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⌇アライグマには、ご用心⌇

◎小学校に、アライグマがやってきて……?
・2022年初春に書きました。

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 こんな話を始めよう。登場するのはアライグマ。舞台は、とある小学校。
 よく晴れた日の十時すぎ、学校はちょうど休み時間。どこから入り込んだのか、一匹のかわいらしいアライグマがやってきた。
「おなかがすいているんです。どうか、給食をわけてくれませんか」
 そいつがそんなふうに言ったんだ。相手は、花のお世話をしていた、新米の花子先生。
「うーん、ちょっと、どうだろう。わからないなあ。校長先生にきいてみなくちゃ」
 花子先生は、口ではそう言いつつも、すっかりこのアライグマのかわいさにやられていた。もふもふの小さな体。しましまでキュートなしっぽ。うるうるのつぶらな瞳。おなかがすいているなんてかわいそう。給食くらい、わけてあげよう、そうしよう。
花子先生は校長室に、そいつを連れて行ったんだ。
「おなかがすいているんです。どうか、給食をわけてくれませんか」
 アライグマは、校長室でまた言った。校長先生びっくり仰天。まさかうちの学校にアライグマがやってくるとは。これは、他の小学校の校長たちに自慢できるぞ。うらやましがるに違いない。給食くらい、わけてやろう。どうせアライグマが食べる量などたかが知れてる。それに、こんなに礼儀の正しい者を、追い出す理由なんてひとつもないんだ。
「いいだろう。好きなだけ食べていきなさい」
「好きなだけ? 本当に?」
「ああ、なんなら、家族もここへ連れておいで。たくさん食べさせてあげよう」
「家族も? 本当に?」
「もちろんさ」
 よせばいいのに、なんてのんきな校長先生。とたんに、そいつは大きくジャンプした。
「やったー! こいつは話が早い、そんなら家族を連れてこよう」
 挨拶もなしに、全速力で校長室を出ていった。さっきまでしょんぼり、しおらしくおねだりしていたとは思えない。別人のようだ。いや、失礼、別グマのようだ。
 残された花子先生と校長先生は、でも、まだ、あやまちに気がつかない。こんなにのんきで大丈夫か?
「あんなにかわいいアライグマを連れてきてくれて、ありがとう。紅茶でも飲むかい?」
「いえいえ、やっぱり私の日ごろの行いがいいからですかねえ。いただきたいです」
 校長は花子先生にはもったいないくらいの高級茶葉を用意して、そこにトポトポのんびりお湯をそそいだ。
 ところがどっこい。
「校長! 大変です!」
 飛び込んできたのは、教頭先生。
「どうしたんだ!」
「あの、その、アライグマが!」
 大あわての教頭に、校長はほっとして、にやにや。
「それなら君、安心したまえ。さっき給食をわけるようお願いされてね、私が許可を出した。お客様だから丁寧にご案内しろ」
「はあ。そうだったんですね! それならよかった、でも、大丈夫でしょうか。ちゃんと給食室に、話は通してありますか?」
「やれやれ、君。アライグマの家族ぐらいで何を言っているんだ。それにうちの給食室は、優秀、優秀。心配ないだろう」
「だって僕、あんなにたくさんのアライグマ、初めて見ます」
「あんなにたくさん? いや君ね、誰だって一度に見たことのあるアライグマの数なんて大したことないだろ? 大げさなんだ、大げさ」
「だって! 校長、見てくださいよ!」
 教頭は、窓の外を指さした。それみて校長、ぶったまげた!
 ずんどこずんどこ、ずんどこずんどこ。
 なんて大量のアライグマ!
 次から次へ、門からずんどこ歩いて入ってくる。
 それがずうっと連なって、こちらに向かってやってくる。
「こ、こんなにいっぱい……」
「だから言ったじゃないですか、どうするんですか!」
 ずんどこずんどこ、ずんどこずんどこ。
「ええい、私がなんとかしよう!」
 校長先生、あわてて外に飛び出した。全部見ていた花子先生、おろおろしながら後を追う。
校庭で遊んでいた子どもたちはもちろん、みんな遊びをやめ、その行列をあっけに取られて見ているし、教室にいた子どもたちも、先生たちも、異変に気付いて窓から見ていた。
 そうしてみんなが見守る中、先頭のアライグマが、校舎前に到着した。さきほどやってきたあいつが先頭。得意げな顔で胸を張る。
「さあ、メシはどこだ」
 なんていう口のきき方、私のクラスの子なら許さないのに。花子先生は口をへの字に曲げた。校長、こんな奴ら、早く追い返してくださいね! と思ったら。
「やあやあ、ずいぶんと大家族で。どうぞこちらへ、ついてきなさい」
 なんと校長、こいつらを招き入れる気だ。
「ちょっと、校長、いいんですか?」
 花子先生は、校長に耳打ち。
「だって仕方がないだろう、さっき良いって言ってしまった。それにうちの給食室は、優秀なんだ。大丈夫」
 アライグマを引き連れて、校長が向かったのは体育館。
 ぞろぞろぞろぞろ。
 最後のアライグマまでようやく入った。ざっと五百匹くらいだろうか?
「給食はまだか!」
「おなかがすいたぞ!」
「待ちきれない、待ちきれない」
 わいわいがやがや、ぎゃーぎゃーぎゃー。
『えー、みなさん、今すぐご用意いたしますので、少々お待ちくださいね』
 校長はマイクを使ってそう言うと、全速力で給食室へ。
「ミエコさん! 大変なんだ!」
 そう言いながら飛び込むと。
「はいはいアライグマだろう?」
 給食準備に何十年、大ベテランのミエコさん。さすが落ち着いて、すでに準備を進めていた。なんともう、何台ものワゴンに、大量のお鍋と食器が積まれてたんだ。
「話には聞いたことがあったのさ。アライグマたちがやってきて、学校中の食べ物がすっからかんになるまで食べていくって、そういううわさ。近くの町でもやられたらしい」
「すっからかん……」
「校長さん、安心しな。今日のぶんのスープが出来てる。ちょっと煮込みは足りないけど、それは仕方ない、どんどん運びな。材料だっていっぱいある。まだまだじゃんじゃん作れるさ」
「ああ、ありがとう!」

