ブックレビュー「経済学を味わう 東大1、2年生に大人気の授業」
以前のブックレビューでも吐露した通り、私は経済学部を卒業しているが、経済学について語るほどの素養は無い。そういった私が大学時代に先輩の助言で素直に守ったものがあって、それは大学が発行した「経済学研究のために」という本をどの科目の単位取得にあたっても参考にしたことだ。実際その本のお陰で、成績は別として単位取得については成功した。
今手元にある1983年発行の「経済学研究のために」増補改訂第三版によると、第一版は1970年刊行で第二版が1979年ということだから、大学に入った1981年はまだ第二版を使っていたということだ(表紙の色がエンジ色だった記憶がある)。さらに調べて見ると今は第九版が発行されている。
第三版の前書きには、「経済学研究のために」の三つの目的として「経済学の発展が急速で、専門化・多様化が激しいため、新しい観点からの展望を行う」、「学生が適切な予備知識をもつ手引きとして役立つ解説を行なう」、「いかなる場合でも合理的な言論をもって討論することが重要であることを示す」を挙げている。
今回手に取った「経済学を味わう 東大1、2年生に大人気の授業」は、経済学のおもしろさや有用さを学生に伝えたいという気持ちで2019年に始まった経済学を紹介するオムニバス講義「現代経済理論」をきっかけに生まれたものだ。
東京大学では、経済学部から大学院に進学する人の割合が他学部と比べて低く、その原因が経済学のことを十分に知る前に大学を卒業してしまうという事情だと考えた。したがって「学生に早い段階で経済学がどのような学問かを知ってもらいたい」そして「経済学の知識が将来の可能性を広げうるものであることを伝えること」としている。
今回この本を読んでみての感想は、その目的通り経済学のおもしろさや有用さを伝える努力が随所にされていること、そして私が経済学部で学んだ時代から進展した経済学の分野クローズアップされていることの二点だ。
例えば本書の構成は次の通りだ。
第1章 経済学がおもしろい:ゲーム理論と制度設計
第2章 市場の力、政府の役割:公共経済学
第3章 国民所得とその分配:マクロ経済学
第4章 データ分析で社会を変える:実証ミクロ経済学
第5章 実証分析を支える理論:計量経済学
第6章 グローバリゼーションの光と影:国際経済学
第7章 都市を分析する:都市経済学
第8章 理論と現実に根ざした応用ミクロ分析:産業組織論
第9章 世界の貧困削減に挑む:開発経済学
第10章 歴史の経済分析:経済史
第11章 会計情報開示の意味:財務会計と情報の経済学
第12章 デリバティブ価格の計算:金融工学
これに対して第三版「経済学研究のために」の構成は大きく分けると次の通りできわめてオーソドックスな印象だ。
Ⅰ 経済原論
Ⅱ 統計
Ⅲ 経済史
Ⅳ 経済社会政策
Ⅴ 金融・財政
Ⅵ 国際経済
Ⅶ 各国経済
さらに各項目の中身を見ると、経済学史や経済思想史、経済社会学、厚生経済学、計画経済論、人口論、財政学、海運経済論、国際労働論、各国経済といった「経済学を味わう 東大1、2年生に大人気の授業」では取り上げられていない科目を含む。
これは大学の研究範囲が両者で異なるからかもしれないので、第九版「経済学研究のために」と比較してみると、確かに経済学史、人口政策、財政学、海事経済論は今も神戸大学では取り上げられている。もちろんそれ以外にも、「ゲーム理論」、「カオスと経済学」、「時系列分析」、「情報処理論」や技術・環境分析といった第三版では無かった新しい分野も取り上げられている。
第九版の中身を読まずに意見を述べるのは憚られるが、第九版が「経済学を味わう 東大1、2年生に大人気の授業」のように「経済学のおもしろさや有用さを伝える努力」を意識した構成になっているかというと正直疑問がある。
想像するに、これはまず大学内の政治的な公平性を鑑みてのことなのだろう。ファカルティ内のパワーバランスから大胆な取捨選択をすることができず、学内にある分野はすべて網羅することになったのだと思う。
また歴史のある「経済学研究のために」のフォーマットである限り従来からの処方箋を大切にすることになったのだろう。同じ目的で新しい本を作る、とすればもっと面白い本ができるのかもしれない。
もちろん「経済学研究のために」がそれ一冊である程度経済学研究を深堀しようとするものであるのに対して、「経済学を味わう 東大1、2年生に大人気の授業」は、あくまでも入門書でしか過ぎない。それを補うために、各章に「次のステップに向けて」として参考文献紹介の項目が設けられている。
個人的には「経済学のおもしろさや有用さを伝える」という目的に特化した本があっても良いのだと思うし、その目的に絞って考えると本書は良書だと思う。
少なくとも今の私は第九版「経済学研究のために」を取り寄せて読んでみようという気力は正直無い。「経営学研究のために」ならちょっとあるかな。
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