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「飽きてから」の話

   9/1、劇団ロロの「飽きてから」という演劇の千秋楽公演を見に行きました。上坂あゆ美さんが作中短歌の提供&演者としてもご出演なさっていて、かつ私自身が大学の演劇サークルで演者として人生初の舞台に出た直後だったので何が何でも見たくて……当日券でギリギリ滑り込みだったにも関わらずお席用意して下さりありがとうございました。各登場人物に対する感想や印象に残った場面、いいな〜と思った演出や全体の感想等について書き残しておければと思います。



〇登場人物について

・三船青(望月綾乃)

   名前が好きすぎる。なんだ三船青って。あまりにもいい響きすぎてちょっと悔しくなってしまった。

  「私の人生は全部が見せ場」と言い切るだけの強さと芯があって、私が感じた限りだと青の描写から卑屈さを感じた箇所がほとんど無い。理想があって、それを叶えるための行動力があって、おそらく比較的恵まれた立場から他人を支える側の人間だな〜と思ったし青本人もそのことには自覚的なんじゃないかなと感じた。ただ、その立場の人間が持つ加害性については良くも悪くもあまり意識してなさそうな気がする。私は己の加害性に自覚的でありたいと思っている面倒臭い人間なので見ててちょっとひやひやする部分もあったんですが、それでもからっとした嫌味っぽくない明るさとか勢いの良さから「三船青」という人間の良さを感じられてすごく良かったです。おそらく主役の立ち位置にあたるのが青で、演者の望月さんが舞台上に出ずっぱりで凄かった。



・川名雪之(亀島一徳)

   名前がよすぎる。なんだゆきゆきって。個人的には青としっぽの中間的な立ち位置のキャラクターだなと感じていて、夢を叶えた経験も挫折を味わった経験も両方抱えてるのが人間味が強くてよかった。別に青が挫折0ってわけでもしっぽが成功体験0ってわけでもないのでニュアンスの話です。伝われ。
 
    基本的には自分の人生にあんまり自信がなくて青と比較すると卑屈(というか青と比較した時点で大抵の人間はそうなる気もする)だけど、他人に対してそういう卑屈な側面を押し付けないところが本当に偉い。ある程度近い距離感の相手に対してはきちんと自己主張出来るのがいいなと思った。いいやつ。

   亀島さんの演技的な部分ではピタゴラスイッチの場面(2019年秋とかだった気がする。しっぽは既に不在、人生と動画の話題のあたり)が凄かった。おそらく仕事が原因で精神面に本格的な不調を来たし始めてる時期で、相槌の覇気の無さとか全ての動作が億劫そうなところとか、見ててちょっと怖くなるぐらいの生々しさがあった。あれを傍でずっと見ていた青は結構キツかったんじゃないかなと思うし、雪之は雪之で青の存在は支えになりつつも同時にちょっとしんどい部分はあったかもなと思う。乗り越えたからこそ2024年時点でまだ一緒に暮らしてるんだろうとは思うけど、描かれなかった細部に思いを馳せると雪之……がんばったねえ……の気持ちになります。幸せになってくれ。



・丸山しっぽ(上坂あゆ美)

   個人的に一番共感出来て、同時に色んなことを考えさせられたのがしっぽ。他の方が観劇後の感想でしっぽについて書く際に「毒親」というワードを使っていて、目にした瞬間はびっくりしたけど実際そういう側面を持つキャラクターだったな、と思う。極端に薄いカルピスとか「毎日ファミレス」という青の発言にやや引いている描写からおそらくあまり裕福な家庭の育ちではなくて、本人もバイトやお金に固執する側面がある一方で「自由に生きたい」「楽しく過ごしたい」という願望が一番強いのもしっぽだったんじゃないかなと感じた。劇中で何度もしっぽが花を持ってるシーンがあって、そのたびに岡本真帆さんの歌集『水上バス浅草行き』に収録されている「花を買う誰かのための花じゃなく私をここに留める花を」という一首を思い出していた。全然関係者じゃないのにお名前出して申し訳ありません。