 さて、本来ならば、三時間目の授業が始まる時間。けれども子どもたち、それどころじゃない。あたりまえだ。だって、何百匹ものアライグマが、体育館にいるんだもの!
「さあさあ、授業を始めるぞ!」
 そんなふうに先生が言ったって、ききっこない。だってそうだろう? 君だってもしこの学校の子どもなら、アライグマが気になるはずだ。
「先生、アライグマ、見に行きたい!」
「なんでこんなに来たんだろう」
「友達になれるかなあ」
 がやがや、がやがや。どの教室も、似たり寄ったり。
 本当は、先生たちだって気になっている。でも自分たちは、大人なんだ。しっかり授業を進めなければ。
「はいはい、アライグマなんてどうってことないだろう? 授業をするぞ、三角定規を出して」
「えー」
「つまんないの」
 するとそこへ、放送が入った。
『ピンポンパンポーン。至急、先生方は給食室に集まってください。児童の皆さんは、自習になります。決して、アのつく動物の話などせずに、静かに取り組むこと』
「自習だって」
「やったー、寝ちゃおう」
「やっぱり、アライグマのせいかな」
「おい、その動物の話しちゃいけないんだぞ」
「静かにしてくださーい、しゃべってた人は、あとで先生に言うからね」
 子どもたちはまだまだ騒いでいるけれど、先生たちは仕方なさそうな顔をして(でも内心は興味津々で)教室を出て、給食室へ。
 そして、校長の指示に従って、ワゴンを押して、体育館に向かう。
 アライグマは、子どもたちの何倍も、ぎゃあぎゃあうるさかった。
「おいおい、遅いぞー」
「いつまで待たせる気だ!」
「やっとかよ、やっとかよ」
「ん? いい香りがしているな」
「なんだ、これはなんだ。なあ、なあって!」
「早く食わせろ! メシを食わせろ!」
 校長は指示を出す。
『先生方、運んでいただきありがとうございます。それでは、すみませんが、配膳をお願いします。どんどんスープをよそって、配ってください』
「スープだって!」
「いいねえ、スープ、大好きだ」
「どんなスープだ?」
「なあ、すうぷってなんだ? おいしいのか?」
「楽しみだな」
「たくさん食べるぞ!」
 先生たちは、やれやれ、と思いながら、言われた通りに器にスープをよそい始めた。
 スープは、すっごくおいしそう。とろとろになったキャベツや玉ねぎ、ほろほろのジャガイモにお豆、もちもちのマカロニなどなどが、たっぷり入ったトマトのスープ。もわもわ湯気が立っていて、そのすばらしい香りだけでほっぺが落ちそうになる。
 先生たちはみんなで必死にスープをよそうと、はじっこにいるアライグマたちへとそれを渡し、どんどんまわしてもらうことにした。
 先生はたくさんいるんだし、おいしいスープが手にはいれば文句も出ないだろう、どうやら何とかなりそうだな。今、君はそう思ったんじゃないか? ところが、アライグマたちってのはやっかいなんだ。
「おい、これじゃあオイラのところにまわってくる頃には冷めちゃうじゃないか」
「あ、ずるい! 食べるなよ! どんどんまわせ、まわせ」
「なんだこれうまいぞ」
「私のやつ具が少ないよ!」
「アイツのは多すぎるんじゃないか?」
「あっつい!」
「わー、お前こぼしたな! ぞうきん持ってこい!」
「これじゃ効率が悪いだろ」
「よそい方も下手くそで、あきれちゃうな」
 ……この騒ぎである。
 先生たちも、くたびれた。大体、なんで自分たちがスープの配膳なんてやらなくちゃいけないんだ?
「校長、もう私たち、スープ配りは嫌です!」
「何を言っているんだ、やってくれなきゃ困るじゃないか。まだまだ前の方の奴らにしかわたってないぞ」
 あわてる校長、ぶすっとする先生たち。
「スープはまだか! スープはまだか!」
「すうぷ食べてみたいぞ」
「遅いぞ、下手くそ!」
 飛び交うアライグマたちの野次。
 やんや、やんや。やいの、やいの。
 のんきな校長先生は、ようやく途方に暮れる。やれやれ、大変なことになってしまった。

