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6/21 スリナガルは今日も雨だった
昨晩はスリナガル名物のハウスボートに泊まった。
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夕飯を食べていると、ハウスボートで働いている青年がやってきて、パッケージツアーの売り込みを始めた。
市内観光は徒歩とローカルバスで済ませるつもりだったし、何より自分の好きなタイミングで観光をしたかったので断った。
すると、「明日は何をする予定なのか?何も決まっていないのに、何でツアーに申し込まないのか?君はスリナガルのことを知っているのか?」としつこく食らいついてくるのだ。
ぼくは英会話が得意なわけではないので、英語で会話をするときはかなり頭を使う。ただでさえそんな感じなのに、インド人特有の巻き舌で捲し立てられ、何だか疲れ果ててしまった。
良い意味で観光客に無関心だったラダックを思い出し、やるせない気持ちになった。
ぼくは値段交渉が苦手なので、「ちょっと高いかな」程度なら言い値で支払うことが多い。
しかし、ダル湖のシカラ(遊覧ボート)やハウスボートは、そんなぼくでも思わず値段交渉をしてしまうほど、初手でふっかけてくる。
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今朝チェックアウトをするとき、「スリナガルには何泊するのか?なぜハウスボートには1泊しかしないのか?」と絡んできた。
そして、陸地に帰るためのシカラで、また不毛な値段交渉をしなければならないのだ。
ダル湖は美しいし、ハウスボートは風情があって良い。
もし、パッケージツアーのしつこい売り込みがなかったり、湖畔を行き来するシカラをローカル価格で乗せてくれたりするのであれば、延泊も考えた。
しかし、言わば軟禁状態にあるハウスボートで、しつこく営業をかけられてしまっては心が休まらない。
こういうところだよな、と思った。
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シカラで陸地に帰る途中、船頭が「ハッパァは好きか」と聞いてきた。
「え?ハッパァ?何それ?」と聞き返すと、船頭はゴニョゴニョと言った。
「ハッパァというのは、つまり、その、英語でS○Xという意味だ」
自分は売春宿を知っているから、連れて行ってやるよということなのだろう。
うーん、とぼくは唸ってしまった。
実は昨日、シカラで湖を遊覧している時にも似たようなことがあった。
物売りのボートが近づいてきて、「タバコはいらないか」と売り込みをかける。
ぼくが断ると、足元のビニール袋から小さな黒い塊をチラリと見せて、「コイツはどうだ」と小声で尋ねてくる。
タバコの後に勧めてくることといい、ビニール袋から出す時の秘密めいた動作といい、どうやら合法的なものではなさそうだ。
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そういう闇の部分は、人が集まるところには付き物なのかもしれないが、スリナガルの美しい自然の中では、より醜く見えてしまうのだ。
例えば、失礼ながらコルカタやムンバイなどのように、何でもアリな混沌とした街で以上のような出来事に遭遇しても、「なるほど来たな」と余裕で受け流すことができる。
しかし、「地上の楽園」とガイドブックに記載されているようなスリナガルで出会してしまうと、ただただ気が滅入ってしまうのだ。
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スリナガルにはあと2泊する予定で、ホテル検索アプリを使ってゲストハウスを予約してあった。
Googleマップを見ながら、ダル湖畔のゲストハウスが立ち並んでいる通りを歩く。
しかし、スマホのマップで表示されたところに来ても、ゲストハウスなんかないのである。
小雨に打たれながら、何だかうまく行かないな、とぼくは嘆いた。
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しょうがないので、近くの商店のおじさんに地図を見せながら「〇〇ホテルに行きたいんだけど」と告げると、「ああ、そいつは俺の友達だから今電話してやる」とさっそく連絡を入れてくれた。
そして、ゲストハウスのオーナーを待っている間、「チャイを飲むか?」と、マグカップに入れたチャイを差し出してくれた。
ついでに、「これはカシミールのケーキなんだ」と言って、チョコレートのケーキを一切れくれた。
朝から気が滅入っていたぼくは、救われる思いがした。
スリナガルの印象が一発逆転するほど、おじさんの優しさが身に沁みた。
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何とかゲストハウスにチェックインし、今日の計画を練る。
すでに正午の時間帯だ。
外は相変わらず雨が降っている。
小雨になったタイミングを見て、ダル湖畔を少し散歩することにした。
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街のいろいろなところで、ライフルを携えた軍人の姿を見かける。
その度に、ここが世界で最も繊細な地域の一つであることを思い知る。
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路線バスの情報が欲しかったので、観光案内所まで足を伸ばす。
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小さな窓口で「ローカルバスのルートマップが欲しい」と声をかけると、「マップはない」と断られてしまう。
すると、たまたまそばにいた地元のお兄さんが、「どこに行きたいんだ」と尋ねてくる。
行きたい観光スポットの名前を告げると、「それなら、あそこに見える信号の下にあるバス停でバスを待ちなさい。小さいバスだけど、頻繁に来るよ」と丁寧に教えてくれた。
ありがたい話である。
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観光地巡りは明日に回すとして、お次は博物館へ。
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博物館の入り口にも小銃を構えた軍人がいて、なぜだかやたらと厳重警備なのだった。
しかも、入場の際にはパスポートチェックもあって、台帳にパスポートとビザの番号を控えなければいけない。
もしかしたら、博物館と同時に政府系のオフィスも併設されているのかもしれない。
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博物館は小規模ながら、インドとは思えないほど綺麗で、ちゃんと展示されていた。
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スリナガルがイスラム化したのは14世紀以降。
それまでは仏教とヒンドゥー教が栄えていた。
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ジャンムー&カシミールが、まだ州だった頃の地図。
ガイドブックの地図によると、左上(赤茶色)の部分と左下(水色)の部分が現在はパキスタンの実効支配地域のようだ。
その後、雨に打たれながらゲストハウスまで歩いて帰る。
ラダックよりも標高が低いため、凍えるような雨ではなく、春雨のようなどこか温みを帯びた雨である。
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朝は何だかモヤモヤする気持ちだったが、午後は小さな優しさにたくさん触れて、心が晴れた。
明日は、ローカルバスで市内の観光地巡りをする。
……と今日の日記を締めくくりかけたところで、ちょっとした騒動が起きる。
部屋がノックされ、ドアを開けるとゲストハウスのスタッフが立っていて、「電気系統のトラブルが起きたから、部屋を変わってほしい」と言うのだ。
しょうがないので荷物をまとめて外に出る。
てっきり部屋の移動かと思っていたら、建物ごと移動しなければいけないらしい。
雨の中、1分ほど路地を歩く。
途中で屈強なお兄さんと合流し、(あれ、これ路地に連れ込まれて、ボコボコにされるやつか?新手の詐欺みたいなやつか?)と一瞬不安がよぎったが、普通に別のゲストハウスに連れてこられただけだった。
うーん、何だか噛み合わない、スリナガル。
北インドって、こんなものなのかな。