デザイナーが深く関わるヘルスケアデザイン in イギリス
イギリスでは、デザイナーが企業のプロダクト開発や行政のサービス改革の初期から関わることがスタンダードになってきています。近年、トレンドとなっているデザイン思考のアプローチも、プロダクトからサービス開発へのビジネス領域での応用が始まり、その先駆者とされるのがイギリスのサービスデザインコンサルティング企業Liveworkです。
この流れで、イギリスやヨーロッパを中心にデザイナーがヘルスケアの領域で関与する事例が増えています。本記事では、イギリスのヘルスケアデザインの事例を取り上げながら、デザイナーの関与によるメリットと今後の展望をまとめていきます。
[予備知識]イギリスのヘルスケア事情
イギリスは戦後世界に先駆けて国民医療制度(NHS)を導入した国であり、全国民が所得に関係なく医療にアクセスできることを目的に設立され、福祉国家の先駆けとして注目されました。私たちも住民登録をする事で基本的に無料で最寄りの病院(GP)にかかることができる。
一方で近年多くの問題が論じられている。例えば、慢性的な医師不足により予約が取れない、取れたとしても数週間後というのはザラだ。そして財政の問題からアメリカ企業にNHSの一部を売却しようとしている事も告発によって明らかになっている。利用者と提供者の両方においてうまく機能していない状態が続き、改革が求められている状況です。
Babylon AIとオンラインによる24時間対応の問診
Babylonはオンラインサービスで医師の問診と、AIによるテキスト型問診を提供しているサービスです。イギリスの医療機関に行くためには予約が必要であり、医者にかかりたい時に行けないという問題がありました。また、病院側も受け入れの限界に直面していました。こうした状況から、NHSはBabylonが提供する24時間ビデオ通話やテキストで医師の診断を受けられる新しいサービスを導入しました。
このサービスの特徴としてスタートアップであるBabylongがアプリデザインを行なっており、ユーザー視点にたった使いやすいサービスということである。リサーチも丁寧に重ねている事で、ユーザーと医師側双方にとって使いやすいUIやサービスが提供されている。
よくあるのが、デザイナーが不介入のままプロダクトやサービス開発が行われ(デザイナーは表面的なデザインに留まっている)、病院側の関係者にしかわかりにくい、ユーザーに負担を強いる事でリピートに繋がらず消えていくサービスやプロダクトが見受けられる。
Babylonではそのような点をユーザー起点(このユーザーには最終ユーザーだけではなく、医師や薬局も含まれる)で考え、どのステークホルダーにも使いやすいように丁寧に導線設計されている。結果、ローンチ後ロンドンだけでも10万人が登録したサービスとして成功している。
Babylonがサービスとして優れている点は、ユーザーニーズ、テクノロジーの実現性、ビジネス面の全てがデザインされている点である。具体的には、オンライン診断によってわざわざ病院に行くほどでもない患者数の削減+ユーザーの時間節約、医師や病院の負担軽減、そして最終的に医療費の削減にまでつながっている。このようにUIやUXのデザイン領域のみならず、サービス全体の設計に成功し、人々の健康状態の改善にまで繋げている良いヘルスケアデザインの一例である。
うつ病をゲームで改善するアプリeQuoo
別の事例として、ゲームを通じてうつ病を改善するアプリeQuoo挙げてみたい。近年、イギリスでも生活環境の変化によってうつ病を発症する人の割合が右肩上がりで増えている。しかし、通常の病院予約と同じように医師とのコンサルテーションを数回予約するだけで数ヶ月かかってしまう。もちろん医師の数を増やせば良いとなるが、財政難に直面しているNHSでは医師の確保は容易ではない。そのような中で、民間サービスの活用やデジタル化の推進でサービス面とコスト面の両立を図る努力をしている。
こちらのAppが面白いのは、ゲームという手法を取り入れつつ、ヘルスケアデザインを行なっていること、そしてNHSの認可アプリとしても認められていることである。
これにより患者が診断に来た際に、医師がうつ病改善に有効な手立てのひとつとして患者におすすめ出来る。まだ日本ではこのように民間のサービス、とりわけゲーム形式のアプリが病院で提供されるというものはない。細かいリサーチ背景が見つからないのでデザインプロセスは分からないが、推測すると心理学者、エンジニアとデザイナーが一緒になりプロダクト開発をしただろうと想像できる。(CEOも元NHSでうつ病患者の対応をしていた)