 さて、教室にいる子どもたちは、アライグマのことが気になって仕方がなかった。でも、こっそり様子を見に行くほど勇気がある者はいないし……。基本的に、この小学校のみんなは真面目だ。アライグマの奴らにも見習ってもらいたいもんだ。
 すると、そんなところへ、
『ピンポンパンポーン。至急、各クラスから一名ずつ、体育館に集まってください。お手伝いをお願いします』
という校長先生の放送が。
「え、なんだろう」
「俺行きたい!」
「いーや、あたしが……」
 教室がざわめきかけたところへ、放送は続く。
『クラスで、一番スープを配るのがうまい者たち。繰り返します。クラスで一番のスープ配りは、至急、体育館に集まってください。我こそは給食当番のプロだという者、集まってください……』
 どの教室も、この奇妙な呼び出しに、しーんと静かになってしまった。

 校長は、どきどきしながら放送室から体育館に戻った。クラスで一番スープを配るのが上手な子なんて、すぐに決まるだろうか。ケンカになったりして。そうしたら、ますます大混乱だぞ。ああ、校長人生一のピンチだ……。
 体育館に戻るともう、ひどいありさま。
 やんや、やんや。やいのやいの。
「こんなにひどい学校は初めてさ」
「となり町はすばらしかったのにさ」
「校長が悪いんじゃないか」
「すうぷ、食べたいぞ!」
「おかわりはまだか、なあっ」
 アライグマたちの騒ぎ声。
「校長、どうするんですか!」
「もう、私たち、知りませんからね」
 大人げなくふくれっ面の、先生たち。
 弱ってしまった校長先生、目に涙をためながら、
「もうすぐ、子どもたちが来るんだ、給食当番のプロたちが……」
「給食当番のプロ?」
「もうだめだ、校長が壊れたぞ」
「うちの校長は、元々のんきすぎるんだ」
 するとそこへ!
「お待たせしました!」
「配るスープはどこですか?」
 体育館に飛び込んできたのは、十二人の子どもたち。そろいもそろって、もうエプロンにマスク姿、すぐにでもスープを配る準備が整っている!
「ありがとう! あれを、配ってほしいんだ」
「まかせてください!」
 クラスで一番のスープ配りたちは、てきぱきと動き始めた。
 スープをよそう者。どの器も、完ぺきに同じ量になっている。
それを、手渡しに行く者。たくさんお盆にのせているのに、まったくこぼさず、すばやい動き。
 先生たちは、それを、あっけに取られて見守るばかり。
 花子先生は、自分のクラスからの選出者をぽかんと見つめた。山田君、あんなにどんどんスープをよそっていく……。こんな特技を持っていたんだ、私、気がつけてなかったな。まさか彼が、スープをよそうプロだったなんて……。もっとよく子どものことを見なければいけないなあ。

