見出し画像

展覧会 #22 カナレットとヴェネツィアの輝き@SOMPO美術館

元は1976年に「東郷青児美術館」として安田火災海上(現・損保ジャパン)本社ビル内に開館した美術館。その後2度の館名変更を経て、2020年に「SOMPO美術館」として本社敷地内に新美術館棟がオープンしました。
私が以前訪れたときは本社ビル内の高層階の頃で、かなりご無沙汰していた美術館です。

SOMPO美術館 外観

今回は18世紀にヴェドゥータ(景観画)というジャンルで名を馳せたカナレット(1697-1768)の全貌を紹介する日本で初めての展覧会。

写真がなかった時代に観光と結びついて発展したというヴェドゥータとはどのような絵画なのか、興味が湧いて展覧会を訪れました。

カナレットとヴェネツィアの輝き
会期:2024年10月12日(土)~12月28日(土)

SOMPO美術館
東京都新宿区西新宿1-26-1
交通アクセス:JR新宿駅 西口 徒歩5分



グランド・ツアーとヴェドゥータ(景観画)

グランド・ツアーとは、18世紀ヨーロッパ、とりわけイギリスで流行した、上流階級の子弟が教育の総仕上げとして数か月から数年かけて文化の中心地を巡る大規模周遊旅行のこと。イタリアではローマ、ヴェネツィア、フィレンツェなどが人気の目的地でした。
ヴェドゥータ
とは、遠近法を用いて都市の景観を精密に描いた絵画のこと。
名所旧跡を正確に描き出したヴェドゥータは、旅の記念としてグランド・ツアーで訪れた外国人旅行者に人気を博し、ヴェネツィアやローマで18世紀に発展しました。

カナレットのヴェドゥータ

カナレットの景観画を見て興味を引かれたのは、建物に描かれている人物。

ベネツィアの人気イベントであるレガッタと呼ばれるボート競技を描いた《カナル・グランデのレガッタ》では、運河沿いの建物に多くの観客が描かれています。

カナレット《カナル・グランデのレガッタ》1730-1739年頃

細かくぎっしりと、建物の奥にいる人まで描き込まれています。

カナレット《カナル・グランデのレガッタ》部分

屋根の上まで見物人がいる様子が描かれていて、細部を見れば見るほどこのイベントの祝祭的な雰囲気と会場の熱気が伝わってきます。

カナレット《カナル・グランデのレガッタ》部分

ローマの名所を描いた《ナヴォナ広場の景観》、《ローマ、パラッツォ・デル・クイリナーレの広場》には下敷きとなった版画が存在しているそうです。

カナレット《ナヴォナ広場の景観》1750-1751年頃

建物の細部をよく見るとバルコニーに人物が描かれています。

《ナヴォナ広場の景観》部分
カナレット《ローマ、パラッツォ・デル・クイリナーレの広場》1750-1751年頃

こちらの作品でも、上階のテラスやバルコニーに人物がいて、景色を眺めたり、下に向かって何かやり取りしているようにみえる人もいます。

《ローマ、パラッツォ・デル・クイリナーレの広場》部分

下敷となっている版画の建物に人物が描かれていたかは分かりませんが、建物を精密に描くだけではなくそこに人が加えられることで建物が生活の中に溶け込んでいるように見え、私はそこに面白さを感じました。

カナレットの素描

カナレットの景観画は対象を細部まで研究して描いた素描習作を元に、紙の上で構図を確定していく工程を経て制作されています。

カナレット《サン・マルコ大聖堂の内部》1766年頃

様々に研究された構図はそのままカンヴァスに再現されることもありますが、異なる視点から見た構図を複数組み合わせて実際には見ることができない景色を描き出すこともありました。

カナレット《ドーロ風景》1744年以降に刊行

実景をそのまま描いていないことや複数の視点からみた景色を組み合わせていることも解説を読んで初めて知ったことで、素人目には分からないほど違和感のない景色です。
そこには実景を精密に研究し景色を操作する創意工夫があり、カナレットが組み立てた構図には観る者の視点を上手く誘導して景色の中を周遊できるような仕組みがあることを知りました。

カナレット《河岸の眺め》1744年以降に刊行

カプリッチョ(架空の景観画)

実在するものと空想上のものを自在に組み合わせたカプリッチョという架空の景観画も当時人気を博したジャンルだったようです。
※カプリッチョとはイタリア語で「奇想」や「気まぐれ」の意味

フランチェスコ・グアルディ(1712-1793年)のカプリッチョでは広場の実景に改変を加え、実在しない崩れた建物を配置するなど虚実入り混じった風景が描かれています。

フランチェスコ・グアルディ《小さな広場と建物のあるカプリッチョ》 1759年

現代を生きる私はこの絵が実際の景色ですと言われればそのまま受け入れてしまいます。
カプリッチョを見て、今の漫画やアニメの世界に通じるものがあると思いました。普段目にする景色と似ているけどどこか違う、日常と地続きにある非日常の世界に浸る楽しさ。この時代を生きた人たちもそれと似た感覚でカプリッチョを楽しんだのかなと思いました。

19世紀の画家たちが描くヴェネツィア

最後のセクションで紹介されていたのはカナレット以降の19世紀にイギリスとフランスの画家が描いたヴェネツィアの風景。

ヘンリー・ウッズ(1846-1921年)
《サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ広場、ヴェネツィア》 1895年
ウジェーヌ・ブーダン(1824-1898年)
《カナル・グランデ、ヴェネツィア》 1895年
ポール・シニャック(1863-1935年)
《ヴェニス,サルーテ教会》 1908年
クロード・モネ(1840-1926年)
《サルーテ運河》 1908年

ヴェドゥータと比較するとこれらの画家が主観的に描いていることが分かります。19世紀の画家たちが描いたヴェネツィアは、主題もモチーフも構図も、画家の興味はどこにあって何を描きたいのか、その主張が伝わってくる風景画になっています。

それに対して受容と供給の中に身を置き、旅の記憶を思い起こさせる記録画を求める買い手のために創意工夫を凝らして精密かつ魅力的な「映える」景色を生み出していったカナレットやその系譜に連なるヴェドゥータの画家たちの絵画は「職人的」であると言えるかもしれません。


最後は収蔵品コーナーにはゴッホの《ひまわり》で鑑賞の締めくくり。
バブル期の1987年に当時の安田火災海上が購入して大きな話題となった作品。
すごく久しぶりに観ました。背景のタッチが意外と穏やかというか落ち着いていますね。

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890年)
《ひまわり》 1888年

最後までお読みいただきありがとうございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?