ショートヘアの話
私が明確にショートヘアに憧れを抱くきっかけになった二冊の本がある。一冊は瀬尾まいこさんの「卵の緒」 という小説のうちの一編『7's blood』 で、もう一冊はいしいしんじさんの『ぶらんこ乗り』という小説。どちらも姉と弟の二人の物語で、もちろん散髪のシーンがある。
7's bloodは、異母兄弟の七子と七生の物語。最後の別れの日を前にして、二人が風呂場で互いの髪を切り合うシーンがある。その場面の描写が私はとにかく好きで好きで、散髪という行為自体に憧れを抱く大きな一因になった。瀬尾まいこさんの話はひとつひとつの出来事の描写が丁寧で繊細で、あと食事の描写があまりにも魅力的すぎる。腐ったバースデーケーキもアイスクリームもハンバーグもにんじんケーキも南蛮漬けも私は未だに全部大好きで憧れている。特別なのに特別じやない、みたいな空気感が本当に好き。
ぶらんこ乗りは最後に読んだのがいつだったか思い出せないけれど、小学校の図書室にあった記憶があるのでおそらく六年近く前に読んだきりだと思う。正直あらすじや登場人物達の名前すら覚えていない。けれど、主人公にあたる姉がめちゃくちゃに口紅を塗りたくり、髪の毛をざっくばらんに切って街を走り回るシーンがあった、ような気がする。かなり前のことなのでもしかしたら別の本かもしれない。とにかく私はその場面も好きで好きで未だに憧れている。当時小学生の私には自身での散髪も口紅も遠い世界の出来事で、そのことがより憧れに拍車をかけたように思う。
二つの物語はずっと私の中に憧れとして根を張り続け、そしてその想いが形になって初めて短髪にしたのが中2の夏。親と受験のことで喧嘩したのをきっかけに、私は自分の部屋の窓から屋根の上に飛び出して、そのまま物心ついてからずっと結べる長さだった髪の毛を小学校の工作用ハサミでざくざく切り落としたのだ。このエピソードは未だに人に話すとドン引きされるので、八つ当たりで髪を切ったところまでは伝えても屋根に飛び出した部分は伝えないようにしている。私の部屋の真下には当時山吹の木が植えてあり、数日後に見に行ったらホラー映画並の大量の髪の毛が山吹の枝に絡みついていて爆笑した。
その後ざく切りになった頭で近所の美容室に行き、事情を説明しつつきちんとしたショートヘアに整えて貰ったのが初めての短髪。毛束に刃を入れた瞬間の手応え、切り落とす瞬間の楽しさ、背徳感と開放感と恐怖と怒りでめちゃくちゃのまま勢いで行ったそれは、振り返れば本当に楽しかった。そこから伸ばしたけれど高一の夏にもう一度切り、そこからまた一年間伸ばして高二の終わりにも切った。
高二の終わりにショートヘアにした時は、切ろう、という強い意思があった。というのも私はその年で六年間続けた習い事を受験のために辞めようとしていて、いわば失恋のような気持ちで美容院に行ったのだ。めちゃくちゃバッサリ髪切ろう、その上で心機一転して頑張ろう、みたいな。
その時に髪を切ってくれたお姉さんに、何の気なしに「ショートヘア好きなんですね~」と言われたのが衝撃だった。そうか、私ショートヘア好きなんだな……とそこで初めて自覚して、耳で聞いて文字にしたらもうそうとしか思えなくなった。そうなんだ……私、ショートヘア好きなんだ……
結局その習い事には辞めてすぐ出戻ったものの、その時のショートヘアはすごく良かった。この先ずっと髪短くていいな、と思えるぐらい、私はそのお姉さんの一言をきっかけにショートヘアが好きになっていた。なので今も髪が短い。今のところあんまり伸ばす気もない。
着地点を見失いましたがショートヘアの話でした。私の価値観を築いてくれた小説、美容院のお姉さん、すべての皆様、ありがとうございました。これからもショートヘアが大好きです。