出来おとり その3:読書(シテイニャ)、引き続き読書(ポロドージャイシテイニャ)
忘れもしない春の嵐の日だ。V釧路は沸騰したようだった! しけた街並みに雷雲が圧しかかり、Vスズメやクマバチが気が触れたように飛び回った。港には獰猛きわまりないウニどもが押し寄せ、陸地を転覆せんとテトラポッドに牙を立てていた。他方平原に目をやると、どしゃ降りの中を絶えず煙と灰が吹き上がっているのが見えた。まったく信じられない連中だ。隙あらばそういうことをしている。
私は本を棄てに行かねばならなかった。業者が本を引き取ってくれるのには曜日が決まっており、どうしても出かけていかねばならなかったのだ。ボール箱を抱えて行く道のりはもちろん快適というわけにはいかない! 私は雨具の前をかき合わせ、道中英勇(インヨン)な気分を盛り立てるべくポータブル・プレイヤーでジュヴナイル・コアを聞いた。音楽はいかにも私が大義をなそうとしていて、この世の果てに向かっているかのような錯覚をもたらしたが、実際に私が向かう先は町はずれの掘っ立て小屋であり、そこには話のろくに通じない頭のおかしな事務員の女が一人いるばかりだった。
思うにあの女もVtuberくずれであろう。この街でおかしなやつを見かけたら、ほぼ間違いなくVtuberか、それに準ずるものではないかと私は思う。一度おまえの意見を聞きたいものだ。
ともあれ私はなしとげた。頭からつま先までずぶぬれになりこそすれ、本を業者に引き渡し、ラボへと舞い戻った。固く戸を締め、合羽(グロスベ)を衣紋掛けに掛けると、まさにその眼前に本があった! 卓上に一冊だけ捨てるはずの本が残っていたのだ。これは紛れもなくラボの規定第ⅶ条に違反している!!! 私は大いに泡を食った。落ち着きを失いしばし部屋を歩き回った。しかし今更外に出たくないので、やがて大人しく席に着いた。
私は本を手に取った。実験を通して本は多少たわんだり、細かな傷が付いたりしていたが、元の形からさしたる変化がないのが見て取れた。褪せた表紙には『ヴァート』の題があった。リプス、面白いことに、私の推測が正しければ、このヴァートというのはVirtuala(ヴィルトゥアーラ)の略……つまり、VtuberのVと同じだ。
この本もまた抜かりなく冒頭に目を通しているはずだったが、どんな風だったか覚えていなかった。人の手相を思い出せと言われているようなものだ。表紙をめくると巻頭に短いフレーズが書かれている。題(チトーニ)よりも前にだ。
ひとりの少年が羽を口に入れ……
そして本編が始まる。
麻薬(スタッシュ)・ライダーズ
マンディが、ブツを入れた袋を抱えて終夜営業のドラッグ・ショップ≪ヴァートUウォント≫から出てきた。
コイツらの居場所は駐車場だ。タフなマンディがヤバい取引を終えて帰って来たところを、TV番組の撮影クルーよろしくバンの中から固唾をのんで見守っている。私と同じ景色がおまえにも見えているか? 照らすのは夜灯(イェドゥン)の明かりばかり、そんな夜の夜中の駐車場の暗い影の中にいて、追われ者の女がギラギラ輝くドラッグストアの店内から颯爽と現れるのを眺めるイメージだ。おまえにも夜の駐車場で待ちぼうけを食ったことが一度や二度あるはずだ。奇妙に眼が冴えて、同乗者が今ごろどんなブツをせしめているのかシートで思いを馳せているような時間が。え? V壊蛋(ヴォ・フェイダン)? 私にはそこからそこまで見えた。なので、「これは先を読まなくてはな」と言う気持ちにさせられた。
バンの中にいるのは麻薬・ライダーズだ。エネルギッシュな<疾走>(ビートル)、「おれ」ことスクリブル、幻女(シャドウガール)のブリジット、<宇宙から来た物体>の4人がいる。コイツらは誰も自己紹介なんぞしちゃくれない。マンディがバンに乗り込んで、幻ポリ(シャドウコップ)が追いかけてきたらそのあと車は走り出すだけだ。どだい駐車場っていうのはそういうところじゃないか?
だがスクリブルというのは憎めないやつだ。思い上がりがちな友人のビートルのそばにいて、割を食いながら自身もどこか芯に強いものを秘めている。未来にぼんやりと希望を抱いている若者の雰囲気がよく表れていると私は感じた。
さてマンディが買ってきたのは色とりどりの鳥の羽だ。どれも<熱魚(サーモ・フィッシュ)><脳糞(スカル・シット)>などの名前がついたヴァートで、巻頭にある通り口に突っ込むと摩訶不思議な効能をもたらす。束の間羽に閉じ込められた仮想世界の中にトリップするのだ……こいつはトップ=ディレクトな話じゃないか、おまえ! 葉(コラム)があれば木(ニ)を連想するように、羽があれば鳥を連想するのが私たちだ。だのに羽だけがマンチェスターの街中に散乱しているとは、得も言われず謎めいていて儚げな趣だ。しかもそれらが自ら口を聞くとは!
映画にしろGAMEにしろVtuberにしろ、お前の今の気分に合うものならなんでもいいが、作中における羽もそうした物語を語る場でありメディアなのだ。<熱魚><脳糞>といった名前はいわば作品に着けられたタイトルだ。麻薬ライダーズは合法の青羽から違法な黒羽まで、片っ端からなんでもかんでも試金(ため)している。ビートルの決めたルールで、ヴァートをやる時はいつも皆いっしょだ。
ビートル。横暴で危ういやつだ。コイツは物語の頭から仲間のためみたいな顔してやることなすこと有難迷惑で、どうしようもない王八蛋(ワンバーダン)であることがわかる。それでも、いやそれゆえにか人を惹きつけるところがある。スクリブルだってそうして惹かれてきたクチなのだ。
なるほどビートル率いるライダーズは無軌道だ。だが当面のあいだなら目的がないわけでもない。そしてそれはやはりヴァートだ。名は<イングリッシュ・ヴードゥー>。ゲーム・キャットのコレクション、鬼斧神工(グイフーシェンクー)の黄羽にして脱出不能の袋小路。<イングリッシュ・ヴードゥー>の世界では、スクリブルのかつての恋人、デズデモーナが捕らわれの身になっている。