【LOT・修羅組編】第四章 八つの苦悩
爽やかな風が入る生徒会室。
最初に来た誰かが必ず開けてくれているおかげで、朝は生徒会室が気持ちいい。
とはいえもう七月。昼になるにつれあっという間に暑くなるのでさっさと窓を閉め、躊躇なくクーラーをつけた。
無理だ。あの七月とは思えない暑さに襲われてしまうので対策は大事だろう。……と言いつつ暑さに耐えたくないだけだったりもする。
シエはいつも通り書類に目を通しながら、しかし頭では別の事を考えてしまっていた。そのせいで全く集中が出来ない。
これではいけない、とシエが顔を上げて小さく深呼吸し、心を落ち着かせる。
修羅組と接触してから感じていた、能力の未熟さ。
修羅はどうやら年上だし力の差や知識の差があるのはまだ頷ける。しかし、それだけではないだろう。
きっと修羅組自体が鍛えられている筈だ。能力においても、知識においても、勝てる気がしない。
自分たちは能力の事をよく分かっていないのか。まだ、そんなものだったのか。
だから、動揺して連携が乱れる。
妖怪を相手にしてすっかり満足していた。でも、そうじゃなかった。
改めて、鍛えなければ。そういえば今まできちんと鍛えたことは無かった。情報に関しても、自分たちの経験上や海豚から聞く程度だ。
こんなものじゃ、通用しない。
自分たちが踏み込んだ世界とはそういう世界だ。危険な、呪いの子たちの世界。
考えの違いや能力による事件や争いがあるのは知っていた。しかし、まさかこんな事になろうとは。
後悔はしていないが焦りは感じていた。このままでは、危険だ。
「……鍛え、ないと……」
シエは一人ぽつりと呟いて、詰まっていた息を吐いた。
しかしどうやって鍛えるのか。誰がその術を知っている?
組織にも頼れないだろう。しかし自分たちには能力に詳しい知り合いがいる訳では無い。
どうすればいい?
「……とりあえず、出来ることをやるしかないよね……」
今は、それしかないのだから。
「───ということで、ペアを組んでそれぞれ能力の使い方を鍛えようと思います」
「突然だな、って言うところなんだろうが……そうだな」
海豚が後ろ向けに座っている椅子の背に頬杖をついてため息混じりに呟いた。
揃っているメンバーも、それに関しては感じていたようだ。それぞれ小さく頷いたりと同意してくれている。
「でもガムシャラに鍛える感じでいいのか?」
理央が不思議そうに首を横に傾けた。たしかに、と隣に座るアヤカも頷いている。
「私が調べたいところだけど、詳しく知ってそうな修羅のモノも何も無いから調べることすら出来ないし……」
そもそも能力、アクセスが使えないのなら調べるというのは難しい。海豚が調べてくれたこともあったが、ロクに知ることは出来なかった。
シエは小さく首を横に振ってそれを否定する。
「それぞれが使い慣れていないのもあると思うんです。もちろん戦うために本格的に鍛えたことは無いので……妖怪にも、突然の事でそこまで鍛えることも出来なかったですし」
各々思うままに戦っていたのが現状だ。基礎も知識も何も無い、ただ力任せな戦い方。そんな中で連携など取れるはずもないのだ。取れたとしても、ああしてすぐ崩される。
なので、とシエは続けた。
「とりあえず自分の能力を、改めてはっきりと認識することが大切だと思うんです。そうすればなにか見えてくるかも……」
曖昧な言葉にシエ自身が不安そうに目を伏せる。
本当に、こんな事でいいのだろうか?しかし、たしかに今やるべき事ではあるはずだ。……でも。
すみません、頼りなくて。
そう小さく呟くと、ふと頭に温もりを感じる。反射的に見上げた先には理央が。どうやら、頭に手を置かれているらしい。
シエの瞳が小さく揺れる。
「だいじょーぶだって!前にも言ったじゃん、生徒会長だからって抱え込みすぎんなって」
そのまま髪を優しく撫でて、理央は微笑んだ。
「俺らならなんとかなるよ。いや、なんとかする!」
「勢いでどうにかなればいいがな」
「あっ!てめ、順!冷めること言うなって!」
ツンとそっぽを向く順に突っかかる理央を、シエは呆気に取られたまま見つめる。
まるで兄弟のように喧嘩をする二人を見ていたら、なんとかなる、と不思議に思えてしまう。
