ストックオプションを設計するときに最初に読むnote (随時更新)
1. はじめに
こんにちは。五常・アンド・カンパニーの堅田です。本職は財務・経営管理ですが、これまで複数のスタートアップで組織・人事の仕事にも携わってきました。本稿のテーマであるストックオプションは、人事と財務の交差点に位置するため、その設計から運用まで一定の経験を有しています。
昨年、日本を代表するスタートアップ SmartHRの創業者である宮田さんが以下のようなTweetをしておられるのを拝見し、また個人として応援しているスタートアップの創業者から同様の相談を受ける機会も増えたことから、ストックオプションの設計がスタートアップ経営のPain Pointとなっているという認識を新たにしました。
そこで、一昨年公開したベンチャーファイナンス101の姉妹編として、ストックオプションの設計・運用に役立つと思われる良質なコンテンツをまとめ、若干の補足説明を付してnoteに整理したものが本稿です。未上場スタートアップの創業者・経営者・人事や財務の責任者を想定読者としています。
言うまでもなく組織・人事の世界は、財務・経営管理以上に個別性が高く、絶対的な「正解」が存在しない世界ですが、願わくばストックオプションを活用して事業・組織の成長を加速しようという創業者・経営者の皆さんに有益なヒントを提供できればと考えています。執筆にあたっては細心の注意を払ったつもりですが、事実誤認や不適切な表現・引用などあればお知らせください。すぐに訂正いたします。
なお、本稿には会計・税務・法務に関する内容も含まれますが、これらの助言を提供することを目的とした投稿ではありません。実際の設計にあたっては専門家の助言を得て頂くようお願いします(お約束)。
また、ベンチャー企業の資金調達に関して包括的に学びたいという方はこちらのnoteも参考にして頂けると嬉しいです(宣伝) 。
2. ストックオプションの仕組み
ストックオプションとは、「自社株を予め決められた価格で取得できる権利」のことを指し、通常は会社の役職員に対して付与されます。株式を購入する「権利」(金融の用語ではオプションと言います)のため、株価が上昇した場合にのみ行使して利益を確定すればよく、株価が下落しても損失を負うことはありません(※)。
※有償ストックオプションは発行価格(プレミアム)分の損失に限定
将来、会社の株式価値が大きく増大した場合、低い価格で株式を取得して高い時価で売却することによって大きな利益(キャピタルゲイン)を得られる可能性があるため、インセンティブ効果が期待されます。極めて単純化すると下図の通りです。
3. ストックオプション付与の目的
スタートアップがストックオプションを付与し「成功の果実(=株式価値の増大)を役職員と共有する」目的としては、主に以下の4点が考えられるように思います。
優秀な人材の採用:優秀な人材を惹きつけ、リスクを取ってスタートアップに入社することを促す効果。特に創業初期の場合、現金報酬には制約があるため重要。
人材のリテンション:役職員のモチベーションを高く維持し、優秀な人材の離職を予防する効果。潜在的リターンそのものに加えて、ストックオプションの(追加)付与を通じて、会社が大切にしている/期待しているというメッセージを伝達。
当事者意識の強化:疑似的に会社の一部を「所有」することにより、役職員が会社を自分の大切なモノとして感じ、当事者意識を高める効果。
利害・方向性の一致:「株式価値の向上」を軸として、創業者・外部株主・役職員の利害を一致させ、同じ方向を向かせるアラインメント効果(平たく言えば、全員にとってリスクを取ってホームランを狙うことが合理的行動となる※)
ストックオプションを付与する目的については、10Xの山田さん(CFO)の以下のnoteが参考になります(SO有無による創業期のCFシミュレーションまで付けてSOの効果を説明してくださる知的誠実さ!)。
なお、やや古い資料ですが日本の上場企業を対象としてストックオプションと業績の関係について分析した研究としては以下があります。
・ストック・オプションと企業パフォーマンス (日本政策投資銀行 設備投資研究所)
4. ストックオプションの類型
スタートアップにおいて用いられるストックオプションは、主として以下の3つまたは4つに分類されます。なお、信託型ストックオプションは法律上は有償ストックオプションの応用ですが、付与対象者は無償で受け取ることができる等、経済効果が異なるため3つの大分類としています。
ストックオプションの類型別の違いについては、SOICOが公開している以下2つのコンテンツ(前者については「ストックオプションの種類」以降)が良くまとまっています。
また、INITIALが2022年2月に公開したJapan Startup Finance 2021のp.15-19には、「ストック・オプション きほんのき」と題してストックオプションに係る税制の基本、税制適格ストックオプションの要件、ストックオプションの活用事例(エクサウィザーズ社)などがコンパクトにまとまっています。
