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メキシコ幼稚園の新学期狂騒曲
9月に入って、メキシコの学校では一斉に新学期がはじまった。今回は、ほとんどの学校が通園とオンラインの2コースを用意し、各家庭が選択できる形式を取っている。
わが家は、家から車で10分ほどの現地幼稚園に通うことにした。サマーキャンプにも参加した娘は、どうやら免疫が出来ているらしく、朝の別れ際も泣き顔ひとつ見せず、さらりとわたしの手から離れていく。
しかしこの新学期、準備の段階ですでに、異文化パンチを1発食らわせられた。メキシコ幼稚園の新学期狂騒曲。今回はこちらをお届けします。
◇
はじめて幼稚園を訪れた際の様子を以前こんな記事にした。
サマーキャンプという6週間の「お試し期間」を経て、夫とわたしは、娘をこの幼稚園に引き続き通わせることに決めた。
入学金が12,500ペソ。日本円にしておよそ6万5千円だ。携帯から幼稚園の口座に振り込みをして、完了画面のスクショをチャットアプリから園の担当者に送る。最初の手続きはこれにて終了。
問題はここからだった。
入学金を振り込んだ翌日から、わたしのもとには園から合計15通ものメールが届いた。内容は、ウェルカムレターに始まり、教科書、制服、推薦状提出、事前アンケート、同意書、備品準備に、果ては専用アプリへの登録まで。
1通にまとめてではなく、ばらばらと予告なく送ってくるあたりにメキシコらしさはあるものの、その内容の異常なまでの細かさには、夫と2人、「これ、本当にメキシコの幼稚園?」と首をかしげてしまった。
メールに書かれた内容を少し抜粋してみる。
【通園に関する注意事項より抜粋】
(1)月水金は体操服、火木は制服で登園
(2)体操服の日は白靴下、白靴。制服の日は紺靴下、紺靴。
(3)毎週オムツ8枚とお尻拭きを預ける。
(4)各自で名札を用意して付けてくる。
(5)金曜は各自ランチ持参。
(6)教科書にはビニールカバーをつける。
(7)園バッグ、制服には名前を刺繍する。
(8)園児が分かるよう、持ち物にワッペンを付ける。
【備品に関する案内より抜粋】
以下の備品を8月〇日〇時に園に届けること。
(1)園児の証明写真6枚
(2)ティッシュ大箱4箱
(3)100枚入りウェットティッシュ4パック
(4)アルコール70%の抗菌ジェルボトル
(5)手拭き用ペーパー4箱
(6)記名済みマスク5枚入りのジップロック
まるで日本みたいじゃないですか、と突っ込みたくなる。何から何まで指定され、事前の準備も山ほどある。
「やれと言われればできるけど、メキシコ人にこの準備、ほんとにできる?」そうぶつくさ言いながら、わたしたちは週末を潰して準備に奔走した。
◇
指定された通り備品を揃えると、段ボール2箱になった。それを車に積んで、これまた指定された日時に幼稚園のチャイムを鳴らす。中に通され、内容物をチェックされ、「ペルフェクト!(完璧よ!)」とウィンクをされて、ものの数分で園を出た。
さっさと終わったのはありがたいが、なにかがおかしい。園児の親がみな同じ日時に備品を持ってくるのだから、さぞかし園内は混雑しているだろう、と思っていたのに、いたのは数人の先生とわたしだけ。1人の園児につきこれだけの備品があるのだから、段ボールがそこらじゅうに置いてあるだろう、と思っていたのに、入口から見た限りどこにもそんなものはなかった。
「もしや、これは・・・」という疑念が確信に変わったのは、娘の登園初日だった。
園が授業の様子を一部、親向けに映像で配信するというので、携帯からアクセスしてみる。すると、驚くほどばらっばらなのだ。靴下と靴の色もばらばら。名札もつけていたりいなかったり。バッグはもはや園のものかどうかわからなくなるレベルで派手に飾りつけられている。
うん、やっぱりメキシコならそうだよね。紅茶のカップを片手に、リビングで1人深々と頷いてしまった。
日本で30年かけて培ったわたしの常識において、「こういう風にやってください」と言われたことは、絶対だった。けれど、ここではそうじゃないのだと、この日あらためて教えられた。
「こういう風にやってください」は、あくまで「こういう風」。紺の靴下を買いに行って、そこで見つからないなら、わざわざほかの店に探しに行かなくても、とりあえず白を履けばいい。そうしたからって、誰が困る?誰も困らないでしょう?みんなそうやって、適当に、ほどほどに、やっている。
ルールを作った側の園も、その通りに全員がやっているかどうかなんて、ほとんど気に留めていない。たしかに指示通り、完璧に準備すれば「ペルフェクト!(完璧よ!)」とウィンクしてくれる。かといって、紺が白でも、白が紺でも、備品を全部出していなくても、「ノテプレオクペス(心配しなくて大丈夫)」。だって実際誰も困らないから。
それなら最初から面倒なルール作らないでよ、と言いたくなるけれど、この「やってる感」が大好きなのも、またメキシコ人なのだ。
◇
ワッペンでごてごてになった園バッグを背負って、楽しそうに跳ねる子ども達の動画を見ながら、この数週間のきりきり舞いは一体何だったんだろうか、と力が抜けた。
そこに決まりごとがある。けれどそれを、適当に、ほどほどにやる。骨の髄までまじめなわたしには、大いに価値ある人生修行かもしれない。