研究ノート 以下の記事は、私がAmazonに記した樋口英明『私が原発を止めた理由』(旬報社、2021)の学術的書評(2021.6.5、☆2)の再録であり、部分的に補足してあります
以下の記事は、私がAmazonに記した樋口英明『私が原発を止めた理由』(旬報社、2021)の書評(2021.6.5、☆2)の再録であり、部分的に補足してあります。
特定の裁判長が、原子力にかかわることについて、主観に基づき、全体的に記しており、物の見方や考え方が分かり、参考になります。
原子力推進派は、原子力のメリットに着目し、反原子力派は、デメリットに着目し、自己主張しています。本書は後者の立場です。大飯3 & 4号機の運転差し止め請求事件の裁判長として、差し止め判決(原告住民勝訴)をした後、定年を機会に、頭の中を整理し、もっと大きく言えば、在職中は、立場上、言えなかったことも、すべて絡め、人生の到達点として、整理したように受け止めました。
記載内容の30 %は、耐震性について、記していますが、その30 %のみで、本書の位置づけや価値が決められるものではなく、全体的に考察する必要があります。
人文社会系出身者である裁判官や裁判長が、原子力について、東大や原子力機構や原子炉メーカーの研究者と同程度の学術的知識とシステム設計のノウハウなどの現状を把握しているわけではなく、原発システムの基準地震動や耐震設計法について、的確な理解と分析ができていなくても、当然なことです。
著者の樋口さん(京大法学部卒)は、まず、
・学術書『原子力耐震工学』(鹿島出版、2014)(Amazonに評者が書評済み)の熟読、
・解放基盤面の定義(p.28参照)、
・地震加速度応答スペクトルの定義(p.40参照)、
・基準地震動(振動周期0.02秒の値)は、開放基盤面(S波速度が700m/sec以上)で定義しますが、実際には、設計基準地震動として、原子炉建屋地下二階床面、
・原発システムの機器・配管などは、基準地震動(周期0.02秒)の値で耐震設計されるのではなく、地震加速度応答スペクトル(log-log図表示で、振動周期0.01-10秒、その周期内では、応答スペクトルは、台形となり、振動周期0.1-0.3秒の値は、基準地震動(周期0.02秒)の値の約2.5倍)を考慮して設計される、
・BWRの場合、原子炉建屋(その中の原子炉格納容器は、例えば、福島第一原発の場合、地下二階から地上四階まで)は、地下二階から地上五階まであり、各階には地震計が設置されており、地震加速度と地震加速度応答スペクトルが観測され、上階に上がるにつれ、応答スペクトル全体の絶対値は、大きくなり、四階の床面では、地下二階床面の約2倍に、各階の機器・配管などは、各階の応答スペクトルに基づき耐震設計と耐震補強される、
・耐震設計や耐震補強する場合には、各階の応答スペクトルの値がそのまま採用されるのではなく、安全係数1.5がかけられる、
・3.11の時、女川原発3号機では、開放基盤面と原子炉建屋屋上の応答スペクトルが観測され(p.73参照)、前者は、想定に近く(振動周期0.1-0.3秒では1500 gal.)、後者は、屋上の想定に近いものの、絶対値は、前者の約7倍(10000 gal.)にも達している、
などの事実関係を抑えた上で、問題提起していただきたい。
樋口さんは、「原発の耐震設計は一般住宅に劣る」と記していますが、そのようなことはなく(私が調査した積水ハウスは、住宅設計において、全国を対象とし、地震の有無に関係なく、阪神大震災の1.5倍、すなわち、地表面1300ガルを想定、住宅メーカーによっては、同様の考え方で、さらに高い地震動を考慮した設計、それに対し、原発の基準地震動の設計基準地震動は、活断層やプレートの影響を考慮、本質的に考え方が異なっており、樋口さんは、比較できない対象を比較、岩盤立地で、剛構造・重構造の原子炉建屋地下二階で、地表面より揺れが約半分に緩和され、たとえば、大飯原発であれば、856ガル、さらに、原子炉建屋内で、上の階に行くにつれ、20 %増、四階で二倍、屋上で四倍と、三次元的分布、樋口さんには以上のような認識がない)、原発の機器・配管などは、Aクラス(原子炉格納容器内機器・配管など)、Bクラス(タービン建屋内機器・配管など)、Cクラス(屋外施設)と分類され、一般建築構造物よりも、Aが3倍、Bが1.5倍、Cが1倍(静岡県は県のルールで1.5倍)となっています。さらに、上記8点の留意事項を吟味すれば、著者の現状認識と分析法が間違っていることが分かると思います。樋口さんが、判決や本書の記載内容と同じことを学会論文誌原著論文として投稿したならば、確実に、査読不合格で、掲載拒否されます。
世の中の人たちは、耐震設計法に無知であるため、樋口さんの主張を信じてしまうでしょうが、世の中で恥をかかないように注意してください。
樋口さんは、大飯3 & 4号機運転差し止め請求事件において、「入倉・三宅式から算出される地震動は、平均値であり、過小評価されている」としていますが、確かに、入倉・三宅式では、各種地震観測値からパラメータの決定過程において、平均値から求めているものの、その値をそのまま採用せず、大きな安全係数をかけ、さらに、耐震設計や耐震補強の際には、応答スペクトル全体に大きな安全係数をかけていますから、過小評価になることは、ありません(水戸地裁は、東海第二原発運転差し止め請求事件において、3月18日の判決で、入倉・三宅式を肯定的に位置づけています)。