5. ストックオプション設計時のポイント
5-1. 全体方針の検討
ストックオプションの設計及び付与の「大方針」を考える上では、以下のコンテンツが参考になります。繰り返しとなりますが、ストックオプションの設計に唯一の正解はなく、事業・組織に関する中長期的な仮説に基づいてその時点でベストと思われる設計を行うしかありません。パッと思いつくだけでも以下のような要素を考慮する必要がありそうです。
事業面:
目指している事業の成長速度
自社の成長フェーズ (e.g. すでにPMFしているか)
市場の競争環境 (e.g. Winner takes allな市場か)
組織面:
目指している組織文化 (e.g. 競争的か、協調的か。何をもって社員のモチベーションを高めたいか)
Exit時に想定する経営チーム/組織の規模 (e.g. 労働集約的な事業かどうか、経営幹部(C Suite)をどの程度採用する必要があるか等)
海外で役職員を雇う可能性があるか
外部人材の活用がどの程度重要か
資本政策:
Exitまでに想定する希薄化(= 大きな資金調達を必要とする事業かどうか)
想定するExitの方法(= IPOかM&Aか)
Exitまでの想定期間
「創業者の視点」という意味で参考になるのは、SmartHRの創業者 宮田さん、LayerXの福島さん、そして自社のストックオプションの詳細を公表して話題となったカウシェの門奈さんの鼎談です。個人的に、宮田さんが提案している「業績ノックアウト条項付きのストックオプションを用いて発行枠を最大20%に拡げる…と言うのは、投資家・役職員の利害のバランスを取る非常に面白いアイデアだと思いました。
続いて「投資家(VC)の視点」としては、グロービスキャピタルパートナーズの高宮さんへのインタビューが、たいへん多面的で参考になります。
最後に「従業員(転職者)の視点」としては、前出の10X 山田さんの記事を紹介します。本稿の趣旨とは異なりますが、スタートアップへの転職を考えるている方にとって、入社時に確認したい項目のチェックリストとしても大変有用だと思います。
同じく採用候補者や役職員の視点や期待値を理解するという意味では、以下の2つの記事も参考になるかもしれません(後者はやや下世話なタイトルですが)。
5-2. 対象者別の付与方針
ストックオプションの付与対象者をどのように決め、それらの対象者別にどのようなインセンティブ設計を行うかという観点では、VisionaryBaseの山岡さんの以下の2つのnoteがケーススタディを用いながら非常に詳細な考察を加えていて大変参考になります。
5-3. ストックオプション・プールの考え方
ストックオプション・プールとは、一般的に上場までの間に会社の判断で発行することが可能なストックオプションの総枠のことを指します。具体的には、株主間契約の中で、主要株主の事前承諾を得ずに発行でき(※)、既存株主の新株引受権(いわゆるプロラタ)の対象外となる新株予約権として定義されます(通常は発行済株式総数に対する割合として合意)。
※ 株主総会決議は必要
ストックオプション・プールは、これまで慣習的に10%を上限とするケースが多く、実際、新規上場企業が割当済のストックオプションの割合は10%未満となっているケースが多いようです。但し、メルカリの例に代表されるように20%近いストックオプションを発行した状態で上場を迎える会社も出てきています。
実務的には10%までは投資家に問題なく受け入れてもらえる印象ですが、それを上回る比率の発行枠を確保するにはそれが投資家のリターン向上に確度高くつながる(希薄化によるマイナスを、株式価値増大によるプラスが上回る)と言うことを説得力高く説明する必要がありそうです。
直近の傾向を理解するという点で有益なのは、以下のInsureTechスタートアップ、justInCase代表の畑さんによる寄稿です。調査対象は2021年12月の上場会社32社。単純なストックオプションの発行比率だけでなく、行使価格を考慮して上場時のSOの総額価値を考える「SO価値率(=SO価値÷時価総額)」について整理して下さっているのは大変ありがたいです。
言わずもがなですが、上場時のストックオプション1個(1株)の価値≒株価と行使価格の差額となるため、仮に同じ10%のプールであっても、行使価格の高低によって付与対象者に分配される価値総額は大きく異なります。
より広範なリサーチ対象という意味では、プルータス・コンサルティングがまとめている以下の調査が参考になります
なお、10%という商慣習の背景については諸説あるものの、個人的にはこちらの記事にある平成9年改正商法によるストック・オプション制度で発行済株式数の10%が上限として設定されていたことが大きいのではないかと考えています(その後、平成13年改正商法によって当該上限は撤廃)。
6. 税制適格ストックオプション設計時の論点
スタートアップのエクイティ・インセンティブとして最も広く用いられている税制適格ストック・オプションの設計における論点を以下取り上げます。
