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読書感想ストーリー「とらはえらい」

 猫舌だから熱い飲み物が苦手で、例えば、いつもインスタントコーヒーを淹れるときは、粉をカップ1/3程度のお湯で溶かし、そこに冷たい水か牛乳を注いで9分目くらいにする。熱いおでんを食べるときは、必ず小皿に置いて、そしてもう一枚の小皿に引っ越して、それからいただくようにしている。なので、口に入れるものを冷ます事が出来ないような場所、所謂外食先だと、困ることが多い。冬場は温かいお料理の方がいい。それは分かっているけれど熱いものを口に入れるのは、中々に勇気の必要なことなのだ。

 先日も初めてのデートで、自らの猫舌騒ぎをしてしまった。
 それにしても、何故男性はあんなにも、さっさと食べることが出来るんだろう。男性に猫舌は存在しないのだろうか。猫舌女の気持ちが分からないのだろうか。またどうして今日に限って、寒い雨の降る春なんだろう。温かいものが美味しい日。温かいものが人の心のかたまりを解きほぐす日。だから冷たい料理よりも温かい料理の方がお互い笑顔になれるーのは勿論分かっているのだ。しかし猫舌は、もう、どうしようもないのだ。
 その日、彼と二人で街並みを見下ろせるカフェでランチー「ここのオーブン料理が結構イケるんだよ。教えてあげたかったんだ。」恥ずかしそうに彼は言う。「グラタンとか嫌い?」

「好き好き。女子はチーズが入っている料理は好きだから。」

 彼は「良かったぁ」とほっとした様子で、マカロニグラタンとポテトグラタンを注文してくれた。
 ゆっくりと食べれば何とか凌げる。食事中も彼が、お話をしてくれることを願っていた。本当にオーブン料理は好きなのだ。ただ当たり前だが熱いのだ。周りを見渡すと、カップルはたくさんいた。が、みんなあまり話が盛り上がっていない。“黙食”推奨されているからだった。ちょっとだけ絶望してしまった。

 地上から20階も離れていると、雨の音も風の音も静かなんだね。
 焦げたチーズが内部の沸き立ちを全力で覆い隠しているマカロニグラタンが私の目の前にやってきた。彼と微笑みあって「いただきます」。さあ、どうやって冷ます?息の吹きかけは4回までがいい。4回で冷たくなって欲しい。私は表面近くのマカロニを2本ほどフォークで刺し口元へ運んだ。

 ふっ、ふぅ、ふっ、ふぅ

よし、いただく。

 「あっ熱っ!」

 彼を見ると、とても笑いを我慢して苦しそうだ。そう、私が嫌なのは猫舌そのものではなくて、熱いモノを不意に口に入れたときの“変顔”だ。何度となく大学時代の友人に変顔を指摘され、撮られた。私もその瞬間の写真を見たとき、自分の顔のひどさに笑った。そんなに鼻の穴をおおきくしなくてもいいのに、口の形がまるで、歌舞伎役者みたいにへの字に引きつらせなくてもいいのにー

マカロニの内側には熱々のホワイトソースが冷めないままだったのだ。私は平然として「どうしたの?」と聞いた。普通なら初デートの女性の、たまたま見てしまった変顔を笑うなんて失礼だから「いや、別に、ちょっとー」と何か取り繕うようなことを言うものだ。だか彼はズバリ

「熱いって言ったときの顔、笑える。変な顔になってたよ。」

ー失礼だ。もう食べたくない。

彼は笑ってから「ごめん、ごめんね。ただもう、可愛いの、ホントにその変顔が。ただの友達の変顔だったら面白いんだけどさ、
ー好きな人の変顔は、可愛いっていうか、愛おしいんだよね。」

 デートで猫舌さらしても、別にいいんだ。彼と一緒にまたこのお店に今度は私が誘って来たいな。
 でもそのときは、熱くないっていう顔で食べたいけどね。


今日のお話は
五味太郎 作・絵 「とらはえらい」

 自分の欠点を、他人から褒められるとくすぐったいものです。それが特に自分の好きな人に褒められたとしたら。
そうしたら、欠点をチャームポイントに出来ます。

朗読配信やってます


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