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ブックレビュー「一兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え」

先日のブックレビュー「企業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男」で、著者の大西氏は江副氏に「親身になって大所高所からアドバイスし、ときに倫理に悖るふるまいを諫めてくれる年長者」、「エンジェル」と呼ばれるベンチャー投資家がいなかったことが残念だった、と述べた。

本書の主人公であるビル・キャンベルは「エンジェル」では無いが、シリコンバレーの誰もがアドバイスを求めようとしたエグゼクティブコーチだ(過去形なのはビルは2016年4月に亡くなっているため)。

母校コロンビア大学のフット・ボールのヘッドコーチを経て、ビジネス界に転身。1983年にペプシコ出身のジョン・スカリーがスティーブ・ジョブズに代わってアップルCEOになった際に頭角を現し、わずか9ヶ月でセールス・マーケッティングの副社長になり、「史上最高のスーパーボウルCM」といわれる「1984」にヒントを得たCMで業界を驚かせた。

1994年にインテュイットのCEOに就任、1997年にスティーブ・ジョブズがアップルに復帰した際に同社の取締役に就任、2001年から15年間グーグルCEOであるエリック・シュミット(本書の共著者である)のコーチとなり、もう一人の共著者であるジョナサン・ローゼンバーグやラリー・ペイジを含む何人ものグーグル幹部のコーチをを務めた。

彼がコーチを務めたのはシリコンバレーだけに限らない。元アメリカ副大統領のアル・ゴア、母校コロンビア大学の学長リー・C.ボリンジャー、ベンチャーキャピタリストのベン・ホロウイッツ(「HARD THINGS」の著者でもある)、NFL殿堂入り選手のロニー・ロット、らが含まれる。

本書は「How Google Works 私たちの働き方とマネジメント」の続編とも言える。前著では「専門性とビジネススキル、創造力を兼ね備えた人材」、すなわち「スマート・クリエイティブ」を惹きつけ活躍できる環境づくりが欠かせないことを主張したが、本書はそれと同じぐらい大切なものとして、「さまざまな利害をまとめ、意見のちがいは棚に置いて、会社のためになることに個人としても集団としても全力に取り組む、「コミュニティ」として機能するチーム」作りを主張する。著者たちは前著に欠けていたものがあったから本書を執筆したのだ、と認めている。

スマート・クリエイティブ、即ち「頭が切れ、攻撃的で、野心的で、意志が強く、はっきりした意見を持つ、自尊心の強い人」、「いびつなダイヤモンド」は「地位葛藤(ステータス・コンフリクト)」と「とてつもない緊張」を組織内に引き起こしチーム全体のパフォーマンスを阻害する。「ほどよい緊張」を保ち、チームを共通のビジョンや目標と調和する「コミュニティ」に育て上げるには、コーチが欠かせない。そのためビルのコーチングは個人へのものに留まらず、スタッフミーティングにも参加する「グループコーチング」だ。

本書ではビルが何をコーチしたかについて、4つに分けて説明する。第一に1on1ミーティングやむずかしい従業員への対処といったマネジメントスキルの実践。第二に一緒に働く人たちとの信頼関係の創造(心理的安全性=チームメンバーが安心して対人リスクを取れるという共通認識を持っている状態...ありのままでいることに心地よさを感じられるようなチームの風土づくり)。第三にチームの構築の仕方。最後に職場への愛を持ち込む方法

例えば最初のマネジメントスキルについてビルは細部にこだわる。例えば次のような実践的な原理を組織に埋め込んでいく。

「人がすべて」の意味は、「支援」「敬意」「信頼」を通じて部下のしあわせと成功が達成できるような環境を作ることだ。
・1on1ミーティングでは、「職務に対するパフォーマンス」のみならず「他部署との関係」、「マネジメントとリーダーシップ」、「イノベーション」を網羅するようなフレイムワークを準備する。
・マネジャーは、すべての意見を吸い上げ、すべての見解を検討するための意思決定プロセスを実行し(まずは部下たちが自ら結論づけるようにしむけ)、必要な場合には自ら決定を下す
「規格外の天才」には寛容であれ、守ってやりさえすべきだが、それは倫理に反する行動や人を傷つける行動を取らず、それら経営陣や同僚へのダメージを上回る価値をもたらす限りとする。

