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思ひつめ思ひすてたり蝉の殻

思ひつめ思ひすてたり蝉の殻     橘しのぶ 

 俳句結社『春燈』の関西大会で、成瀬桜桃子主宰から特選をいただいた句。30年前。季題は、「蝉の殻」で夏(晩夏)。蝉の抜殻、蝉のもぬけ、空蝉。
 断ち切るほかない恋心を詠んだ句。そうするほかないのに、その人を失った時、蝉の抜け殻のようになった自分がいる。この心理的背景には、源氏物語第三帖『空蝉』がある。光源氏と一夜を共にしてしまった空蝉は、以後、源氏を拒み続ける。源氏の来訪に気付いた彼女は、小袿(高位の女性の準正装として用いられた上着)を蝉の殻のごとく脱ぎ捨て、逃げ出してしまった。空蝉には、夫がいる。しかし、そうであるからというよりも、源氏を本当に好きになってしまいそうな自分が怖かったのだろう。たとえ好きになっても、源氏が本気で彼女に恋をする事はないであろうから。自分の思いを蝉の殻のように脱ぎ捨てる。だからといって翅が生え青空に飛び立つ事は無い。脱ぎ捨てたつもりが、もぬけの殻になってしまった自分に気がつくだけなのだ。

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