もう自分たちを信じるしかない。やるしか、ない。
「……で、どう分かれるの?あみだとかでやる訳にもいかないでしょ」
呆れたようにため息を吐きだして、二人を無視するように顔を背けた珠喇はシエに向かって小さく首を傾げる。
「ええ。そこは能力の相性も見た方がいいかと。あえて苦手な能力と組むことで、なにかヒントを得られるかもしれません」
「じゃ、皆で考えっか」
海豚の言葉を合図に、真ん中のテーブルに生徒会が集まった。
竜也はなんだか擽ったかった。協力とか、共闘とか。特訓や訓練という言葉は嫌いなはずなのに、なぜ今はこんなにも楽しいのか。
みんなが居るからかな。
不思議と、今はそう思えた。
「───と、いうことで」
三十分ほど経った頃、ようやく組み合わせを決めることが出来た。
「防御使い」の海豚と「怪力」の順、「刃を操る」珠喇と「祈りで戦う」愛、そして「空を飛べる」理央と、「謎の能力持ち」の竜也だ。
アヤカ、シエは戦闘向きでは無いため出来る限りの情報整理や作戦を立てることになった。
それぞれ組むことになった相手を見て戦い方でも考えているのだろう。生徒会室はいつになく真剣な雰囲気に包まれている。
竜也もそれにならうように自分のペア、理央に目を向けた。
身長は自分より低い。百七十センチ……か?細身だけど、筋肉はそれなりにありそう。
青髪に前髪の一部が黒。どちらが地毛なんだ?それとも両方染めてる?
それに、顔はよく見なくても整っている方だろう。「生徒会でさえなければ」という言葉は、案外生徒会全員の噂につきものだ。
そういう意味では美男美女(は、言い過ぎだが)揃いなのか?
って、違う違う。そういう観察じゃない。
竜也は自分にツッコミを入れて頬をぱちんと両手で叩いた。
「どした?竜也」
心配……というよりは若干引いた様子な気はするが。とにかく、そう言いながら理央が顔を覗いてくる。
「ううん、何も」
「何もないようには見えねぇけど……まいっか」
理央の明るい性格も、この、そっと距離をとってくれる……この感じも、どことなく親友の佑馬に似ている。
だからだろうか?ムカつく出会い方だったはずなのに、今ではすっかり打ち解けてしまっている。
まあ二人とも良い奴には変わりないのだから、いいか。
……楽観的なところが、佑馬に似てきた気がする。
「りゅーやっ!」
「わ、びっくりした」
思い切り肩を掴まれたせいで大袈裟なまでに体を跳ねさせて驚いてしまった。
こいつ、と恥ずかしさから苛立ちを隠せずに睨んでいるが、理央は楽しそうに笑っている。「まーまー」なんて犯人であるにも関わらず、なだめながら。
「ぼーっとしてたぜ、ほんとに大丈夫か?」
「あー……ごめん、つい、クセで」
「ふーん。そかそか」
理央はまたも無理に聞くことなくそう頷いている。
そして切り替えるようにニッと笑ってみせると。
「とりあえず、特訓だな!」
と肩をバシバシ叩いてきた。
ああ痛い。とても痛い。佑馬はここまで、痛くはなかったな。
下校時間では無いが、竜也と理央は早速ある場所に向かっていた。知る人ぞ知る、穴場の公園があるのだ。そこなら、この時間ということもあり人目を気にせず特訓出来るのでは無いだろうか。というのが、理央の考えだ。
着いた公園は、昔からあるような少し寂れた場所になっていた。
人など誰もいない。というより、最近誰かが来たのか?と思うほどこの公園だけ時が止まっているようだ。
理央は古いベンチに荷物を置くと、体を解すように組んだ両手を上に伸ばした。
さてと。と竜也の方を振り返る。
「やるか!……つっても、まずはお前の能力を知る所からだよな……俺は単純に空飛べるだけだし」
うーむ、と困ったように首を捻る理央。たしかに竜也の能力は定められないほど色んなことが出来ていた。
大鎌を出して戦うのかと思えば、風を操ったのか修羅を吹き飛ばすことが出来たり……。
能力は一人一つ。二つ持つことは出来ない。それなのに竜也の能力はひとつだとは考えられないのだ。
例として、祈る限り大抵の事はできる愛や、今のところなんでも出来るとされている修羅は存在するが、まさか竜也もその類なのか?
