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ブックレビュー「ワイルドランド 上 ~アメリカを分断する「怒り」の源流」

本書はシカゴ・トリビューン等で記者・特派員を務めたエヴァン・オズノスが中国から2013年に帰国したのをキッカケに変容した米国について自らのルーツを追いながらものだ。原題は”Wildland:The Making of America's Fury”で、邦題は原題に忠実である。

帰国したエヴァンスを迎えた米国は、大きく変貌していた。非白人の新生児が白人の新生児を上回り、白人は新たに米国人となったグループと比べ、はるかに年齢層が高い。2018年には白人の年齢の中央値は58歳になっていたのに対し、アジア系アメリカ人は29歳、ヒスパニックは11歳だった。

銃の乱射事件は9週間に一度のペース
で起きていた。同時多発テロ以降のアフガニスタン、イラク、その他の国での戦争は自国史上最長を記録。ヘイトクライムは上昇、モスクへの襲撃も相次いだ。

経済規模は世界最大で、収入の中央値はかつてないほど高い水準にあったが、その内実を見ると、ビルゲイツ、ウオーレン・バフェット、ジョフベソス三人の資産は全アメリカ人の下半分が保有する資産の合計額よりも大きかった。1965年に平均的な上場企業のCEOの報酬は現場で働く従業員の約20倍だったが、2019年には278倍にまで開いていた。株式報酬・ストックオプションの導入によりこの格差に歯止めが無くなった。

メディアの報道の偏りも激しい。2003年にゴールデンタイムの視聴率を競合していたCNNとFoxニュースだったが、今ではFoxが三倍の視聴率を毎晩叩き出している。

ワシントンにいる共和党議員にとって、政府を運営すると言う業務は根本的に自由と相いれず、議員の能力の判断基準は「法律を何本作ったか」ではなく、「法律を何本廃止に追い込んだか」であるべきだ、と下院議長のジョン・ベイナーはいう。

この結果ワシントンは代表しているはずの国民との共通項を失っていった。連邦議会の議員は、82%が男性、83%が白人、50%が大富豪で締められている。今やアメリカ人で政府を信用していると回答する人は18%に過ぎない

ドナルド・J・トランプはアメリカ人の不安の原因であると同時に不安を体現する存在となり、「彼の勝利は可能な限り政治を全米レベルで展開し、この上なく炎上しやすい問題を経験上ここぞという重要局面にねじ込み、各地に散らばる支持者を団結させることによってもたらされた」。

そして新型コロナウイルスのパンデミックの影響で社会は変容し、欲望と寛容、開発と自然、アイデンティティと同化といった対立軸が片方に振れ過ぎた結果、重心を失ってしまった。

著者はまずシカゴトリビューン入りする前まで住んでいたウエストヴァージニア州のクラークスバーグに戻る。そこではアメリカの最富裕層が最貧困層に属する人たちの住む家の下で天然資源を採掘し、環境を破壊、退職者向け医療保険を反故にし、その結果貧富の差が凄まじいレベルにまで上がっていた。ウエストバージニア州のマクドゥエル郡の男性の平均寿命は64歳で、イラクと変わらない水準だ。

同州人口は2012年をピークに減少が続き、人口の94%が白人で、全米でもっとも平均年齢が高く、そして教育水準が低い。給食の無償化もしくは減額の対象となった子どもは全体の半数以上にのぼる。そして米国オピオイド汚染の震源地となっていた。

次に自分が育ち学校生活を送ったコネティカット州グリニッジに戻る。そこは2000年代に「ヘッジファンド界の首都」としてヘッジファンドが好んでオフィスを構え、歴史的住宅を壊し、最新の豪華な家を建造する場所に変貌していた。

そしてヘッジファンドの創設者は限りない欲望の果て、自分たちの優位性を政治的にも徹底的に発揮し、さらにはインサイダー取引などの不正に手を染めていく。ウエストバージニア州の炭鉱を買い取り、自然を破壊し、退職者の年金を反故にしていったハゲタカファンドもこのグリニッジに居を構えた。

さらには著者の家族のルーツがあるシカゴが直面する歴史的、政治的課題にも切り込む。シカゴは南北戦争後に南部から移動してきた黒人と白人が分離されてきた町であり、政治は未だこの分離政策を変えていない。理想に燃えて改革を訴えたバラク・オバマは州知事選に挑戦するも惨めな敗北を記している。黒人は自らが生まれた場所から出る機会をますます失い、その狭い行動範囲と将来への絶望から犯罪に手を染め、犯罪率は上昇の一途だ。

皮肉なことに著者は中国在住時に中国に発した問い、成功、自由、安全、チャンスが持つ意味、尊厳と残酷さ、寛容と恐怖のあいだで揺れ動くさまをめぐる問いを米国にも問うていくことになる。

エジプトやイラク、中国の市民に対して、著者はアメリカの代弁者として、アメリカに至らない部分は多々あるが、それでも法の支配や真実の力、よりよい人生を追求する権利といった基本的な道徳的コミットメントの実現をめざしているということを信じて欲しい、と言っていたが、帰国するとその信念が揺らぎはじめたのである。

本書は「合理的な歩み寄りなり、理性なり、また開放的討論をしたあと立派な合意に達する」とジョン・ガンサーが「アメリカの内幕」でアメリカの資質として挙げた点をいかにして失い、それをどうすれば取り戻していけるかについて著者自身が理解しようとする試みなのである。

カリフォルニア大学サンフランシスコ法科大学院教授を務めるウイリアムズは「豊かなアメリカ白人が貧困層、有色人種、LGBTQの人びとの生活にシンパシーを抱いて思いを馳せるようになった一方で、白人の労働者階級は彼らの将来が経済面でお先真っ暗になったまさにそのときから、侮辱されたり無視されたりするようになったのである」と記している。

2016年の研究では、架空の候補者が316の法律事務所に応募したところ、セーリングやクラシック音楽といった上流階級が好む趣味を記載した男性はカントリーミュージックが好きだと記載した者と比べて折り返し連絡が来る確率が12倍以上になったという。

(以下 ブックレビュー下巻に続く)



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