7/3 マナリヘ
いよいよラダックを、ザンスカールを去る日が来た。
シェアタクシーの運転手とは午前5時に待ち合わせをしていた。
4時半に起きて、身支度を整える。
昨晩、トゥントゥプが「出発する前にチャイを飲んでいきなさい」と言っていたので、彼が起きて来るのを待ったが、5時になっても起きてこなかった。
夜遅くまで結婚式に参加していた彼を起こすのは申し訳ないが、主人に声もかけず勝手に出て行ってしまうのはもっと良くないと思ったので、5時に彼を起こした。
寝起きの彼は目を擦りながら、「チャイを作るよ」と言った。
実は意外とぼくは時間に厳しい人間で、すでに約束の時刻を回っていることに気を揉んでいたのだが、まあインドだから大丈夫か、と思い直した。
チャイを2杯いただいて、トゥントゥプに別れを告げる。
ドライバーと待ち合わせていた場所は、新婦の家の裏のテントだった。
急いで待ち合わせ場所まで行くと、臨時のキッチンが設えられていた場所で何人かがチャイを飲んでいた。
ぼくがビニールシートの入口をくぐると、「さあそこに座って、まずはチャイでもどうぞ」と、ここでもチャイタイムがあるのだった。
その後、お兄さんがスクランブルエッグを作って、みんなで朝食を摂った。
結局、テスタの村を離れたのは6時前だった。
インド人の特徴なのか、今回の旅で出会った人たちはみな時間を約束するときに「You must come ~ o’clock」と言う。
彼らが時間にルーズなのは構わないのだが、それなら絶対に「must」なんて単語は使わないでほしいのである。
さて、みんなで谷底まで降りて、粗末な吊り橋を渡り、車が停めてある反対側へ行く。
おじいさんもおばあさんも、急斜面をあっという間に降りてしまう。
まるでヤギだ。
午前6時過ぎに車は出発。
ザンスカール・マナリ間の道は、つい最近開通した。
しかし途中までは、道とは言えないほどの荒野なのだった。
たまに轍が消えるところがあって、運転手が比較的ましなルートを探す。
あまりにも上下の揺れが激しく、体内で内臓が跳ねるのを感じるほどである。
そんな悪路を2時間ほど進んだだろうか。
Shinku-La という峠に着いた。
岩山にへばりつく白銀の残雪が陽光を反射し、視線を下に移すと小さな池が淡いブルーに輝いていた。
あまりにも美しい光景なのだった。
ラダック旅の最後を彩るにふさわしい光景だった。
その後の道は綺麗に舗装されていて、今までの凸凹道が嘘のように快適だった。
峠から1時間半ほど下ったところで、橋が現れる。
ここで、警察による車両チェックがあったので、ラダックとヒマーチャル・プラデーシュの州境だったのだろう。
そこから、徐々に緑が濃くなってくる。
ラダックからスリナガルにバスで行った時も感じたが、ラダックは際立って乾燥した土地なのだろう。
同じような地形なのに、なかなか不思議だ。
それからさらに進むと、真新しいトンネルが現れた。
10kmほどの長さだ。
おそらくここが、ザンスカールとマナリの間の急所だったのだろう。
トンネルを抜けると、驚きの光景が広がっていた。
小雨が降り、深い霧に包まれていたのだ。
緑があまりにも濃く、車内にいても空気がじっとりしているのが分かる。
山を一つ越えて、気候環境が全く異なる世界になってしまったのだ。
そして、この緑深い街こそがマナリなのだった。
13時、シェアタクシーはマナリの繁華街に着いた。
ぼくはテスタの人たちと別れを告げ、ゲストハウスを探した。
リュックを下ろしてから、街を少し散策する。
あまりにも騒々しい街だ。
実際のところ、マナリは避暑地として有名な街で、豊かな森林に囲まれた風光明媚な場所だ。
観光客が集まっているものの、都市部ほどの喧騒はない。
しかし、ザンスカールの何もない農村からくると、どうしようもなくゴミゴミした場所に感じてしまうのだった。
メインストリートの奥に入ると、チベット食堂が密集している場所があった。
ここでも懲りずにトゥクパを食べる。
ザンスカール以降、食事の7割はトゥクパだったといっても過言ではない。
絶品!というわけではないが、日本人とっては何だかホッとする味なのだ。
メインストリートに戻ると、謎の神輿行列と出くわす。
マナリの繁華街は鼓笛隊のような人たちもいたりして、何だかごちゃごちゃしている。
まだまだ時間に余裕があったので、ヒンドゥー寺院に行ってみる。
深い森の中にあって、風情がある。
マナリ独特のものなのか、これが北インドスタイルなのか、南インドのヒンドゥー寺院とは全く異なるテイストである。
その後、林道をぐるりと回って、繁華街まで戻る。
マナリにはトレッキングツアーがたくさんあるようで、郊外に行けば確かに緑豊かで美しい自然がたくさん残っている。
メインロードは、インドの街らしく、夜になると一層の賑わいを見せていた。
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