6-1. 普通株式の時価評価
税制優遇措置の適用を受けることができるストックオプションは、租税特別措置法第29条の2に定める各要件を満たしている必要があり、その一つに「当該新株予約権の行使に係る1株当たりの権利行使価額は、当該新株予約権に係る契約を締結した株式会社の株式の当該契約の締結の時における1株当たりの価額に相当する金額以上であること」という重要な要件があります。
この点に関連して、優先株式を用いて資金調達を行っているスタートアップにおいては優先株式の株価と普通株式の株価には差が生じるのが自然であるところ(二物二価)、税制適格ストックオプションの権利行使価額は「普通株式の時価」以上であればよいと言うことを、経産省からの照会に対して国税庁が確認を行っていることが知られています。この点については、森・濱田松本法律事務所の飯島隆博先生の以下のnoteが参考になります。
なお、理論編の中でも言及されていますが、「最後に普通株式を発行した際の株価」を、権利行使価格に設定すればよい訳ではないためその点はご注意ください(直近で発行実績がなければ別途評価が必要)。
6-2. 権利行使期間とべスティング条項
同様に、税制適格要件の一つとして「当該新株予約権の行使は、当該新株予約権に係る付与決議の日後二年を経過した日から当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行わなければならないこと」というものがあります。
このため、税制適格ストックオプションの権利行使期間については、法令上の上限8年間(付与決議の2年後~10年後の応当日)でそのまま設定することが殆どと認識していますが、これに加えて在籍期間に応じて段階的に権利行使可能なストックオプションの個数/割合が増える「べスティング条項」を設けるケースも多く見られます。
以下のリンク先では、「1年毎に20%ずつ5年で100%べスティング」する事例が取り上げられていますが、実際は当初2年は税制適格要件を満たす観点から行使できないため、当初2年間は0%、2年経過後に[40]%権利行使可能になる…と記載することが多いような気もします。
日本では「4年間25%ずつ」のべスティングが一般的な印象ですが、4年間で100%べスティング、または毎期均等にべスティングせねばならぬ、と言う決まりはなく会社・経営者の意思によって例えば、1年後 10% → 2年後 20% → 3年後 30% → 4年後 40%と言うように後半にべスティングを寄せるといった応用もあり得ると思いますし、10%ずつ10年かけてべスティングと言った形も可能です。
なお、日本では年単位のべスティング条項が一般的ですが、アメリカでは四半期や月単位でべスティングも多いところ、当初[1]年経過するまでは0%と規定することがあり、これをクリフ(Cliff/崖)と呼称します。
また、以下は海外の事例ですが、「ベスティングが終わるまで怠ける」問題は日本のスタートアップ(上場・未上場問わず)でも散見される問題であり、時に社員間の軋轢の温床になりえます。後述するポータビリティ性とも関連しますが、解雇規制の厳しい日本においてはこの問題の解消がより難しい(ぶら下がり社員を解雇できない)ことにも注意を払う必要があります。
なお、以下の記事によればメルカリは日本向けのストックオプションにべスティング条項を付けていなかったようです。
6-3. 退職時の取扱い(ポータビリティ性の是非)
2021年11月に発表された、カウシェのストックオプション制度をきっかけとして、ソーシャルメディア上でストックオプションの設計に関する活発な議論が巻き起こりました。
前掲の鼎談「創業者が語る、誰も教えてくれない「ストックオプション」の中でも本件を受けて、退職後のべスティング済ストックオプションの取扱いについて意見が交わされていました。
なお、個人としては、べスティング済のストックオプションについては退職後も行使可能にすべきという立場ですが、スマートニュースの鈴木さんの以下のような考え方に触れたことが大きいように思います。
但し、以下のTweetでも言及したように日本の厳しい解雇規制の中では、一度付与してしまうとべスティングする前に解雇することが不可能に近いため、より慎重に設計及びコミュニケーションする必要があります。例えば、経営幹部等大きな個数のストックオプションの付与対象者は1年単位の有期雇用契約にする、在籍期間に加えて人事評価や業績も考慮したべスティング条項にする…といった方法もあるのかもしれません。
7. 信託型ストックオプション設計時の論点
信託型ストックオプションについては、まだ歴史も浅く十分な実例の蓄積がないこと、私個人として設計段階から携わった経験がなく税務面・会計面の理解度が劣後することから、参考となりそうな情報を列挙するに留めます。