 少しだけ時間を戻そう。校長のおかしな放送の後、どのクラスも、一度はしーんとしてしまった。けれど、その後、
「それなら、あいつじゃないか?」
「うん、あいつしかいない」
という具合に、どのクラスでもすぐに一名ずつ、すぐれた技術の持ち主が選ばれたんだ。子どもたちはクラスメイトの良いところを、きちんと把握しているからね。
 例えば、五年二組のユメは、ぼんやりと放送をきいていた。スープ配りにうまいも下手もないでしょう、あんなに簡単なんだもの……。すると、
「ユメちゃん!」
「ん?」
「なにぼーっとしてるの、うちのクラスからはユメちゃんしかいないでしょう」
「え?」
 あわてて教室を見渡すと、誰もがうなずいていた。彼女は、訳も分からぬままエプロンを着て、体育館に向かったのだった。そしてゆっくりと、ああ私、スープを配るのが上手なんだ、そしてみんなそれを認めてくれていたんだ、と理解していった。意外な自分の才能に、ユメは顔をほころばせたのだった。

「おいしい!」
「このほろほろのジャガイモ、うまいなあ」
「やれやれ、やっとまともな配膳係が来てくれたか」
「初めからこの子たちにまかせればよかったのに」
「うーん、ほっぺが落ちそうだ」
「こっちにもう一杯くれ!」
 先生たちは恥ずかしくなり、顔を赤らめていた。子どもたちはなんて頼りになるんだろう、それに比べて自分たちは文句を言ったりして……。十二人は、せっせと、無駄のない動きを続けた。ほれぼれしてしまう。
 というわけで、ようやく、アライグマたちも満足をして帰ってくれるんじゃないか。君は今、そう思ったね? ところがまだ、もう少しこの物語は続くんだ。
「校長先生!」
 そうやってかけよってきたのは、山田君。
「あれ、どうしたんだ?」
「もう、お鍋にスープがなくなってきました」
「なんだって? あんなにたくさんあったじゃないか」
「いやあ、なにしろ食いしん坊な奴が多いもんで、一匹で何杯も食べてしまうんです」
「弱ったなあ。でも、ミエコさんのことだから、まだ用意してくれているはず。給食室から、また運んでくるか」
 そんな会話をしていると、それをきいていた近くのアライグマが、
「なあ、もう鍋にはないんだって。それで、給食室ってところから運んでくるんだって」
と、となりのアライグマに話した。
「給食室?」
「給食室ってなんだ?」
「そこにスープがあるのか」
「給食室がなんだって?」
「給食室に行けばいいのか?」
「給食室はどこだ?」
「どこに行けって?」
「給食室だってさ」
 あっという間に、伝言が始まった。それもバカなアライグマたち、情報が間違って伝わっている。
 ざわざわ、ぞろぞろ。ざわざわ、ぞろぞろ。
 アライグマたちの移動が始まった。
『わーわー、待ってください!』
 校長があわてていっても、きく者はいない。どんどん体育館から出ていってしまう。子どもたちにも、この大移動は止められない。
 ずんどこずんどこ。ずんどこずんどこ。
 アライグマたちは列にもならず、群れをなしている。そうしてわちゃわちゃと、すべての廊下をねり歩く。これじゃあ遠回りなのにね。でも仕方がない、先頭の方にいるアライグマが、給食室の場所を知らないんだから。
「あれ、アライグマだ」
「どこに行くんだろう」
「えー、ついていこう!」
 廊下を進む奴らを見て、子どもたちは、ついに我慢ができなくなった。教室から飛び出して列に混ざると、一緒に給食室に向かう。そんな調子でついに、学校中の子どもたちが、アライグマの大群に混ざってしまった。
 そうして、ようやく、先頭が給食室に到着した。これにはさすがのミエコさんもびっくりだ。
「あらまあ、どうしたんだい」
 アライグマたちは、「スープをよこせ!」と大騒ぎ。
「たくさん用意しているよ、それにしても困ったね、こんなに集まっちまって」
 ミエコさんは、少し迷ってから、
「仕方ない、特別だよ。給食室の中にお入り」
と、通すことにした。
「おい、入るぞ」
「やったー、スープだ」
とアライグマたち。
「給食室の中? 初めて入るぞ」
「えー、どんなふうになってるんだろう」
と子どもたち。
 ぞろぞろ、ぞろぞろ。
「おい、押すなよ」
「もっと早くいけ」
「スープはあるのか」
「もう待てない!」
 ぎゃーぎゃーぎゃー。
 すると、そこへ突然!
「おい! お前ら! なんだなんだ大勢で! ん、アライグマじゃないか? 今日悪さをしているのは、お前らか!」
という野太い声が、給食室内にひびき渡った。
 さすがのアライグマたちも、それには驚いて、とたんに静かになってしまった。
 ミエコさんは、うちの給食室の秘密がついにばれちまうね、とにんまり笑ったのだった。
 声の主が誰か、君にわかるかい? いーや、わかるはずがなかったね。だって、給食室の秘密は、校長先生も知らなかったんだから。

