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完結から逆算して読む呪術廻戦
どういう記事か
2024年09月30日発売のジャンプ44号で呪術廻戦が完結した。最終話である第271話「これから」は一見これまでとは無関係なエピソードに見えて、積み重ねてきたものの総まとめ的な面もあり、なかなか凝った構成だと感じた。あと幽白の最終回みてえだなって思った。
内容に関して言えば、前々から作品に対して考えていたことと合致していて我が意を得たりとなる描写が半分くらいあり、残りの半分はどう解釈していいかわからなかった。ネットで見かけた解釈だと、例えば最後の百葉箱の薄く開いた扉は北を向いているらしい。面白いっすね。
本記事ではそのうちの自分が読み取れたと思う個所についてつらつらと書きつらねていきたい。扱うトピックは「見かけと中身の乖離」「五条と別の強さ」「解けた呪い」の三つだ。また最終話は呪術廻戦全体の総括であるという前提に立ち、その内容から逆算する形で作品を読み解いてく。なので最終話だけでなく全編のネタバレが満遍なくあります。
見かけと中身の乖離
見た目を変える術式
最終話の前の回にあたる第270話「夢の終わり」では、それまでの流れを断ち切って唐突に新しいエピソードが始まった。ある日を境に同棲相手の顔が奇妙に歪んで見えるようになった女性の話である。女性は変わらずに同棲を続けているが、言い換えればこれは相手の見た目が変わっても中身は元のままだと信じているわけだ。見かけと中身が乖離しているのである。
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作中では「見かけが同じなのに中身が違っている」が頻出する。見た目を変える術式は、これまでの展開を踏まえたバリエーションだと考えて良さそうだ。
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この漫画
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人の体乗っ取るやつばっか
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出てくるよね!
さてこの見た目と中身の乖離の話だが、自分はここが話の起点だと思う。
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ここで五条が言及しているのは、外敵とみなしたものを躊躇なく殺せる虎杖の精神構造だ。(これは呪術師一般の素養でもある)つまるところが「こいつは味方」「こいつは敵」というレッテル貼りである。
内面の決めつけ
羂索が「なんでわかんだよ」と言ったように、人間の内面は外から確かめることができない。五条が夏油の乗っ取りを見破ったり虎杖がダイエットした小沢優子を見破ったりしたのはレアケースと言うべきで、普通人間は外面を見ることになる。
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内面は言動から推察される。順平を殺してゲラゲラ笑ってたら「こいつらはどこまでも行っても呪いなんだ」であり、女のタイプが一致したら「どうやら俺たちは親友のようだな」である。前者は合っているかもしれないし、後者は明らかに間違っているが、主観の上では大差はない。中でも呪い、ないしは呪詛師のレッテル貼りは相手にとって致命的なもので、パブリックエネミーとして抹殺されることになる。一度貼られたレッテルをくつがえすのは困難だ。
相手を味方とみなした場合も同様だ。五条悟は最期まで夏油に背を押してもらいたがっていたし、宿儺戦は伏黒を人に戻すことを主眼に置いていた。とはいえ夏油も伏黒も(心を折られて消極的にとはいえ)自らの意思で敵対していたのだから、実際の内面とは乖離があったといえる。
双子が呪術上は同一人物として扱われるのも、極端なことを言えば「見た目が一緒なんだから内面も一緒だろう」ということだ。それほどまでに内面は気にされないのである。
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我が強いので乗っ取りがあっても無視してボディに話しかける特級の皆さん
役割を演じること
他人からレッテルを貼られるのとは別に、本人が自己を曲げながら進んで何らかの役割を負うこともある。五条悟は生徒との間に埋めがたい距離を感じながら教師を演じており、多少の破綻を来しつつもとうとうそれがばれることなく生涯を全うしてしまった。文字通り墓場まで内面を持って行った、というのが空港の意味するところだったわけだ。
役割は体面を取り繕うことにつながる。同じ人間だと伝えて外敵扱いされることを避けることができる。高羽にボコられた羂索はコントの相方を演じて窮地を脱したし、脹相の最期の言葉はわざわざ弟役になった虎杖への感謝だった。
そもそもが呪術師という職業からして殺しをなりわいとするアウトローの自己正当化のケがあり、呪詛師との境界はあいまいだ。宿儺が勝手をして以来自分の役割に悩んでいた虎杖だったが、呪術師はみな同じ葛藤を持っていると言える。
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呪術師界は成果主義
そんな中で虎杖が出した結論はレッテル貼りを捨てることだった。人に大仰な役割を当てはめるのをやめ、「人らしくあればよい」と説いた。
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これといった役目のない人間がどこかへ行くのは平気なことではない。なぜなら行ってしまうと寂しいからだ。
同様に罪を犯した人間だって何かしらの役割をーー誰かにとっての「人らしさ」を有しているかもしれない。宿儺を助命しようとしたのもそうなら、顔を変える呪詛師を励ましたのだってそういう理屈だ。
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呪詛師には呪術師の手伝い、宿儺には魔除け。人を殺した自分が呪術師の世界で生きているように、役割を与えることが虎杖の考える共生の手段となった。うわべと中身は乖離していてかまわない。むしろそれで初めて共生が成り立つのだ。
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逆に呪霊の定義はうわべをとりつくろわないことにある。
日本人全員がうわべを捨てて意思を伝えあうと一億総呪霊と化す。
五条悟とは別軸の強さ
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これ寄生獣なんじゃないか??