しかし、本人もよく分からない能力だという。
本人さえわからなければ、周りが分かるはずもない。
竜也自身、暴走しやすい体質なのは知っている。だからこそ、深くは聞けない。
だが知らない限りは特訓のしようがない……。
理央は意を決したように顔を上げ、竜也を見つめた。
「お前自身、本当に何も分からないのか?」
分かろうと、知ろうとしていないだけでは無いのか。
そう言わんとばかりな言葉に竜也は少し瞳を揺らして、そして俯いてしまった。
「……分からないんだよ、本当に。でも……たしかに、知ろうとはしなかった」
竜也の拳に、ゆっくりと力が入る。
「自分が化け物だなんて証拠、探したくない」
震える拳を見て理央は小さく息を吐いた。
それは確かに、その通りなのだろう。知れば知るほど、人間ではないという確信が生まれていくのだから。
しかし。
「逃げてちゃ、変われねえぞ」
優しい言葉に竜也がゆっくりと顔を上げる。
その顔は、とても不安そうで。
「そのままじゃ良くなんてならねえ。悪くなる可能性だってある。それで、いいのか?」
「よく、ない」
すぐに返ってきた返事に、理央は大きく頷いた。
「なら、辛いだろうが頑張ろうぜ。一人じゃねえよ」
な、とニッと歯を見せて笑う理央。
釣られたように竜也も頬を緩ませると、うん、と静かに頷く。
そして静かに口を開いた。
「俺の、能力は……発動条件も分からないんだ」
「え?何もせずに出来んのか?」
「うん。理央は?どんな条件なの」
「俺はだな……」
ふわ、と理央の体が地面から離れ、浮いていく。
竜也の目線の少し上まで浮き上がると、理央は言葉を続けた。
「体の力を抜くんだよ。無駄な力を入れずに、風に身を任せるんだ。風に乗るっつうのかな?んじゃ、こうやって飛べる」
そういって、理央は竜也の周りを飛んでみせた。重力など感じさせないほどふわりと飛んでいる。
しかしこれで使いこなせていないとは。
「まだ何か出来る、って言ってたよね……」
「ああ、修羅か」
そうだな、と理央は地面に降り立つと腕を組み、考えるように小さく唸り始めた。
「空を飛ぶ……しか出来ないと思ってたけど……一体、他に何が出来るんだ?」
ふと、理央の表情が曇る。なにかを、悲観するように。
だがすぐにパッと笑顔に戻ると小さく笑ってみせた。
「はは、ほんと使えねえよな俺。なんだよ空飛ぶって……」
笑顔のまま伏せられた目はどこか悲しそうで。
そして振り絞ったようなか細い声で、言葉を続けた。
「……なんの役にも、立たねえじゃん」
竜也は胸が締め付けられるのを感じた。気持ちなど分かるはずもないが、その声があまりにも苦しそうで悲しそうで……。
どんな言葉をかければいいのか分からない。いや、自分などがかけた言葉などさらに苦しめる可能性だってある。
でも。きっと生徒会のメンバーは。
「会長逃がしたり敵を追ったり、十分役に立ってるよ理央は。……きっと、生徒会ならそう思ってる」
理央は口をキュッと結んで眉をひそめた。
そして緩んだようにへらりと笑って、そうかなあ、と小さく呟く。
今まで、ずっとそれを抱えてきたのだろうか。
竜也にその気持ちを分かる事は出来ないのだが、それでも一人で抱える苦しさはわかる。……俺は、そんな苦しみから逃げたのだから。
それを俺なんかに零してくれるなんて、と竜也はこの場に似つかず嬉しくなってしまった。
こんな明るい理央でも悩むんだな。
当たり前のことを思って、竜也は理央の肩に触れる。
理央は目元を手の甲で拭うと、よし!と先程とは打って変わって明るい声を上げた。
「特訓すりゃなにか見えてくるかもしれねえもんな!とりあえずやるか!」
「そうだね」
釣られたように、竜也も笑って頷く。
……俺もちゃんと戦力の一員になる。その、覚悟をしなければ。
「ぐっ……!」
男とはいえたった一人の拳なのに、こんなにも重い。
以前出会った妖怪の猫よりも重い。強く、なってる。
順の拳を正面から受けながら海豚はそう感じた。
何発もパンチを食らっているわけではない。ただ一度殴られて、その拳を押し付けられているだけだ。なのにどんどん、防御ごと体を押されてしまう。
なんだこいつ、いつの間にこんなに。
油断してしまったのか、海豚は防御ごと後ろへと投げ飛ばされた。
ずっと込め続けられた力のせいでかなりの飛距離だった気がする。
痛む腰を押さえて、目の前まで歩み寄る順を見上げた。
「てめ、前より強くなってんじゃねェか」
「当たり前だろ。お前とは違って毎日鍛えてる」
オレのは鍛えるも何も、メンタルの問題なんだよな。
そう言いたい気持ちを抑えて海豚はため息を吐き出した。
海豚の力は彼のメンタルに影響される。強く保てば保つほど強固な防御になり、隙が生まれれば脆くなる。
