KOJIさんの訃報に接し、心から哀悼の意を表します。

FM802のDJオーディションに合格して、1997年10月にFM802でDJデビューした私にとって、La'cryma Christiは、とても大きな存在です。

1998年5月、La'cryma Christiの「WITH-YOU」がFM802のヘビーローテーションとなりました。その年のゴールデンウィーク、先輩のDJ浅井博章さんのスペシャル番組で、FM802の局内から、アコースティックライブを披露する彼らを観たときが、私にとっての直接的なLa'cryma Christiとの出会いでした。

私のFM802でのデビュー番組は、浅井さんの番組とディレクターが同じでしたので、La'cryma Christiの楽曲を紹介することも多かったです。

そして、fm yokohamaで番組を担当するようになってからも、La'cryma Christiのゲストを担当したりと、良いご縁が続いていきました。

ライブもほとんど毎回欠かさず拝見させていただきました。
あるときに事務所のスタッフの方からも「武村さんはラクリマのライブのときには必ずお見かけしていました」と言われて、本当にずっと観させていただく機会をいただいていたことはとても光栄でした。

La'cryma Christi。
彼らへの想いは、語り尽くせません。
同じ時代を生きられたことは、私にとって人生の宝です。

今年の2月22日。自身の病状についてご本人が記した文章を読んだときに、同い年のKOJIさんが食道がんでこのような壮絶な苦しみの中にいることに、強い衝撃を受けました。

同時に思いました。
人生は本当に短いと。

それから、ロシアのウクライナへの軍事行動も起きて、私の中で、「命」と「人生」への向き合い方がどんどん変化していきました。追い詰められるほどに。

KOJIさんの体調が良くないのだろうという不安は、特にTwitterの更新が止まってしまったときから、毎日気がかりで仕方がなかったです。

折下、4月。
2年前、私の父は末期がんで、在宅医療を受けていました。父の介護をしていた時期も4月でした。経験があるだけに、様々な想像が頭の中を行き交っていました。毎日、本当に心配でした。どうか痛くないように。どうか苦しくないようにと。

昨晩、雨の音が強い中。ふと眠る前に、YouTubeでアコースティックライブでの「Lhasa」を聴いていました。なんだろう、何か告げてくるようなこの感じはと気になって仕方がない思いがありました。

あぁ、旅立ってしまったのだと知った今日。
電車の中で見たその知らせに、悲しくて、悔しくて、何かが自分の中でガラガラと崩れていくような気持ちになりました。

KOJIさん、本当に痛くて苦しかったと思います。
たくさんの幸せと共に、無念もあったと思います。
今は、痛みや苦しみから解放されて、ゆっくり休めていることを祈っています。

私は父が、がんで亡くなったあと、この世界から、がんの痛みと苦しみが無くなることを心底願って、高松宮妃癌研究基金に寄付をしました。
なぜ、ここへ寄付をしようと決めたのかはこちらをお読みください。
こんな悲しいことが起きる、がんへの研究が進み、がんの撲滅を願うばかりです。

KOJIさん、あなたがいたから、素晴らしい音楽がこの世界に生まれました。
その音に触れられたことに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

今は、ただただ、悲しいです。

武村貴世子


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