なお信託型ストックオプションの特徴である「行使価格を低いところで固定できる」「付与対象者を事後的に選べる」という仕組みは、会社にとって使い勝手がよい一方、役職員としては予見可能性の観点で劣るというデメリットがあるようにも思います(信託型ストックオプションでも入社を条件として一定のポイントを付与することも可能ですが)。
従い、旧来のストックオプションに期待される「リスクに対する見返り」「将来に対する期待」という側面よりも、過去の働きぶりに基づく年次賞与/ボーナスに近い性質のものであり、評価報酬制度上はSTI(Short Term Incentive)の一種として位置付ける方がよいのかもしれません。
信託型ストックオプションを、発案者である松田良成弁護士(漆間総合法律事務所 所長)と共に商品化し、200社以上の導入実績を持つプルータス・コンサルティングによる概説。
石割由紀人氏(公認会計士・税理士)による解説
石原遥平弁護士による運用面の解説
8. 役職員向けのコミュニケーション
ストックオプションは、スタートアップが目指す組織の実現に向けて正しく設計・運用すれば非常に有益なツールとなる一方、かなりのケースにおいてその価値が役職員に正しく伝わっていないと言うのが実情ではないかと思います。
せっかくコストを掛けて設計したのであれば、その背景にある経営者の思いや目的、潜在的なアップサイドの大きさについて、付与対象者である役職員に丁寧かつ適切にコミュニケーションすることも、設計と同じかそれ以上に重要なのかもしれません。
こちらはずばり参考になるコンテンツを見つけられなかったのですが、後段で紹介するメルカリ・スマートニュース・freeeの事例の中に以下のようなやり取りがあり参考になります。
9. ストックオプションの日米比較
前述したように、労働法の違いなど諸前提が異なるため一概に比較はできませんが、スタートアップ・エコシステムの今後の発展を占うマクロな観点、そしてより自由な発想で自社のストックオプションを設計するというミクロの観点からも、先行するアメリカにおけるストックオプションの仕組みや慣習を理解することは意味があることだと思います。
なお、日本の税制適格ストックオプションは、米国のIncentive Stock Option (ISO)をお手本として設計された歴史的経緯があるため(おそらく)、その設計思想や適格要件はかなり似通っています。前掲のカウシェのリリースの中にも以下のような記載がありました。
やや余談ですが、筆者がスマートニュースにおいてストックオプションの設計に関わった際(2014年)、シリーズAとBの間のというタイミングながら米国への進出を見据えて現地での採用も進めていました。そのため、設計当初から日米間でストックオプションの互換性と公平性を担保するため、退職後のポータビリティやM&A時のVesting Accelerationなど、米国で一般的な仕組みを日本側のストックオプションにも取り込んで設計した経緯があります。
以下は、長く米国に在住し現地のベンチャー・ファイナンスに詳しいデライト・ベンチャーズの渡辺さんによる日米比較です。個人的には、「ストックオプション・プールがプレマネーで設定される(=プレマネー・バリュエーションが、創業者が確保したいストックオプション・プールによる希薄化を考慮した完全希薄化ベースで合意される)」という点が新鮮でした。これはつまり、ストックオプションは本質的には機関投資家から役職員への価値移転ではなく、プール設定時の既存株主≒創業者から役職員への価値移転であると言うことを意味しているのだと思います。
また、アメリカにおけるストックオプションの仕組みを包括的に解説した日本語の資料としては、以下のFoundXの記事(a16zのScott Kuporの記事の日本語訳)が参考になると思います。
なお、前述のScott Kuporの記事の中でも言及されていますが、アメリカの税制適格ストックオプション(ISO)は退職後90日以内に行使すれば適格要件を満たすように設計されることが一般的でした。これは、ストックオプションのまま持ち出すのではなく、売却できないリスク/株価が下落するリスクを負って行使価額の払込を行って株式に転換するか放棄するかの二択になっているということでもあります。一方、日本は税制適格要件の中に、このような要件(退職時の90日以内行使)が含まれていないため、カウシェの例のように退職後も行使可能なストックオプションを持ち出すという設計が可能になっています。
スタートアップが未上場できる期間が長期化するにつれ、退職時に価格変動を取ることを望まない、または払込金額を現金で用意することができないという理由で放棄を選ぶケースも増えたため、アメリカではこの90日の制約を撤廃し、行使可能期間を延ばすことにより退職後もストックオプションのまま保有して上場後などExitが確実になってから行使できるようにするケースが増えているようです(但し、現行の税法では税制非適格行使となり高い税率で課税されることにはなります)。
参考:
Fuck Your 90 Day Exercise Window (Zach Holman)