最終話で五条悟の話す内容は描写を丁寧に追っていくと比較的わかりやすい。特に顕著なのはメカ丸のセリフだ。
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ここでは二通りの弱さが語られる。意志の弱さと力の弱さだ。社会にとどまろうとする意志の弱さゆえに仲間を売り、力の弱さゆえに真人を撃退できなかった。
一方で虎杖については力でなく意志の強さが卓越していることが語られる。
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となると五条が虎杖に求めたのは力の強さよりも意志の強さだろう。五条も教師として理想を追っていたが、本人の中ではどこかしっくり来ていなかった。そのために虎杖に望みを託す必要があったわけだ。
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解けた呪い
最終話付近で頻出するセリフに「いいんだよ」がある。
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伏黒にとっての父親は報いを受けずに逃げおおせた人間の象徴であり、戦う動機の一つになっていた。あまり言及はないが、実は伏黒の精神にかなり深い影を落としていた。父親が人知れず死んでいたというのは伏黒にとって朗報だ。己の戦う意義を再確認できたのだから。
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なんとこの一か所しか親父への敵視に関する言及がない!
宿儺についていえば言わずもがな、虎杖を苦しめていた張本人だ。こちらも伏黒と同じ意味で、宿儺を倒したことで執着から逃れることができた。
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宿儺が言うところの自らの呪いに、虎杖と伏黒は焼き殺されずに済んだということだ。己を執着から解き放つことがすなわち呪いから逃れることだというのは、乙骨が里香を解き放ったのと同じ着地点であると言える。
まとめ
見かけと中身の乖離
人の見た目を変える術師が言わんとしているのは、そもそも人間が本心からかけ離れたところで役割を演じているということだ。自己をカモフラージュせずのびのびやっている連中は呪霊や呪詛師とみなされ社会から排除されるさだめにある。
五条悟とは別軸の強さ
五条が虎杖に求めたのは集団で物事を進めて理想を追う意志の強さだ。
解けた呪い
虎杖と伏黒は宿儺が言うところの自らの呪いに焼き殺されずに済んだ。己を執着から解き放つことがすなわち呪いから逃れることだというのは、乙骨が里香を解き放ったのと同じ着地点であると言える。
余談:三人の法則
「きっかけは二度あった」って何?
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ここまでの話は内面の規定について、個人の主観と集団の決定を敢えて区別せずに書いてきた。高専生から見れば婚約者の見た目は変わっていなかったし、虎杖と東堂はブラザーでもなんでもなかった。客観的な視点が主観を覆すことがあるわけだ。作中において、人間の見え方は三人以上が互いを見ることで初めて安定する。
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釘崎が自己を確立するには同郷の友達が二人必要だった。二人を除いた村人のことを頭がおかしいと思っていたのは、三人が互いに自己を承認していたからだ。
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パンダがゴリラ核とトリケラトプス核を失った後でもなんともなかったのは、すでに自我の確立が済んでいたのと、高専で過ごしたことでパンダを観測する目が増えたかららしい。その点上京した釘崎が自信をつけたのと同じだと言える。
そんなところを踏まえると、謎めいた河童と真希の相撲のエピソードが言わんとするところわかる気がしてくる。相撲の話において重要だったのは、社会を離れた一対一の取り組みだという点なのではないだろうか。乱暴に言えば社会の規範や良心など忘れて、目前の相手に集中しろということだ。
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呪詛師の自認も「自由」
宿儺を同じ人間だと認めるものが二人いたのであれば、宿儺も二人の承認を得て人間となる可能性があった。ここに懐玉と似た構図があるような気がするのだが、どうだろうか。
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