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自己決定の教え
こんちは、かわこうです。
先日、実家の母と少しの間話す時間がありました。
何かの話の流れから、僕の就職活動の時の話になり、とあるエピソードを思い出しました。
僕は公務員のみに絞っていて、国家公務員試験と地方公務員試験を受けていっていたわけです。
僕が選考を進めていたのは、
・労働基準監督官
・国家Ⅱ種(今は一般職というやつ?)
・地方上級(県)
の3つです。
この中で、国家Ⅱ種というものは、1次試験に合格すれば、官庁訪問といって、各省庁の面接を受けて、選考を受けるものです。
そして、2次試験に合格していれば、内定を得ておいた省庁から採用を受けるわけです。
僕はその官庁訪問による選考で、財務省の出先と厚生労働省の出先から内定をもらっていました。
その年は、労働基準監督官と国家Ⅱ種の2次(最終)試験の合格発表がとある金曜日で、地方上級(県)の最終合格発表が翌月曜日という日程でした。
僕は県が第一志望だったので、自分としては、労働基準監督官や国家Ⅱ種の方の内定をもらって安心して県の合格発表を待ちたいと思っていたところです。
そんな中迎えた金曜日。
労働基準監督官と国家Ⅱ種の2次試験に見事合格していました!
国家Ⅱ種については、財務省の方に行きたかったので、合格発表の日に財務省の方から連絡を受けて、出向くことに。
そこで小部屋に案内されたところ、
「うちの内定を受けるには、他に選考が進んでいるところに断りの電話を今ここで入れてください」
なんと!笑
こんなことあるのか~という感じです。
第一志望は県ですが、合格発表は翌月曜日です。
迷っている間にまずは労働基準監督官からと言われ、こちらは優先順位が当時低かったので、断りの連絡を入れました。
次は県に、と言われたときに、少し考える時間をもらうことに。
財務省を断って、県に合格していなかったら、内定は1つもなくなってしまうわけです。
財務省の担当者との話で「親御さんに相談されますか」という話になったので、その状況を母に話しました。
母はもう財務省の内定を受けてほしそうでしたが、僕はやっぱり県に行くということを諦められず、結果、財務省の内定を辞退しました。
土日はものすごくドキドキでしたが、翌月曜日に迎えた県の合格発表で、見事合格!
こうして県の職員になっていったわけです。
思えば母の教育方針は、自己決定させることに重きを置いていたと思います。
というか、今大人になって話をした時に孫の話とか折に触れてそういう話をするので、そこを意識して子育てしていたんだと思います。
この就職という大きな決断の時でも、自己決定で自分の道を勝ち取ることができました。
今思うと、この難しい選択の中で自分で選んで決断したということが、後にこの仕事に対するモチベーションの源になっているような気がします。
僕はリスクを犯してでも明確にこの仕事を自分で選びました。
それから10年以上が経って、辞めたい、転職したいということも何度もありました。
その度に自分がなぜこの仕事を選んだのか、よくよく思い出しますし、このエピソードも思い出します。
もちろん、転職しないことが良いというわけではないんですが、思い出すたびに、今の仕事にしっかり打ち込もうと思えるわけです。
母の子育て方針に、放任されているなあ、もっと助けてほしかったなあと思うことも正直ありました。
でも、小さい頃から自己決定させる癖をつけさせてくれたことで、こういう決断ができたと思うし、それによって人生が僕なりに良い方向に進んでいると感じます。
自己決定と人生の幸福はものすごく大きく関わっていると思います。
人に選ばされた人生を行きた末には、後悔しか待っていないと思います。
母に感謝ですね。