Recommendations for Startup Employee Option Plans (Scott Kupor)
10. ストックオプション事例集
10-1. メルカリ・スマートニュース・freeeの事例
個人的には引用した、ストックオプションによる成功事例を通じてエコシステムの発展を促すというスマートニュース 鈴木さんの考え方に強く同意します。
メルカリのストックオプションについてはこちらの記事も詳しいです。
一方、以下の分析にもあるように「メルカリは特別」と言う指摘もその通りだと思うので、自分の頭で考えることを疎かにしたくないものです。
10-2. 実践スタートアップ・ファイナンス 資本政策の感想戦
対象者別の付与方針のセクションで紹介した、VisionaryBase山岡さんが2021年10月に出版した力作「実践スタートアップ・ファイナンス 資本政策の感想戦」は、前掲の2つのコンテンツに加えて上場スタートアップ6社(プレイド、スペースマーケット、Gunosy、Sansan、UUUM、ニューラルポケット)の資本政策を詳細にひも解いて検証を加えており、他社事例をじっくりと読み込んで参考にしたいという方にはうってつけの1冊となっています(が、まだ読み終わってませんごめんなさい)。
10-3. Finatextの事例
10-4. FiNC Technologiesの事例
10-5. スペースマーケットの事例
10-6. NOINの事例
その他、こちらで紹介すべき事例をご存じの方は是非 @kkatada までお知らせください。自薦他薦問いません。
11. その他実務・運用上の論点
11-1. M&A時の取扱い
ストックオプションの価値を実現する手段として、一義的にはIPOが想定されているものの、今後M&AによるExitも増加していくことが期待されます。そのような時にストックオプションの取扱いがどうなるのかについて、前出の飯島先生が丁寧にまとめて下さっています。
11-2. M&A Exit時の保管委託要件の充足
前出の飯島先生のnoteでも言及されていますが、ストックオプションの税制適格要件の一つとして、会社が証券会社や信託銀行との間で「保管の委託」又は「管理及び処分に係る信託」という契約を結び、権利行使により取得された株式が証券会社や金融機関で適切に管理されるようにする、というものがあります。
IPOによるExitの場合、通常主幹事証券等との間で当該契約を締結し、ストックオプション行使の管理を行うため問題はないのですが、M&AによるExitとなる場合等に保管委託要件をどのように満たすのかが問題となります(未上場の場合、証券保管振替機構が提供する株式等振替制度(ほふり)を利用することができず、管理が煩雑なためやりたがらない(たぶん))。私が知る限り、アイザワ証券(のみ?)がこのようなサービスを提供しているようです。
11-3. 権利行使期間の応当日の考え方
「権利行使期間とべスティング条項」で言及したとおり、税制適格要件の一つに「当該新株予約権の行使は、当該新株予約権に係る付与決議の日後二年を経過した日から当該付与決議の日後十年を経過する日までの間に行わなければならないこと」というものがあります。
これに関連し、株主総会が取締役会にストックオプションの募集事項の決定を委任した場合に上記の「付与決議の日」を ①株主総会の決議日とするのか、それとも②取締役会で募集事項の決定を決議した日とするのかという点が論点となります。
この点、実務上はより保守的により短い期間を取る、つまり「付与決議の日に記載される日から2年を経過した日」は②の2年後の応当日とし、「当該付与決議の日後10年を経過する日」については①の10年後の応当日とする方がよいとされているようです(※)。図にすると以下の通りです。
※さすがに同じ「付与決議の日」を2通りに解釈することはないと思われるので、ここまで保守的にしなくても大丈夫かもしれませんが豆知識として一応紹介しました
11-4. べスティング期間の始点の設定
税制適格ストックオプションにおいてべスティング期間を設ける場合、その始点をストックオプションの割当日とすることが一般的です。一方、ストックオプションの発行・割当は相応のコストがかかる手続きのため、発行するとしてもせいぜい年に1~2回くらいの頻度ではないかと思われます。
その為、入社日~割当日までの期間が人によって大きく異なる場合に、公平性が損なわれる懸念があります(例:1年毎に発行している会社において、前回SOの発行直後に入社した人の場合、1年弱ほどべスティング期間に換算されない期間が生じてしまう)。これを避けるため、べスティング期間の始点を割当日ではなく(例えば)「入社日」に設定するという方法があり得ます。
11-5. 税務署への調書の提出
税制適格ストックオプションを発行した企業は、発行した年の翌年1月31日までに「特定新株予約権の付与に関する調書」及びその合計表を提出する義務があります。忘れずに提出するようにしましょう!
