
何も出来なかった。動揺してしまって、手が震えて、握ることすら出来なかった。
あんな状況初めてとはいえ、唯一動きを止められた筈なのに……。
そう考える愛の表情は暗く、珠喇は同情するように眉を下げる。
「大丈夫だよ、愛。よくやってくれた方だよ」
「そう、かしら……」
「みんな動揺したし、きっと課題だらけだ。そりゃ今まで相手してたのが甘く感じるくらいには殺気も溢れてたし、何がされるか分からない恐怖感も凄かったからね……」
そう言う珠喇の手も、僅かに震えていた。
自分たちがとうとう足を踏み入れた、今までとは違う能力者の世界。きっとそのど真ん中に近付いてしまった。
だがとりあえず、今は目の前のことをやるしかない。
修羅組を何とか助ける。あちらのメンバーにも協力してもらえば何とかなるかもしれないが……。
「なにしろ、原因が分からないね……。それに、修羅が言っていたことは本当なのかな」
能力は研究から生み出され、そして故意にその種を投与された。そうして自分たちは、呪いすら受けてしまった。
なんのために。どうして俺らが。
その考えが、頭を駆け巡っていた。
竜也は窓の外を見つめ、眉を顰める。そして歩み寄ると、割れた破片に触れた。
チクリ、と竜也の指先を切った破片。竜也はその血を見つめると、目を伏せる。
俺は、どうすべきなのかな。
「……これで、いいんだよね?」
誰かに問いかけるがその言葉は空気に熔け、心地よい風だけが竜也の髪を揺らした。
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