 疲れ切った校長は、ずいぶん遅れてようやく給食室にたどり着いた。
 やれやれ、大変だよ全く。それにしても、うちの給食室ってそんなに広くないよな? みんなここにいるのか? それに、思ったより静かだな。もっと大騒ぎになっていてもおかしくないのに。さすがのアライグマたちも、疲れたんだろうか。
 校長は、給食室に入った。すると、アライグマも子どもも先生も、みんな座って近くの者同士なごやかにおしゃべりをしながら、スープを食べていたんだ。
 すると、一人の子どもが、
「給食室に隠し扉なんてあったんですね! それに、クマさんが働いているなんて、知らなかったです!」
「隠し扉? クマ?」
 何を言っているんだ、と思っていると、部屋の奥の壁がパタリと開き、そこから出てきたのは、
「ミエコさん! ……と、ええっ!」
 後ろから出てきたのは、なんと、一匹のクマ! 大きい、ツキノワグマだ!
「校長さん、黙っててごめんよ。彼は、うちの給食室の立派なシェフなんだよ。彼のおかげでうちの給食室は優秀なんだ。何しろ彼は、どでかい鍋を、すごい力でかき回し続けてくれるからね」
「校長先生、初めまして。もう長いこと働かしてもらってます。この隠し扉の奥、結構広くて、普段からそこで生活させてもらっているんです」
 校長は驚きすぎて言葉が出なかった。扉の奥を見ると、そこには広い空間が。今は、アライグマと子どもたちが仲良くスープを食べていて足の踏み場もないけれど。
 それにしても、校長はやっぱりのんきだよ。自分の学校にクマがいたのに気がつかないなんてね。
「さあさあ、アライグマたち、そろそろ満足だろう。お前ら、このまま帰るなよ。お前らがすべきことはなんだ!」
 クマが、大声で言う。
「すべきこと……、なんでしょうか」
「おいおい、洗い物に決まってるだろう、食べ終わった奴から、仕事につけ。みんなのぶんを、洗うんだ」
「はい、わかりましたあ」
 なんて素直なアライグマたち。言われた通り、大きな流しにずらりと並び、黙って仕事を始めたんだ。どうやら彼らは、ツキノワグマの言うことはきくようだ。やれやれ。
 じゃばじゃば、きゅっきゅ。じゃばじゃば、きゅっきゅ。
 さすがアライグマという名前だけあって、洗い物は本当に上手。みるみるうちに、食器がきれいになっていく。
 それを見て、子どもも先生も校長も、感心してしまったってわけだ。

 そんなこんなで、そろそろこの話は終わってしまう。アライグマたちが、そのままこの小学校で食器洗いの仕事を始めるという話はまた今度しよう。え、となり町の学校に行ったときの話もききたかった? じゃあそれも、また今度。
 とにかくこのお話を読んでくれた君に言いたいことは、ひとつ。
 アライグマには、ご用心!

(おしまい) 🦝🦝🦝🦝🦝

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