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6/26 kargil → Zanskar 悲劇が起きる
※通信環境が悪い場所にいたため、更新が滞っていました。
この1週間、電波状況の悪さに反比例するように、かなり濃い体験をしておりました。
昨日に引き続き今日も「ほぼ移動デー」で、話のネタは特にないはずだったが、夜間の移動中に悲劇が起きた。
とりあえず、時系列に沿って日記を書く。
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昨日、ドライバーと約束した8時半にタクシー乗り場へ行く。
すると、今日の朝にスリナガルからカルギルに来て、そのままザンスカールへと向かう旅行者がいるということで、便乗することになった。
ところで、前回の記事で車のチャーター料について言及していたが、ぼくの聞き取りが誤っていた。
2,500ルピーはチャーター料ではなく、シェアタクシーの運賃だったのである。
チャーターするとなると安くても1万円以上はするはずだと思っていたので、シェアの運賃だとすれば妥当な金額だ。
なお、実際のシェアタクシーの運賃は2,200ルピーだった。
2,500という数字はどこから出てきたのか不明だが、あるいはその数字もぼくの聞き間違いだったのかもしれない。
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とりあえず、スリナガルから来るという旅行者を待たなくてはならない。
タクシー乗り場の周辺で写真や動画を撮って、時間を潰す。
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9時半、ドライバーがやって来て、「彼らと連絡がついた。来る途中の道路で土砂崩れが起きていて、少なくともあと2時間はかかるらしい」と言う。
しょうがないので、町を散策することにした。
カルギルはあくまでも通過点とはいえ、バススタンドの周りしか歩いていなかったので、良い機会だと思うことにした。
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カルギルは、レーに次いでラダックで2番目に大きな町らしい。
町というよりも、集落がダラダラと続いている感じだ。
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11時半にタクシー乗り場に戻るも、案の定、同乗者は来ていない。
彼らを待つ間、仕事や用事でザンスカールへ行くという乗客も集まって来た。
結局、6名の乗客を乗せたタクシーが出発したのは、13時半であった。
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タクシーは絶景の中を進む。
出発してから2時間くらいは集落が点在しており、小さなモスクも見られたことから、いずれもムスリムの村であるようだった。
それを過ぎると、ひたすら荒野の中を前進する。
道路は完全には舗装されておらず、さながら車版の獣道だった。
今まで通過してきた自動車やトラックによって、かろうじて踏み固められているような道路である。
砂利や細かい凹凸が多いので、車はスピードを出せない。
道路はアスファルトで舗装されているわけではないので、小川を横切ることもある。
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一度、タイヤが全て埋まってしまうほどの深い川にはまってしまった。
底の方からガガガンッと大きな音が聞こえて、車内に緊張が走ったが、アクセルを全開にして何とか乗り越えることができた。
しかし、これが夜間に起こる悲劇の1つ目の伏線になるのである。
走り出して30分ほどで、ぼくの体に異変が起きていた。
猛烈な腹痛に襲われたのだ。
実は今日の朝から腹痛の兆候はあったのだが、車内でピークを迎えてしまったらしく、定期的に地獄のような痛みに襲われるのである。
狭い車内で体勢を変えたり、外の景色を眺めたりして、何とか誤魔化そうとするも、どうしようもない瞬間が訪れる。
道路は基本的に川に沿って伸びている。
車を停めてもらって、川で用を足してしまおうかと考えていると、車はちょうど集落に差し掛かり、タイミング良く休憩時間に入るのだった。
そんな感じで、何とか2回の危機を乗り越えることができた。
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そして、これが2つ目の伏線。
道中ずっと後部座席で眠っていたおじいさんが、唐突にぼくの肩を叩いて、叫ぶように何か言った。
車は急停止し、他の乗客も慌てて「Open the door!」と叫ぶ。
ぼくはドアを開けて急いで外に出ると、おじいさんも車外に走り出て、道端に嘔吐した。
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これが3つ目の伏線。
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とっぷり陽が暮れて、星が夜空を覆い始めた21時半、ついに悲劇は起きた。
幅の広い川を渡っている途中で、車が動かなかくなってしまったのだ。
夜の暗さのせいで、ドライバーがコース取りを誤ったらしかった。
車の前輪が川の中の何かにはまってしまって、進むことも戻ることもできなくなってしまった。
ドライバーと何人かの乗客が下車して様子を見る。
ぼくは指示されたら手伝おうと思って、とりあえず車内に残っていた。
すると、後部座席のおじいさんが切羽詰まった様子でぼくの肩を叩く。
ぼくが慌てて外に出ると、おじいさんは車から身を乗り出して、激しく流れる川に嘔吐した。
地獄である。
車内に戻ることができなってしまったので、ぼくも何が起こったのか見てみることにした。
どうやら左の前輪が、川の縁と大きな岩の間に挟まってしまったようだ。
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ぼくがサンダルを履いているのを見た他の乗客が、「川の中に入って、あの岩をどかせられないか」とぼくに尋ねてきた。
ぼくはふくらはぎほどの深さがある小川にじゃぶじゃぶ入って、岩を動かそうとした。
だが、ビクともしない。
車ですら動かすことができない岩が、人間の力でどうにかできるわけがないのだ。
高山の雪解け水を満々とたたえた川の水は、恐ろしく冷たかった。
真夏のマラソン直後に飲んだら、最高に気持ちいいのではないかと思うほど、ギンギンに冷えている。
ぼくの体は冷えてしまった。
そしてなお悪いことに、岩を動かすために屈んで力んだことにより、再び強烈な腹痛が押し寄せて来たのである。
他の乗客は、川にはまった車に気を取られている。あるいは、吐いている。
街灯ひとつない荒野の真ん中で、辺りは闇に包まれている。
そして、ここは天然の水洗トイレである。
ぼくは車から少し離れたところの川の縁で、足首まで水に浸かりながら腰を落とし、おもむろに剥き出しのお尻を水面に付けた。
お腹の緊張を緩めると、一気に解放感に包まれた。
最高に気持ちがよかった。
この外界から隔絶された空間で、動かなくなった車の救助と嘔吐と野糞が同時並行で起こっていると考えると、何だか感慨深い気持ちになるのだった。
もはや悲劇を通り越して、喜劇といっても差し支えない。
流れる小川でお尻を拭ったぼくは、何事もなかったかのように戦線に復帰し、車を押すのを手伝った。
左の前輪に岩を噛ませて少しだけ浮かし、ドライバーがバックギアでアクセルを踏み込むのと同時に、みんなで前から車を押し戻す作戦である。
甲高いエンジン音とタイヤが空回りするギュルンギュルンという音、おじいさんの嗚咽が闇に響く。
みんなで力を合わせて車を押すと、少しだけ車が持ち上がる。
手応えはあるのだが、後一歩がなかなかいかない。
さらに岩を集めて、前輪に噛ませ、再び力を合わせて押し戻す。
それを何度も繰り返すと、ついに車が川から抜け出した。
阿鼻叫喚の30分間だった。
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空を見上げると、降って来そうなほど大量の星が瞬いていた。
時刻は午後10時、車は今までよりも注意深く、ザンスカールを目指して前進した。
結局、ザンスカール地方で最も大きな村のパドゥム(padum)に着いたのは、日付が変わって少し経ってからだった。
運転手の知り合いだというゲストハウスを紹介してもらい、チェックインするなり、ぼくはすぐに寝た。