強いて言うならメンタルを鍛える事で強くはなれるのだが。
「オレそんなヘタレじゃねェんだけど……」
「よく静川に「ヘタレ」って言われてるだろ」
「あれは違ェ!……たぶん」
曖昧な言葉でもごもごと口を動かす海豚に、順は静かに語りかける。
「……恐れて、いるんじゃないか。なにかを」
海豚の肩がぴくりと揺れる。
順はそれを確認して、しゃがみ込むとその顔をジッと見つめた。
何も分からないが、かすかに感じていた違和感。
たまに見る何かを悲観したような表情に、会話から一歩引くような時もあった。
臆病なのは珠喇から聞いていた順だが、それが妙に分かってしまったのだ。
海豚は顔を上げると面白がるようにニヤリと口角を上げる。
「なんだそれ。ンなワケねェだろ」
「じゃあ元からヘタレ、ってことか。だからそんなに弱い」
海豚の手が順の胸ぐらを掴んで引き寄せる。その表情には怒りが込められていた。
「ふざけんな。テメェになにがわかる」
「分かるはずないだろ。お前が何も言わないなら」
自身の胸ぐらを握るその手を掴んで順は説得するように静かに見つめる。
「何かあるなら言え。そうでなければ出来ることも、出来ない」
「……ハッ。テメェらしくねェな。また会長のためか?なにと重ねてるか知らねェが」
その言葉を言い切るより前に順の拳が海豚の頬へとめり込む。
———が、海豚もそれを分かっていたのか防御で対抗した。
先程より順の拳が弱いのは、動揺しているからだろうか。
瞳を小さく揺らしながら順は海豚を睨み付けている。
何を動揺しているのか、とそれを見て海豚は小さく笑った。
「テメェの心配をした方がいいんじゃねェのか?」
「お前……なにを、知っている……!」
「なにも知らねェよ、何かと重ねてること以外はな。そんくらい見てりゃわかる」
順の拳は瞳と同様、小さく震えている。
何があったのかは知らないが、迷いがあるのはお互い一緒らしい。
「テメェは会長と何かを重ねて、オレは恐れてる、ってか?笑えねェ。こんなんで強くなれンのか?」
それは自身への指摘のようでもあった。
順もそれに何も答えられない。
「こりゃ、戦闘能力以外から鍛えねェとな……」
恐れてなど、いるものか。
海豚は言い聞かせるように心の中でそっと呟いて、嫌味なほど青い空へとため息を吐き出した。
ふわりと浮遊しているはずの刃。
愛にはそれが見えない。視ることが、出来ない。
祈るように胸の前で手を握り、その刃を操ろうと試みる。が、なぜかできなかった。
「ダメね、操れてないでしょう?」
「そうだね」
「きっと、どこにあるか分からないからなんだわ」
人になにかをするのは簡単な方だ。声のする方に居るのだから、それを想像すればいい。逆に言えば位置が分からなければ何も出来ない。
例えば全方向から同じ声がしたなら、定めることが出来ず何も出来ないだろう。
愛の能力は想像したものを明確な対象にしか使えないのだ。
珠喇は困ったように首を捻る。
「てことは、もし武器を投げられてもそれは操れないのか……」
「ええ。武器を持っている人間なら、何とか出来るのだけれど」
少しの沈黙の後。珠喇は何かを思いついたように顔を上げると、愛に向き直った。
「愛が認識出来るなら、武器もどうにか出来るんだよね?」
「そうね、おそらく」
「攻撃するために武器を投げられたらどうしようもないけど、例えば防御出来るものとか武器を愛が作り出せたら……」
「作り、出す?」
そんな事、考えたことすらなかった。
今まで戦闘はサポートに回っていたし、そもそも戦闘の数だって多くはなかったため思い付くきっかけが無かった。
でももし、それが出来るなら。
「一人は無理でも、一緒に戦うことは出来るかもしれないのね?」
「うん。ただ、愛がそれを出来るか。出来たとしても、体力とか気力とかどのくらい削られるかによっては、やめておいた方がいいと思う」
愛は自分の左手に触れる。そして両手を握ると、その手から光が溢れた。
お願い。私も、ちゃんと戦力としてみんなと肩を並べたい。だから。
愛の目の前に、歪な形の黒く分厚い板のようなものが現れる。大きさを見ると、少しの攻撃くらいは防げそうだ。
防御が、想像上のものが出せた。これは大きな一歩だ。
「で、出来てる!出来てるよ愛!なんか出た!」
「な、なんかって、ちゃんと防げそうなもの?」
「うん!頑丈でしっかりと防いでくれそうなやつ!」
興奮しすぎて語彙力が喪失してしまった珠喇だが、とにかく自分の事のように嬉しそうだ。
自分より先に喜ばれては、思わず笑いを零してしまう。
愛の出したものは言い表すのが難しい……とても不思議な物だ。漆黒で作りもあまり見えず、強いて言うなら大きい鉄の塊?