11-6. 普通株式の時価評価と株価ノックアウト条項
有償ストックオプションやその応用である信託型ストックオプションを発行する際、割当時の発行価格(オプション・プレミアム)を抑制するため、あらかじめ設定した株価を一度でも下回った際にオプションが消滅する(行使が不可能になる)株価ノックアウト条項を付けた形で設計されることがあります。
この点、ある企業が有償ストックオプション(株価ノックアウト条項付き)を発行した後で税制適格ストックオプションを発行しようとする場合、「税制適格ストックオプションの行使価格 > 普通株式時価 > ノックアウト条項の設定株価」となっているかどうかを確認する必要があります。
11-7. 外国人(国内居住者/非居住者)へのストックオプション割当
ソフトウェア・エンジニアを中心に外国人の採用が拡大する中、このような論点についても把握しておく必要がありそうです。
11-8. 従業員持株会(ESOP)との比較
ストックオプションのみがインセンティブ・プランではないので、幅広い選択肢を比較検討することも大切です。
11-9. 譲渡予約権の活用
外部投資家の希薄化を避けつつストック・オプションの発行枠を拡大する方法として、創業者の保有株式と譲渡予約権を利用したインセンティブ・プランの設計も一考の余地があると思われます。
11-10. RSUの活用
メルカリが導入したことで話題となったRSU(Restricted Stock Units)。上場後をにらんで未上場のうちからこのようなインセンティブ制度の設計を考える必要も出てくるのかもしれません。
11-11. 外部高度人材への税制適格ストックオプション付与
2019年に法改正が行われ、税制適格ストックオプションの付与対象を「高度な知識又は技能を有する社外の人材」に拡大することができるようになりました。設立10年未満等の一定の要件を満たすスタートアップが対象となり、「社外高度人材活用新事業分野開拓計画」を策定して認定を受けることが必要です。
私個人としては本制度を活用したことがないため、外部人材の範囲や認定取得コストについては言及できませんが、副業やフリーランス人材の活用が進む中、時代の変化に変化に即した法改正ではないかと思います。
12. 参考資料
13. おわりに
ベンチャーファイナンス101に続き、かなりの長文となってしまったためここまでたどり着く方がどのくらいらっしゃるか分かりませんが、お読みいただきありがとうございました。資本政策の一部であるストックオプションは、やり直しが難しく、また人事評価制度や報酬体系とも密接にかかわる話のため個別性が高く、なかなか体系的な学習が難しい領域ではないかと思います。
本noteがストックオプションの設計・運用に迷っておられる経営者・実務家の皆さまに考えるヒントを提供し、それが日本のスタートアップエコシステムの発展に寄与するのであればそれ以上の喜びはありません。
なお本稿の大部分は既存の優れたコンテンツのキュレーションですので全編無料としていますが、本稿に付加価値を感じて下さった方は末尾のボタンからサポートを頂けるとたいへん嬉しいです。頂いたサポートは全額、自分が支援しているNPOや非営利プロジェクトに寄付します。
あらためまして、こちらで紹介した良質なコンテンツを執筆いただいた皆さまにこの場を借りて御礼申し上げます。そして、これからもどうぞよろしくお願いします。