ブックレビュー「言語学バーリ・トゥード~Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか」
人事コンサルティングを生業にしていることもあって、「無意識のバイアス」についてのワークショップをファシリテーションすることもある。そこでは「インクルーシブなリーダーシップを発揮するにはまずは自らのバイアスを認識すべきだ」、などと偉そうに言っているのだが、今回本書を読んで、改めて自らのバイアスに気づかされた。
というのも、本書を読み進めていたところ、「昭和生まれのプロレス好き」であり、また「言いたいことを短く言えるぐらいなら、そもそも本なんか書かねえよ!」といった表現が頻出するものだから、結構本書を読み進めて途中まで著者が男性だと思い込んでいた。著者の名前を見ると、どうみても女性なのだが、著者名を見ずに読み始めたのが原因である。と言っても、そもそも著者の性別に何が関係あるのかと思い、性別にこだわること自体がバイアスだ、と気がついた。すみません。
川添氏は言語学を専門としているフリーの執筆家で、人工知能の分野にもしばらくいたことがある人である。本書のタイトルにある「バーリ・トゥ―ド」とは、ポルトガル語で「何でもあり」の意味で、格闘技ではルールや反則を最小限にした格闘技の一ジャンルを言うらしい。元々「何を書いても良いですよ」という担当者の声を反映してこの命名となったそうだ。
言語学自体にそれほど興味が無かったのと、独特の表現が自分には少々くどく感じたため、流し読みしていたのだが、次第にその独特の表現にも慣れてきて、「10 チェコ語、始めました」当たりから俄然面白くなってきた。
著者がこれまで触れてきた外国語経験と言語学を学んで来た自負から、「ワイはプロや!プロの言語学者や!と、秘技「旗つつみ」でホールインワンを狙うプロゴルファー猿の意気込みで勉強に挑んだ」が、敢え無く頓挫。「あまりの難しさに、猿もゴルフをやめそうな勢いの自信喪失」を経験している。
「11 あたらしい娯楽を考える」では、「変な文探し」という言語学の道に入ってから二十数年ほぼ毎日やっている行為が紹介されている。自ら課したルールとして「広告や商品のパッケージに載っているキャッチコピーや説明文など、公の場に書かれているものを対象にする」こととした。この例が面白い。我々素人はこれらを鵜呑みにしてしまいがちだ。
「12 ニセ英語の世界」が何と言っても最高だ。コロナ禍で使われるようになった「ソーシャルディスタンス」、「Go To トラベル」、「Go To Eat」を初めとして、都知事の人のキャラ演出に一役買っている「ステイホーム週間」、「東京アラート」、「ウィズコロナ」。
しかし残念ながら長嶋茂雄の「メークドラマ」や「ミートグッドバイ」、ルー大柴の「虫のインフォメーション」、「藪からスティック」ほどのインパクトはこれらには無かった。因みに長嶋茂雄が言ったとされる「失敗は成功のマザー」は記者の捏造らしい。
「14 ことば地獄めぐり」では、「議論をするときの言語学者は相手(の説)を潰しに行く獣である」、「それも学会や研究会だけでなく、大学院レベルですでに、先輩か後輩か教員か学生かに関係なく、「相手を殺りに行く姿勢」」が見られると、その筋の内情を吐露している。間違ってもこういうところには入門したくない。
が、この章で面白いのは実際に疑義がある言葉遣いであっても、必ずしも間違いとは断定できない点だ。
例えば
などが紹介されている。一般的に間違いとされている「らぬき言葉」も同様だ。上記に疑問を持った方は是非本書を読んで著者の意見を読んで欲しい。
本書の副タイトルにある「AIは「絶対押すなよ」を理解できるか」は、ダチョウ倶楽部・上島竜平氏が熱湯風呂のふちで言うセリフに関することで、この部分は意外とマジである。この「絶対押すなよ」は、言葉の「意味」と「意図」が正反対になっている例として秀逸な事例だ、というのだ。
特に「言葉を適切に理解して行動できるAI」を実現する上で、「話し手は「自分はおおよそ文字どおりの意図でしゃべっている」と思っており、聞き手も「相手の意図を文字どおりに理解している」と思っているのに、実はそこに意図理解のための暗黙の処理が働いているケース、が厄介だという。
著者は、言語学にまつわる話題を、このように格闘技やお笑い、漫画、芸能界ネタを交えて、しかも本格的に語る、という特殊技能をこの自由奔放なフォーマットで書き続けているようだ。フリーランスたる人は自らが持つ知識をフル回転してそれを商売に結び付けるべきだ、という成功例なのかもしれない。
既に8月に本書の第二弾、「言語学バーリ・トゥード Round 2: 言語版SASUKEに挑む」が出版されているし、本書で紹介されている「自動人形の城」や「ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント」も面白そうだ。引き続き著者の書籍を何冊か、今度は初めから偏見無く、読んでみようと思う。