それほど不思議なものなのは、愛が何も見えない故に想像も上手く出来ないからだろう。
それも今後の課題になれそうだが……大きな一歩は踏み出せただろう。
「次は武器ね」
どんどんいきましょう、とまるではしゃいでいるかのように急かす愛。
そして珠喇の返答を待たずに次はぐにゃりと曲がったような全体的に鋭い「なにか」を生み出した。これもまた漆黒だった。
「おお!すごい!またなんか出た!」
「どう?攻撃出来そう?」
「出来る!てか普通のより痛そう」
「それはなによりだわ」
でも。と愛の表情が曇る。
「こんなもの、使わないようにしたいわね」
「……そうだね」
珠喇は自身が生み出し、浮遊している刃に目を向ける。
鋭い刃のみで、傷付けることしか出来ないようなもの。それを生み出し、操ることしか出来ない自分。
まるで死神みたいだ、と心の中でだけ呟いた。
昔からこの能力は何の役にも立たなかった。暴走した時には親を傷付けたことすらあった。
生徒会と出会って戦闘に活かせるようになったが、それも傷付けることしか出来ないのだ。守るためになど、使えない。
しかしこればかりはどうにも出来ない。刃を出して、かまいたちのように鋭く切っていくのが自分の能力なのだから。
「……さて、この調子で鍛えよっか」
まるで子供のように嬉しそうに笑う愛に微笑んで、黒いものをそっと自分の胸にしまいこんだ。
「───う……───ちょう……会長!」
ハッと反射的に顔を上げるシエ。目の前には心配そうにこちらを見ているアヤカがいた。
二人以外が出ていった生徒会室は静まり返っている。
「あ……ごめんなさい、ぼーっとしてて」
「別にいいんだけど……大丈夫?」
「え、あ、大丈夫ですよ」
ふふ、と笑ってみせるシエの表情はどこか不自然で、アヤカは不満そうにムッと口をふくらませる。
「もう!また頼らない気だ!ダメって言ったでしょ!」
「そ、そんなことは……」
「私に嘘つくの!?」
う、とシエは観念したように息を吐いた。
そして申し訳なさそうにちらりとアヤカを一瞥すると、重い口を開く。
「……やっぱり、頼ってばかりなのが……申し訳なくて」
「それを言うなら私だって」
「いえ、アヤカさんは調べてくれてとても助かってます。でも私は……」
何も、出来ない。そう口が動く前に下唇を噛んだ。
悔しそうに眉を顰めて、ごめんなさい、と静かに漏らす。
アヤカはそれを黙って見つめることしか出来なかった。
自分ですら戦闘に協力出来なくて苦しいのに、シエは能力が分からないせいで何も出来ない。
組織が探し当てたのだから間違いなく能力はあるはずだが、今のところ何も見えない。あるとすれば、呪いを軽減させることだ。……まさかそれなのだろうか?
だとすればやはり、戦闘向きではない。苦しむ気持ちは、痛いほどよく分かるのだ。
「あはは、ごめんなさい弱音を……」
「別にいいよ。言ってもらった方が嬉しいもん」
私はどうすることも出来ないけど、聞くことなら出来るから。
「ありがとうございます、アヤカさん」
一人で悩ませたくはない。もう、嫌な未来は見たくないから。
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