見出し画像

花屋を教えたかっただけ


凍てつく手を、もう片方の手で包み込んだ。僕の左を歩いていた人の温かい手は、もう伸びてこないとわかっていた。

寒くなると孤独感がより一層増して、厚手のアウターに顔を埋める自分を俯瞰しては寂しくなる。

小さな雪が降った。ほんの少しの間だけ。雪が降ってるよ、と送ってはみたものの返事はなく、既読の文字を見つめた。指先が痛かった。
今年の初雪は孤独や未練を含んでいて、道路に落ちて溶けたあとも、それだけが残った。
体の内側がどうしようもなく寒かった。

***

愛が知りたいんだと四年前に呟いた人に好きな人ができたみたい。
中学の同級生である彼女とは、互いに恋人がいない時にちょくちょくご飯に行く仲だったけれど、もう誘えなくなってしまった。
好きだとか付き合いたいだとか思ったことはないけれど、それでもやっぱり寂しいもんは寂しい。

カフェでランチをして、家の近くまで送った。「付き合ったら教えてね。もう誘えなくなるから」と言うと、「今日が最後かもね」と彼女は言った。
寂しいね。そうね、寂しいね。
彼女は「握手でもするかい?」と珍しいことを提案し、驚きつつも僕は手を伸ばした。「またね」と言い合いつつ、”また” がもうないことを考えた。

年齢的に、次の恋人が結婚相手になる可能性が高い。そう思うと簡単には人を好きになれないし、色々と考えることがあるから荷が重い。好きになることは計画的ではなく、衝動的というか偶然とも言えるけれど、好きな人ができた彼女を羨ましいと思った。
好きな人がいないわけではない。でも、これは未練であって、恋とはまた違う。
恋がしたいわけではなくて、できることならこの未練をまた、恋にしたい。

今を幸せだと思えないのは、今までが幸せだったからだと気づいた。




元日の地震。あの子の親戚の家が石川県にあるものだから、まさか行っていないだろうと思いつつも不安で仕方なくなり連絡をした。
数時間後になって返信があり、実家にいるとのことで安心した。上がりきった肩がストンと落ちたのが分かった。迷惑な元彼だ。

***

好きな人ができた友人が、その相手と交際を始めたらしい。ずっと行きたいと言っていたハリーポッターのスタジオで浮かれている彼女の写真がインスタグラムに載っていた。付き合ったんだなと察した。
自由に一人で行きたいと言っていたけれど、お相手と一緒ということは、大好きなんだろうな。
「おめでとう」とだけコメントをしておいた。

お幸せに、




マッチングアプリの人とご飯へ行った。ひとつ歳上のお姉さんだったけれど、とても話しやすい人で非常に安心した。

とりあえず僕の顔が好きだと言うので、疑いながらも内心は嫌な気持ちはしなかった。普段言われないものだから。
まだまだ気になるレベルでもないけれど、一緒にいて落ち着く人だなと感じたし、彼女もそう言ってくれたので、まあ良しかな。
好きになれるビジョンが湧いたわけでもなければ、一度きりというわけでもないのだろうけど、とりあえず顔は好みだった。

未練が、引きずってるうちに削れて無くなってしまえば楽なんだろうけどね。まだ戻れないかなと思ってしまっているものだから、マッチングアプリをしているのも何だかなぁという気持ちで。
誰かを好きになれる気はしないけど、まあそう焦ることもないから、引きずりながらもゆっくり歩いていければいいな。

***

大雪が降った。前回の雪のときには連絡してしまったけれど、今回はやめておこうとスマホを仕舞った。
でも連絡したくて、大雪の写真だけ撮っておいたけれど、結局送ることはなかった。正解だったのか不正解だったのかは分からない。
喜んでいるだろうなと、手のひらで雪を固めるあの子を想像する。ちっちゃい雪だるまでも作っただろうか。
やっぱりね、何かが起こった時や何かを感じた時、一番に共有したくなる人は決まっている。
いつまで変われずにいられるのかな。


夏に定年退職するYさんがご飯に連れて行ってくれた。
僕が今月で辞めると言うと、皺だらけの顔で寂しがってくれて、すぐにご飯に行こうと誘ってくれた良い人。
かわいいなぁ、とよく言ってくれるYさんは、これからの人生のことも真剣に聴いてくれた。最終的に決断するのは僕自身だけれど、60年以上生きてきた人の言葉は受け入れる他ない。


店に向かう途中、シックで素敵な建物が視界に入った。なんだろうと調べてみると、お花屋さんだった。
すぐに あの子 の顔が浮かんだ。
あの子はお花が大好きだった。というか、綺麗なものが好きだった。キラキラしてるものも。
連れて帰るお花を選んでる あの子 の横顔を鮮明に覚えている。眼の中のハイライトがより一層光っていた。

僕は花のことをこれっぽっちも知らない。
教えてもらったガーベラとカスミソウしか分からない。

付き合っている時の癖で、お花屋さんをすぐに共有しそうになったけど我に返った。



後日、お花屋さんを教えるだけなら迷惑じゃないかもしれないと思い、連絡をした。

ありがとうございます。

その畏まった返事を見て、あの子との未来は限りなく透明に近いのだと改めて。
蕾にもならない地の底に眠った未練と、河の流れに倣って何処までも遠くへ行ってしまうあの頃。
雪が溶けても、桜が散っても、陽炎が見えなくなっても、紅葉が落ちても、僕は立ち止まったままでいるのだろう。
もう、花屋は見つけない方がいい。


当時も使っていたうさぎのスタンプに既読がついて、未練がゆく先を失った。

まいったなぁ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?