メキシコ人にとって大切な『ビタミンT』
メキシコシティの街中を歩くと、そこかしこで目に付くのが屋台。歩道の端に簡易テントやビーチパラソルが立てられ、その下でエプロン姿のおばちゃんがきびきびと動き回っている。売っているものは店によって異なり、それぞれ特色がある。メキシコ伝統のスープを売る店があれば、駄菓子専門店もある。フルーツジュース屋では、ずらりと並んだ大きな透明のプラスチックボトルから、キウイやマンゴー、グアバなどのフルーツ入りシロップをおばちゃんがおたまですくい上げ、氷たっぷりのプラスチックコップに注ぐ。それを受け取って嬉しそうにその場でぐびぐびと飲み干すおじさんたちの姿は、縁日でかき氷を買う小学生のようで、なんだか微笑ましい。
屋台の中で一番店数が多いのがタコス屋だ。人気の店は、朝から夕方まで客が途切れない。平日の14時頃になるとスーツを着たサラリーマンや工事現場のおじさん、ピチピチのパンツを履いたOLたちが店を取り囲み、プラスチック皿を片手に、立ったままタコスを頬張る。もう一つ、タコスに並ぶ勢いで多いのがトルタを売る屋台。柔らかめのフランスパンのようなパンに、肉、野菜、豆、チーズ、唐辛子ソースなどをたっぷり挟んだボリューム満点のメキシコ風サンドイッチ、トルタ。1つ食べるとすっかり満腹になる。
私の友人は、「メキシコ人には決まった食事の時間がない。」と言う。もちろん家庭によっても個人によっても食生活は異なるはずなので、「メキシコ人は」と言えるかどうかはかなり怪しいが、いつ通りかかっても客で賑わう屋台を見ていると、その話にも頷けてしまう。その友人は笑いながらこうも言った。「僕たちメキシコ人には 『ビタミンT』 が必要不可欠なんだよ。仕事に行く前だろうが、後だろうが、仕事の途中だろうが、ビタミン不足だと感じたらこうしてタコスやトルタの屋台に立ち寄って補給していくんだ。」
チリチリと焦げそうに熱い日差しの下、色とりどりのパラソルとお腹を空かせたたくさんの人。その光景は確かに『ビタミン』という言葉がよく似合う。さて日本人の私にとっての必須ビタミンはなんだろう、と考えながら、今日も娘が眠るベビーカーを押して、賑わうたくさんの屋台をずんずんと通り過ぎる。