   3人暮らしを始める時に豆苗を買ってきて「これがあれば生活無限じゃん」って言うところが、いつか来る終わりのことを考えていない真っ直ぐさや眩しさがあってすごいよかった。その豆苗が棚の中に詰められてそれ以上伸びなくなってる姿とか逆に放置されて伸びきってる姿とかが背景のセットにあって、その台詞を聞いてからそのことに気付いて色々考えてしまった。あと後述するけど豆苗と作中の短歌とのリンクも凄くて……よかった……

   漫画に関わる場面が結構全部しんどくて、個人的に私は「青と雪之の立場だったら私も同じことしちゃうんだろうな」という種類のつらさを味わった。良かれと思ってやったことが相手の選択肢を狭めたり過干渉になったりしちゃうのは私自身も何度か経験して、でも相手の根底にあるのが善意だとその感情を向けられた側も凄く困る。しっぽも実際しんどかったんだろうなと思ったし、そのことを5年越しに雪之にきちんと伝えるシーンがめちゃくちゃ良かった。しっぽにとって生活は「今」の連続で、そこに他人の用意した「未来」が介入してくるのは困惑、というか「そんな余裕ないんですけど!!」みたいな気分だったんじゃないかな、と。立場として一番不安定なのがしっぽで、生活どころか名前すら揺らぐ生き様にそういう部分が現れてたのもいいなと思った。人物像としてはかなり重めだけど本人の纏う雰囲気にはどことなくふわっとした軽さがあって、そこもしっぽの魅力だなあと感じました。上坂さん未経験者でこの激ムズ役こなしてるの凄すぎる。



・薔薇丸(鈴木ジェロニモ)

   なんだ薔薇丸って……なんだ薔薇丸って……?!!「各地のチョコザップを渡り歩いて生活している」とか「息子持ちの恋人がいる」とか、なんか一つ一つの情報が異常に強いし本人の空気感が掴めなさすぎて怖い。あと歌がすげ〜〜上手い。物語の本筋に関わってくるわけじゃないけど存在感が凄くて、登場の度に客席から笑いが起きるのがめちゃくちゃ良かった。お客さんが笑ってくれるのって演者側からするとマジで嬉しくて、そういう意味では一番演じてて楽しい役だったんじゃないかなと思う。鈴木ジェロニモさんのことはあまり詳しく存じ上げないんですが、演劇未経験者だとしたらあの生歌唱とか会話のくだりの絶妙な間の取り方は上手すぎると思いました。あと序盤に持ってたプリキュアのステッキがちゃんと今年のプリキュア(わんだふるぷりきゅあ!)のやつで地味に感動した。今を生きている……



・頬杖(森本華)

    怖い!!!!!!!!テンションの落差、挙動、他人への距離の詰め方、マジで全てが怖い。演劇の世界にしか存在しない架空の人物と分かってなお怖い。とにかく存在の圧が凄かったです。演者の森本さんが凄すぎる。楽しいけど絶対疲れるだろうなあれ……あと声のハリが凄く理想的でした。

   薔薇丸さん同様3人の物語の本筋に大きく関わってくる人物ではないんだけど、作中では約8年間3人と近いところで生活してるし要所要所でキーパーソン的な役割も果たしてて絶妙なバランスのキャラクター造形。あれだけぶっ飛んでるのに「まあ……悪い人ではないんだろうな……」とギリギリ思わせる謎のオーラがあって良かった。でも実際知り合いに頬杖さんがいたら私は絶っっっ対に苦手だと思う。



〇短歌について

   劇中で出てくる上坂さんの短歌は計9首で、実際見てみると直接的にその場面を表現した短歌は想像よりかなり少なかった。風景的な部分よりは心情的な部分でのリンク度合いが高くて、脚本の三浦さんが仰っていた「劇と短歌の関係がピントのズレたカメラのようになっている」っていう一文はこういうことか〜と思いました。舞台には確かに登場人物たちがいるんだけど、短歌のピントは場面そのものじゃなくてその奥の登場人物たちの心情に合わせられている感じ。特に印象に残った数首を抜粋して書かせていただきます。