イギリスの社会デザインの特徴として、まず問題はどこにあるかをユーザーリサーチやステークホルダーリサーチを通じて丁寧に洗いだす。そのあとで現在応用できるテクノロジーは何か(このケースではApp)を議論し、最終的にデザインしていく。
そして更にイギリスならではと感じるのは、このような民間サービスでもしっかりとしたサービスを提供できると判断され、ゲームアプリがヘルスケアの領域で採用されている事である。
加えて、イギリスのヘルスケアデザイン業界ではアップルウォッチ等のウェアラブル製品の可能性に早くから着目しており、そのテクノロジーをどう国民のヘルスケアに反映させるかの試行錯誤が始まっており、一部採用されている。まだこちらのアプリの実際のフィードバック等は見当たらないが、この先が楽しみなプロダクトの一つである。
HelixCentre ヘルスケアデザインに特化した横断的組織
最後のサービスの紹介はプロダクトではなく、ヘルスケアデザインに特化した組織Helixについて記載したい。Helixセンターとは美術大学ロイヤルカレッジオブアート、サイエンスエンジニア系のインペリアルカレッジ、Helen Hayman Centreが新しいヘルスケアデザインの可能性を探るべく設立された団体である。
Helixの特徴としてあげられるのが、デザイン思考のアプローチを中心にヘルスヘアデザインを行なっている点である。そしてスタジオ自体をStMary病院内に併設することで、実際の医療現場へのアクセス、医師や看護師とのコラボレーションへの敷居を下げている点がユニークである。
ヘルスケアの領域ではステークホルダーが非常に複雑に関係していて、一部へのデザインや最新テクノロジーのみでは、サービスの最適解が出しにくい。
そして医療という観点から失敗が許されない業界であり、変化を起こしにくい。そのような制約の中で、Helixはヘルスケアにイノベーションを起こすことを目的にInnovationLabとして活動している。
Labの方向性として、医療にイノベーションを起こすこと、NHSのデジタルサービスや現場をデザイン思考アプローチで解決している2つがある。デザイナー、エンジニア、ドクターやアカデミアというアプローチや視点が違うプロフェッシナルが議論を重ね、案件により様々なプロトタイプを作っている。
プロトタイプは製品やサービスとしてローンチする前にいくらでも失敗が出来る、コスト面も低く抑えられる点でヘルスケアデザインとも相性が良い。更にヘルスケアにはあまり見られなかったユーザー起点の視点で物事を考える事によって、今までとは違う形での医療サービス、ヘルスケアイノベーションを起こすきっかけになっている。
デザイナーが関わることのメリット
なぜヘルスケアデザインにデザイナーより重要になってくるか?それは上記でも述べたように医療サービスは複雑であり、情報を整理しデザインするデザイナーの能力ととても相性が良いからである。
特にイギリスではデザイナーの領域が広がっており、”デザイン=設計”、つまりデザイナーが全体の仕組みをデザインするということが一般化しつつある。(主要メンバーの一員として)そしてデザイナーはユーザーが何を求めているかに集中している分、最新テクノロジーや規制にとらわれない良い意味での中間でプロジェクトに関わることができる。
上記3つの事例もそうだが、ユーザーが満足し、ストレスなく、使えるサービスやプロダクトを作る事によって、誰にとってもメリットのある物が出来上がる。結果、医療制度の向上、コスト削減に繋がる。
今後のヘルスケアデザインの流れ
これからのヘルスケアデザインに求められるのは、持続可能(サステイナブル)なサービスやプロダクトの開発になる。これはヘルスケアで特に感じるが、イギリスの医療制度もコスト面含め限界が来ている事、ライフスタイルの変化(高齢化含む)により既存の医療制度では満足な医療を提供できない事が挙げられる。
加えて、世の中の次の流れとしてサステイナブルなサービス価値を求められる中で、より環境や社会に対し価値を示すことが重要になる。その流れの中で、デザイナーができることは素敵なデザイン(見た目)だけではなく、機能するデザイン、そして社会や個人の機能面と情緒面の両方をデザインするようになるだろう。更に、ファイナンスやビジネス面もよりシビアに求められていくだろう。
そして先進国での大きな課題として、高齢化に対応したヘルスケアデザインが求められる。身体的にも制約が出てくる、またテクノロジーに精通していない世代のためにどのようなデザインするかはデザイナーが得意とする領域である。またアップルウォッチや音声アシスト端末の登場により、ヘルスケアデザインはウェブやアプリデザインのみに留まらず、テクノロジー全般を駆使してデザインするトレンドは続く。気をつけたいのは、あくまで使う人間を起点にデザインするということは忘れないようにしたい。