チームの構築の仕方では次のようなノウハウがある。

・「正しいプレイヤ―」を見つけるには、知性と心すばやく学習する能力と厳しい仕事を厭わない姿勢、誠実さ、グリット、共感力そしてチームファーストの姿勢だ。
ペアで仕事にあたることでチームの絆を深める。

これらの実践的な原理は、フットボール時代からビジネス界に転身した後、そしてコーチングを始めた経験に裏打ちされたものだ。決して机上で生まれた理論やノウハウでは無い。しかし本書ではそれらのノウハウが組織に関する研究にしっかり裏打ちされていることを証明してみせる。

本書が説明するビルのコーチングの4つで言うと、最初のマネジメント・スキルがいわゆる「ハード・スキル」だとすれば、残りの四分の三を「ソフト・スキル」が占める。チーム作りに必要なスキルのウエイトは「ハード」よりも「ソフト」である、おそらくこれがビル・キャンベルたるところなのだろう。

ビルは彼のコーチングを受け入れられる「コーチャブル」な人だけをコーチングした。「コーチャブル」な人は「謙虚」な人だ。私が昔付き合っていたDDIというリーダーシップ開発会社は”Personal Development Orientation(自己開発志向)”があるかどうかをリーダー特性の4つの内の1つに挙げていた。そしてその内容は”Learning Agility(学習意欲)”と”Receptivity to Feedback(フィードバックの受容性)”だ。「コーチャブル」な人とはこの自己開発志向がある人と言い換えても良いだろう。

そしてビルの言葉は率直で時には辛らつ(「攻撃的で容赦が無い」「人当たりの悪いギバー」)だ(本書では「ビル節」リストが掲載されている)。ビルがそういう言葉を投げかけられるのはコーチングを受ける人の「心理的安全性」が確保されている、とビルが思った時だけだ。相手が安全だと感じていない時にはそうはしない。そして相手の能力を信頼した上で、もっと勇敢になるようにハッパをかける(「勇気の伝道師(エバンジェリスト)」)。

しかもビルにはがある。本書によると「温かさと有能さのあいだには、互いを打ち消し合う「相殺効果」がある」が「彼は明晰な頭脳と温かいハートを併せ持つ、稀有な存在」だとのこと。ビジネスでは私情を持ち込まないことが常識とされていたのに、彼は「どんな人もまるごとの人間として、つまり仕事とプライベート、家族、感情など、すべての部分が合わさった存在として扱った」。彼は人を大切にするためにその人や家族に関心を持ち、チームを「やさしい組織」にした。

会議では立ち上がって応援し、5回拍手する(「ビル・キャンベル手拍子」"Bill Campbell Claps"」。ざっくばらんな集まりを作ったり時間や人脈などの資産を惜しみなく使うことで、リンダグラットンが言うチームメンバーに「見えない資産」を生み出した。

もし江副氏がリクルート時代に「実業」として社会に認められたいという強い願望と怒りから常軌を逸していく前にビル・キャンベルのようなコーチに出会い、コーチを受け入れていたらどうなっただろうか、との思いを馳せる。ビルであれば「虚業と言う奴にはそう言わせておけ。君はこれまで他の人が思いつきもしなかったことをやったんだ。10年後わたしたちの結果に驚き、自らの過ちを認めるのは間違いなく彼らだ。」とでも言ったのだろうか。

本書を読んで、思い出したのが10年以上前に出会った”The Five Dysfunctions of a Team"(邦題:あなたのチームは機能していますか?)という本だ。シリコンバレーのIT企業に自動車産業出身のベテランがCEOとして就き、機能しないチームをハイパフォーマンスを発揮するチームに変身させていくというストーリーだ。本書でビルが実行するストリート仕込みのマネジメントノウハウが面白いストーリーの中に散りばめられた良書なのでご興味がある方は是非手にとってみて欲しい。

ビルがシリコンバレーのみならず、政治や教育界、スポーツ界でも名コーチと言われるように、チーム作りというマネジメントスキルは業界や業種に関わらず共通する経営課題であることを改めて認識させてもらった。

そして本書が最後に述べているように、江副氏のように優れたコーチを持てなかったことは決して悲観することではない。なぜなら「チームのコーチに最もふさわしいのは、チームのマネジャーなのだから」。


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