・曇天に海白めいて明日からもう来なくっていいよのリズム

→冒頭、雪之の「飽きちゃった」という発言の後に出てくる一首目の短歌。ここまでの場面のピリついた空気感や生活が停滞してる感じに「曇天」や「もう来なくっていいよ」というワードがピッタリハマっていて、でも風景自体は舞台にあるものとは全然違うのがすごく面白い。このあとにタイトルの「飽きてから」が出てくるのもいいな〜と思ったんですが、ちょっと記憶があやふやなので台詞、短歌、タイトルの順番は前後してる可能性があります。


・幾度もブリーチを経たきみの毛が水面のように輝いて、ばか

→しっぽが青から雪之に恋愛感情を抱いていることを告げられるシーンの一首。青がしっぽにドライヤーをかけている場面なので景と短歌が結構リンクしていて、だからこそ最後の「ばか」がどちらの声とも取れるのがいいなと思った。青→しっぽとも取れるし、しっぽ→青とも取れる解釈の幅の広さがいい。主体と登場人物たちが明確に重ならないからこそ出来る観客への委ね方だなと思いました。


・花を買う   近い未来にこの花を捨てる日が来ることも忘れて

→しっぽが出てくる場面での一首。前述の通りしっぽは劇中で何度か花を買うシーンがあって、おそらくそこにフォーカスを当てた一首かなと思うんですが、豆苗を「これがあれば生活無限じゃん」という理由で買ってきたのもしっぽであることを考えるとこの歌の深みが無限に増す。花も暮らしも豆苗も有限なんだけど、それを意識し出すのは慣れてきたり飽きてきたり、実際に終わりが近づいてからのことが多いんですよね。しっぽがそっか、生活って終わるんだ、って気付いてしまうのがこの場面であり、その象徴としてあるのがこのお歌かなと思いました。個人的に凄く好きです。


・その話もう飽きたってもう言える  夜のすすきは風に吹かれて

→締めの一首。直前にしっぽが青と雪之に対して「2人と家族にはならないよ」と伝える場面があり、一応対比に持ってこられてるのはこの場面じゃないかな〜と思う。直接的に「飽きた」という台詞が入るのは冒頭の青と雪之のやり取りなのでそっちと重ねてる部分もあると思うんですが、「伝えたいことを伝える」という点においては最後の場面とのリンクが強いように感じました。後半の「夜のすすきは風に吹かれて」というフレーズの穏やかさが観劇後の感覚と凄く似ていて、そういう意味でもやっぱりラストシーンのためのお歌だなと感じます。いわゆる表題歌にあたるお歌だと思うんですが、ハッピーエンドの気配を纏わせつつ完全には明るすぎないところが絶妙な塩梅でいいな……とも思いました。



〇演出・脚本について

・小道具が全部良すぎる!ナポリタンに始まり、豆苗、くす玉、2人がけのソファ、花、カルピス、ビー玉、等々それぞれのモチーフのチョイスと鮮やかな活躍の仕方が見てて凄く楽しかった。場所選びもサイゼリヤとかチョコザップとか身近なものが多くて、世界観に没入したり登場人物たちに共感したりしながら楽しむ上でとても力になってくれたと感じます。大学の演劇だと実際に食品を利用したり大道具を用意したりするのが結構難しいので、本物のナポリタンや実物大の自販機があるとやっぱりリアリティの面が段違いだな〜と思いました。

   余談ですが、私は観劇前にスナックはまゆうに伺った際に上坂さんから「最近の若い子だとセカ中は通じないかもしれない」と言った旨のことを伝えられていて、実際セカ中がどういった映画なのかは知らないので他の方と比べると若干笑いどころを逃した可能性があります。あとはまゆうでは言及されなかったんですが、ビー玉を飛ばすおもちゃ?も途中まで分かってなくて青が何をしてるのか理解出来ていませんでした。逆に年代が離れるとチョコザップが通じない可能性とかもあるので、そこは脚本の難しさだよな〜と思います。

・ライティングの変化で時間経過を表現するのが滑らかで良かった。以前演劇サークルの先輩が「暗転が多すぎるとお客さんが劇の内容に没入しにくくなる」という理由で演出に悩んでいたことがあったんですが、今回の「飽きてから」はスクリーンの文字表記と照明変化を組み合わせることで暗転を挟まずに場面転換する箇所がかなり多くて凄いなと思いました。参考にするにはちょっと難易度が高そうですが、実際に経験出来て凄くいい勉強になりました。

・キャッチーでポップな劇中歌たちもよかった。ただ、音響に関してはタイトルと同時に流れ出すBGMが想像以上に大きくてちょっとびっくりしちゃった部分はありました。しばらく経つと耳が慣れてくるんですが、最初はどうしても衝撃が勝っちゃう。私自身が劇場での観劇に不慣れなのでその影響もあるとは思うんですが、青の歌唱シーンでもややBGMが強くて歌詞が聞き取りきれなかった箇所があったのでちょっと音大きかったかな……とは感じます。

・脚本、すごかった。主軸にあるのは青、雪之、しっぽの3人の関係性を描く人間ドラマで、薔薇丸さんと頬杖さんの存在でスパイスとコミカルさを加えつつ、それぞれの会話や人物設定には演劇の派手さと生身の自然さが同居していてそこのバランスがとても良い。背景セットや衣装の感じが賑やかで明るいので全体的な雰囲気も比較的軽くて明るいものに仕上がってたように感じたんですが、その中に人間関係、仕事、恋愛、はては新型コロナウイルスからジェンダーに関する話題まで、比較的ヘビーな題材も含めて幅広く扱ってるのが本当に凄いと思いました。

・ 個人的にはラストシーンも好きで、あれをどう受け取るかは人によって解釈が分かれるんじゃないかなと思います。しっぽがこの先2人とずっと一緒にいないことは劇中で明言されているし、そもそも青と雪之が今後どうなっていくのかも分からない、薔薇丸さんと頬杖さんに至っては安否不明のままエンディング……いや多分サイゼリヤで連絡先交換とかしてるんでしょうけど……みたいな感じで実は結構あの時点では何も解決していなくて、それでもくす玉割って華やかに終わる、っていうのが、私個人としては好きでした。何もかも上手くいって丸く収まってハッピーエンドです、っていう所謂ご都合主義じゃなくて、全部途中だけど一旦くす玉割っとく?みたいな切れ味の悪い終わり方。人生って案外そんなもんだよなと思ったし、このエンディングに上坂さんの短歌が凄くしっくり来たのでそこも良かったです。

・最後に「飽きてから」というタイトルについて。劇中で「飽きた」という台詞が出るのは冒頭の青と雪之の会話のシーンなんですが、それ以降この「飽きた」という単語はほぼ使われなくて、なんなら過去の回想シーンが結構な割合で出てくるので劇中で描かれるのは「飽きるまで」の日々の方が多かったりする。じゃあこのタイトルってなんだろう、と考えた時に、私はこの「飽きてから」はエンディングのその後の3人へ宛てたメッセージみたいなものじゃないかな、と思いました。あらすじの最後の一文が「あのころとそれから」という言葉で締め括られているように、劇中で主に描かれたのが「あのころ」でエンディングの後に続く暮らしが「それから=飽きてから」なんじゃないかな、みたいな。結構ノリと勘で喋ってるので深掘りされると何も分かんなくなっちゃうんですが、あきらめと希望を内包した凄く素敵なタイトルだと思いました。オープニングで実際に目にした時とエンディングで思い出した時の感じ方が全然違うのが面白かった。



〇おまけ

・会場のユーロライブ、椅子がふかふかでよかった。私は絶望的な方向音痴なので、めちゃくちゃ迷子になりながら絶対通らなくてもいけるだろこれ……というほっそい路地を抜けてなんとか辿り着きました。渋谷、ちょっと怖いけど人が多くて面白い街。

・観劇後に花を買いました。夕飯は冷凍ナポリタンのタバスコ・粉チーズ抜きです。私はナポリタンに対して「飽きる」という感想を抱いたことがない。


以上です!制作に関わられた全ての皆様、素敵な劇を本当にありがとうございました🎊🍝🌼

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